移籍意思と残留意思
かたい顔で、神前が首を振る。
「ちがうんだよ。優児が移籍金を残して出て行かなかったのは事実だ。でも、チームに本当に一円も入ってないわけじゃないって、おまえなら分かるだろ。優児が契約延長を拒否してる、ってマスコミに情報流してチームはことさら被害者ぶってただけ。でも、優児は、契約を延長しちゃったらぜったいに出て行けなかったんだよ。チームは違約金と引き換えに他の選手は全部売る気でいたけど、優児だけは何があっても手放すまいとしてたから」
紀藤が、心底あきれたようにため息をつく。
「利害、というにしたって、一方的だな」
「曽根さんたちが居なくなっても、マコがレンタルに出されても、優児は残ってる仲間のために頑張ってくれてた。なのに、優児がひとりで頑張るほど、優児さえ居ればいいってまわりはおもう。もしかしたら、同期のやつらさえ、ファンに愛され、チームに必要とされてるあいつはしあわせ者だとおもっていたかも。……俺にも、優児が平気でいるのか、それとも苦しいのか、全然分かんなかった。俺にできることは、曽根さんたちに言われてたとおり、あいつを頼らないでいてやることと。いいからおまえの好きにしろって、言ってやることだけだった」
ぽつ、とマグカップの中に波紋が起こった。
のばした手を、紀藤は神前の頭に乗せる。
「──そうか。赤間優児をここから出したのは、おまえなんだな」
こくり、とうなずき、神前は鼻をすすった。
「誰よりファンに愛され、誰よりチームから必要とされていたやつを、出て行かせた……それが、おまえの背負ってる責任なのか?」
「そんなの俺のせいじゃないって、言う?」
「言って、何かが変わるならな。でも、やつが勝手に出て行ったんだとしたって、おまえが背負うものは変わらないだろ。赤間優児がひとりここに残って背負わされるはずだったものを、おまえが背負ってるってだけのことだ。チームの歴史とか、ユース育ちのブランドとか、ファンの期待とか、そういったもん、全部を」
紀藤は、顔を上げた場所に掛かる、額装を見つめる。
神前が描いたという、古ぼけたチームエンブレムのフラッグの絵。
話を聞くかぎり、赤間優児ではなくその絵を描いた神前こそがチームに残り、その将来を背負ったことは、まったくの正解だったと紀藤はおもう。
が、能力で測った場合の適性は、また別なのかもしれない。
「ひとつ、謎が解けた。どうしておまえが、あれほど逢坂を大事にしたがるのか──」
赤間が移籍しても変わらずチームを応援するサポーターは、神前をチームの顔として認めている。
が、当の神前自身は、自分では曽根兄弟や赤間優児の代わりになど到底なれない、とおもっているのだ。
問えば、自分はディフェンダーだし、代表にも入ったことがないし、とか何とか言うのだろう。
紀藤には、訊くまでもないことだった。
「ひとつ確認するが。おまえは、赤間を出て行かせてやるためだけに犠牲になったんじゃないよな。おまえ自身は、もし誰かに好きにしろって言われたとしても、チームに残っていたはずだ。ちがうか?」
「そうだよ。俺は、ここに残りたかった」
言い切った神前が、くちびるを噛む。




