草書と楷書
「あの。紀藤さんは、どうしてます?」
神前と紀藤のだいぶずれた会話を、羽角がおずおずとさえぎり、名指しで問う。
「どうもこうも、俺にファンレターなんて年にいくつもねーよ。ひとりだけよくくれる人いるけど、直でお礼言うだけだな。というか、返事なんて書くやついるのか? SNSのコメントならレスすることはあるが」
「俺もそうです。直で、お礼を言うだけ派」
腕時計をはめた左手でそうアピールする逢坂を一瞥してから、羽角が首をひねった。
「江野さんは書いてますよね? アウェーの前泊でいっしょの時とか、よくホテルで電子辞書を片手に机に向かってましたけど」
どちらからともなく、神前と紀藤は顔を見合わせる。
「さすが、マコだ……」
「それでか。あいつ、おまえと同室になったこと、ぐちぐち文句言ってたもんな」
「いや、あれ、おまえが部屋に入り浸ってることに文句言ってたんじゃなかった?」
「どっちでも同じだろ。要するに、俺たちが居たら手紙を書くのに邪魔だってことじゃねーか。何だ、だったらそう言やーいいのに」
「紀藤にまた、意地悪なこと言われるとおもったんじゃないの?」
コノヤロウと言いたげな視線を神前に投げてから、紀藤はメガネを押し上げた。
「江野が返事を書けるのは、おまえたちに比べたら微々たる数だからだろ。今後も来るだろう手紙すべてに返事を書くなんて物理的に無理だ。手紙に力をもらったなら、それは全部サッカーに向けて欲しいな、チームメイトとしては」
「俺は、ラジオとかインタビューでなるべくお礼を言うようにしてる。あとは、プレーでお返しするしかないっておもってるけど?」
ぽんぽん、と逢坂に頭を撫でられた羽角が、手の中の手紙の束に視線を落とす。
「うん……そうだな」
神前が腰ベルトを留めにかかったところで雑誌を閉じた紀藤が、ぐっと伸びをした。
「そもそも、羽角。おまえが律儀に返事を書いたところで、気持ちが伝わるどころか、書いてあること自体が伝わらないんじゃねーの、達筆すぎて。今年、おまえから来た年賀状、どこのご老人からかとおもったぞ」
とたん、がーん、と羽角が顔に書く。
「紀藤さんって頭良さそうだから下手なこと書けないとおもってめちゃくちゃ悩んだのに。読んでもらえてなかったんですかっ」
「あーまあ、おまえが見た目よりずっと古風な人間だってことは伝わったよ。あと、謹賀新年だけは、カタチで何となく分かった」
「……ちょっと待って。俺が羽角からもらった年賀状、めっちゃくちゃ丁寧な、国語の教科書みたいな字だったんだけど? 俺と紀藤の、その差は何なわけ、羽角?」
「草書と楷書ねえ。そのまんま、ジジイと子供あつかいだったりしてな?」
四つ年長なふたりが向ける追求の視線から逃れるべく、羽角はそろりと逢坂の背中へ隠れた。
ひとりごとのように、来年は俺も年賀状欲しいなー、と逢坂がつぶやく。
もちろんだと応じる代わりに、羽角は無言で逢坂の肩をぽかりと叩いたのだった。




