正しいグラフ
瞬いた神前が何か言うより早く、紀藤がことばを継いだ。
「そのグラフの縦軸はな、出来高払いを含めた、監督の年俸額だ──」
瞬間、リビングの時が止まったかのように、誰もが凍りついた。
どれだけ経ったのか、咳払いの音を耳にしたところで、ぎくしゃくと、神前は視線をグラフから紀藤の顔へと移す。
「か、監督の、給料……? それって、ばらしちゃっていいの?」
「推定、って付けてやりたいのはやまやまだが、こんな有り得ない出来高、推定しろったって誰もできない。ちなみに、去年の年俸は八〇〇万、って監督自身が口にしてた。てっきりネタだとおもってたが、このグラフを見る限りはほんとの話だったらしいな」
「去年の勝ち点って、六六? 六五が五〇〇と一〇〇〇の中間だから…………ほんとだ、ちょうどきっかり、八〇〇万!」
服の下で、両腕にぞわっと鳥肌が立つ。
「契約書には、基本給が五〇〇万、ただし勝ち点が六〇を越えたら一〇増えるごとに倍額とする、なお、一単位は等分したものを加えて算出する、的なことが書いてあったらしい。滝田さんにはそれだけじゃ意味不明だったらしいが、いっしょにこんなグラフを見せられて、だいたいの金額を説明されてたんだと」
「説明って、社長からってこと?」
「そうだ。これは、滝田さんの証言を聞いて、俺が再現しただけだが。六〇から一〇〇まで、きれいな斜めの直線グラフ、っていうからこういうことなんだとおもう、が──」
紀藤が、深いため息をついた。
「問題点、分かるか? このグラフの」
早々に、橘と逢坂が首を振った。
神前も、首をかしげてみせる。
江野は沈黙したままだ。
「江野。時間の無駄だ。紙の裏、見てみろ」
言われたとおりにした江野の顔が、みるみる色を無くしていくのが神前にも分かった。
「えっ、なに?」
江野が、紙をテーブルの上に乱暴に置く。
紀藤があごをしゃくった。
「そいつが、契約の、正しいグラフだよ」
さっきのグラフの何がおかしかったのか、やはり神前にはよく分からないが、ふたつのグラフのどこがどう違うかくらいは、どんな子供にだって指摘ができる。
「エ……な、なんで、こんな……?」
「縦軸の、数字ですよ。表のグラフは、五〇〇万から一〇〇〇万に増えるのも、四〇〇〇万が八〇〇〇万に増えるのも、同じ間隔になっていたけど。勝ち点が一〇増えるごとに倍……なら、たしかに、正しいグラフはこっちだ」




