唯一のカード
「おまえも、オレといっしょに横浜来る?」
「横浜か……それもいいな」
笑う逢坂につられたのか、羽角も微笑む。
「今なら、オレとおまえ、セットで欲しがるところも、けっこうあったりして?」
「そうだな。おまえといっしょなら、1部でもどこでも、活躍できそうな気がする」
「休みの日は、オレと観光地めぐりだから」
「いいよ。好きなところにつき合う」
うなずいた逢坂のカーディガンの胸元を右手で掴み、半歩近寄った羽角は、色をつけたような赤いくちびるをやや上向かせる。
「なァ、大和……」
「蓮?」
「オレ……本当は、ずっと、────」
逢坂の肩口に顔を伏せ、羽角は何事か囁いた。
後頭部を抱くように左手を添えた逢坂が、なめらかな美声で囁きを返す。
「知ってる。──俺だって、同じきもちだ」
ハックシュン、と。
唐突なくしゃみの声に、逢坂と羽角は一斉に同じ方向をふり向いた。
そこには、右手で鼻の下をこすりながら、左手をぶんぶんと振っている神前が、バスタオル一枚を腰に巻いた姿で立っている。
「ご、ごめん! 邪魔するつもりじゃ……」
言われたことを理解したとたん、羽角は目の前の逢坂を両手で突き飛ばした。
「ちっ、ちがう! これは、ちがうんです。誤解しないで、神前さん……!」
「直さん、いつからそこに? 早く、服着てください。風邪をひきますよ」
至って冷静な声で、逃げ腰な神前を逢坂が手招く。
「うん……いや、もう一回、風呂で温まって来ようかな。そうした方がいいかも、うん」
ひとり、ぶつぶつと言い訳をして、神前はそそくさと浴室に取って返した。
サンダルを脱いで、シャワールームに隣接する浴室に入り、後ろ手に戸を締めてしまってから、ふう、と白くけぶる湯気の中で息をつく。
「びっ……くりしたあ」
いつもなら、すぐさま携帯を引っ掴んで、紀藤にどうしよう、と相談をするところだ。
けれど、今はそうする気も起きないし、そうするまでもなく返る答えは分かる気がした。
「なわけあるか。仮にそうでも、おまえがとやかく言うことじゃない。とか、言いそう」
口調までも頭に浮かんで、神前は苦笑する。
が、すぐさま反ばくするだろう自分も容易に思い描けた。
「…………どうしよう、紀藤?」
羽角を残すことができなければ、いっしょに、逢坂も出て行ってしまうかもしれない。
それも、有り得ない、と紀藤は一蹴してくれるだろうか。
それとも、そうなったら例の作戦のせいだと、いっそう責任を感じさせてしまうのだろうか。
タオルを剥ぎ、湯船に浸かると、神前は浴槽のふちに乗せた両腕に左頬を置いた。
ゆっくりと瞑目すれば、世界にひとりきりだったような三年前に、きもちがふとタイムスリップする。
「──どうする、俺?」
問えば、今、自分に切れるカードが、頭に浮かぶ。
紀藤に問えば、おどろくほどに数が増えていくそれも、神前自身で手にしているのは笑えるほどの枚数でしかない。
けれど、それが現実だった。
そして、何ひとつないよりは、ずっといい。
──昔も、そうおもったことを思い出す。
重ねた腕に顔を伏せてしまうと、クスン、と神前は人知れず、鼻をすすったのだった。




