慰問
「たしかにそうかも。じゃあ、選手集めてミーティングやる? 集まれるとしたら試合がある五日以降になるかなぁ。でも、すぐ逢坂たち五輪代表に行っちゃうし、韓国から帰ってくるのは九日だろ。ってことは十日?」
「俺たちのせいで、準備が遅れるのは……」
「待った。今時、顔を突き合わせなくてもメールとかチャット系のアプリで、いくらでも意見はまとめられるだろ。広報活動とかマッチデーの改革をやって、積極的に動いてくれるやつとかアイデア出してくれるやつとか、だいたい把握できてる。ここは、二、三人を実行委員に指名して仕切らせてみないか?」
紀藤の提案に、すぐさま橘が手を叩く。
「賛成ー。委員長に紀藤を立てて、それでいこう。俺たちより、紀藤に有意義な提案ができるやつが居るなら、任せちまうべきだろ」
「う……そういうことなら、俺も賛成だけど。やってくれる?」
神前の問いに答える代わりに、紀藤は逢坂に視線をやった。
「俺に考えさせたら、おまえにまた、どんな真似させるか分からないけどな」
「いえ、ファンの人に喜んでもらえるように有効活用してもらえて、うれしいです。当日はフル回転で働きますから、いくらでも使ってください」
最後に視線を向けられた江野が、異論はありません、とだけ返す。
早速、寮住まいの選手ふたりから当たってみる、という話になって散会したあと、立ち上がった紀藤はめずらしくなかなか椅子から動かない江野を見下ろした。
「どうした。ガンくれてないで言いたいことがあるなら言えよ」
「いえ。あなたも忙しそうだな、と……」
あいまいな返事に、紀藤は目を細める。
「何だ? 相談相手にならないってひとまとめにされてすねてんなら、実行委員に入れてやろうかとおもったけど」
「すねてません! 子供ですか、俺は」
江野は、部屋を出て行こうとしている逢坂やこちらをふり返る神前を気にするそぶりをした。
紀藤が察して手を払うと、食堂にはふたりきりになる。
「で? 神前に聞かせたくない話なのか?」
「来週の木曜、午後から空いてますか」
「木曜か。英会話のレッスンしか予定はないからずらせば済む。何かあるのか?」
もう一度ためらいをみせてから、江野は気まずそうに切り出した。
「その……子供病院の慰問に行く予定なので、つき合ってもらいたいんですけど」
「何だ、そんなことか。いいぜ、もちろん」
あっさりと返され、江野が妙な顔をする。
「俺は、そんなに慈善って柄じゃねーかよ」
「いえ。あなたのことだからまた、子供が近寄って来ないくせに慰問か、とか言うかと」
「それ、言ったの俺じゃねーんだけどな。でも、俺より神前の方が向いてるんじゃないかとはおもう。どうしてあいつに振らない?」
「あの人はだめです」
かたい表情で言い切って、江野はふい、とそっぽを向いた。
「前にいっしょに来てもらったとき、小児癌の子に会うなりぼろぼろと泣きだして、何の役にも立ちませんでしたから」
「あー……」
見事にその光景を思い浮かべることができた紀藤は、頭をかく。
「まあ、神前らしいじゃねーか。そういうやつだってことぐらい知ってるはずだろ、おまえも」
「──知りませんよ」
笑っていた紀藤は、江野のことばに瞬いた。
「は?」
「だから、泣いたり怒ったりする直くんがあなたの場合はふつうなのかもしれないですけど。俺たちには、どんな感情も隠して、平気、って言ってる方がふつうなんです。俺たち後輩の前では、何でも我慢してるだけだってことぐらいは分かってましたけど。あなたが来るまで、人前で泣くような人じゃありませんでしたから」
もうひとつ瞬いて、紀藤はくしゃりと前髪を掻き上げる。
しばらくして、そうか、とだけ紀藤は返したのだった。
裏話つづき
ところで、慰問同行を紀藤に頼んでるのはこれ、逢坂が五輪代表(U-21)に召集されて行けなくなったから、というのはあえて書くまでもないかとおもって省略したという。
今年、アジア大会があることは失念してました。行き先はたまたまです、たまたま。




