曽根兄弟
「今、昔のことを聞いたからって、俺がその件に関して部外者であることには変わりない。俺が大事におもってるのも所詮おまえのことであって、このチームのことじゃないしな。でも、おまえがひとりきりで抱えてるものが何なのか、知っててやることぐらいはできる。知ってようがなかろうが、俺の何かが変わるわけじゃねーけど……たぶん、変わるものもあるんだ、おまえの中では」
紀藤を見つめる神前の双眸がうるんで、いっぱいに光を孕んだ。
あふれ出す一歩手前でこらえた涙がはけていくまで、紀藤は黙って神前のことばを待っていてくれる。
「うちがタイトル獲ったのは、知ってる?」
「二〇〇八年のレグルス杯だろ」
正式にはプロリーグカップという名称をもつそのタイトルは、通常、スポンサー企業の名で呼ばれることが多い。
1部に所属するチームが獲得できる国内の三大タイトルの中では、いちばん影は薄いかもしれないが、自分が所属しているチームが獲得していることを忘れるほどではないと紀藤はおもう。
「おまえが新人の年だな。たぶん、試合に出てたメンバーぐらいなら言えるとおもうぜ」
だからといって促されるとおもってなかった紀藤は、急遽、頭の中でピッチの半分を思い描いた。
キーパーから順に、指折り選手を配置していく。
「──、赤間、ペトコヴィッチ、曽根弟。……交代選手はパスだ」
ふふっ、と神前がうれしそうに微笑んだ。
「うん。ほぼ、アタリ。優児は、スタメンじゃなく交代出場だったけど」
「決勝ゴールって途中出場で決めたのかよ。実は、試合は見てねーんだ、許せ」
「じゃあ。そのメンバーが俺以外、みんな居なくなっちゃったのがいつだか、分かる?」
「……赤間込みなら、早くて三年前だよな」
「優児抜きなら、もう一年、早かったかな。なんせ、次の年のシーズンが始まるときには、すでに半分が居なかったから」
二〇〇八年の冬に起きたことなら、経済に関心のない一大学生だった紀藤でも、記憶に残っている。
世界同時不況──その余波を受けたプロリーグでも、かつてないほど多くの選手たちが戦力外通告を受けたはずだ。
二十代で引退した選手も多く、紀藤がプロ入りという選択肢を一度は完全に抹消したのも、おもえばこのことがきっかけだった。
親会社のIGAから、急な経営の自立を迫られたファルケンの激震ぶりは、中でも最たるものだった、と言えるかもしれない。
ようやくタイトルを獲得し、リーグ首位を争うまでになったチームは、一冬にして積み上げてきたものを失った。
その象徴とも言えるのが──
「曽根兄弟の、放出……か」
紀藤のつぶやきに、神前は古傷の痛みがよみがえったかのように奥歯を噛んだ。
現在、ふたりともがイギリスのクラブでプレーする、ファルケンから日本代表へと名を連ねたチームの顔とも言うべき双子の兄弟は、放出当時、二十三才という、若さと成熟とを兼ね備えて今まさに大輪の花を咲かせようとしている時期だった。
縮小していた市場にあっても彼らの商品価値はきわめて高く、相当の移籍金が入ったと言われる。
が、ファルケンが引き換えに失ったものを考えれば、それが対価として適正であったとは言えないかもしれない。
「四つ上の先輩だったんだ、ユース出身の」
「彼らが出て行った冬、入れ替わりに、江野たちがユースから上がって来たんだろ」
こくん、と神前がうなずく。
ゆっくりと沈黙が流れる間、紀藤は紅茶を飲んだ。




