一年の差
「……だから、優児をそそのかして移籍させ、降格と同時にチームへの残留を宣言して、サポーターを味方につけることで、自分の居場所を作り出したんだ」
紀藤は、それが真実神前の口から出てきたことばだと理解するまで、五秒を要した。
「……はあ。まあ、そういうことも有り得るかもな。おまえじゃなければ、の話だが」
「でも、本当のことだよ」
「アホか。おまえに狙ってそんな真似ができるようなら、俺が手を貸してやることなんか何ひとつねーんだよ。何が、おまえにそんなことを言わせるんだ? いったい、何に後悔してる? それを聞くために、俺はここに座ってるんだぜ」
神前は、ひとつ瞬いたのち、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「俺は、いい先輩になりたかった──いや、ならなくちゃいけなかったんだ。でも、全然、うまくやれなかった……」
「先輩って。江野たち、赤間の同期に対してってことか?」
「ん。優児以外の四人と、俺の同期のふたりは、みんな曽根さんたちが売られた次の年に、トップでデビューしてるんだ」
「赤間とおまえだけが、先輩である曽根兄弟がいる内にデビューできたってことか」
こくん、とうなずくと、神前はことばを探すためにマグカップに口をつける。
「俺がデビューした年のチームは、史上最強だった。春のうちから俺はベンチに入れてもらえて、リーグで優勝を争うのも、カップ戦の初制覇も、メンバーとして体験させてもらえたけど。まわりがすごかったから、俺のミスくらいはカバーしながらのびのびプレーさせてくれるだけの余裕があったんだ。とくに、同じディフェンダーの曽根兄、一樹さんは俺のこと、すごくすごく助けてくれた」
とん、とマグカップの底がテーブルを打つ。
「たった、一年。それだけの差で、新人を取り巻くチームの環境は一変して、サポーターの雰囲気も天と地ほどに違ってた。俺が温かい目で許してもらえたミスは容赦なく責められ、結果を出すまではまるで居ないみたいにコールも飛ばされ、味方であるはずのサポーターから与えられるのは、応援じゃなくプレッシャーばかり。しかも、助けてくれる先輩はおろか、頼れるベテランも、居なかった」
「……辛かっただろうな。江野たちも、助けてやれないおまえもな」
ぐっ、とくちびるを噛みしめ、神前は首を振ってみせた。
「せめて、プレーで貢献するしかなかったのに、俺、降格した年の前半戦、ケガで出場できなかったんだ」
「その辺は、入団が決まってたから知ってるよ。開幕から、十試合くらい勝てなかったんだよな。おまえが復帰してからはだいぶ挽回したけど、そのころにはもう選手の心はバラバラなのが、見てても分かった。それだけ、若いチームだったんだな」




