呪い
「俺たちに言えることは、橘さんにとっていちばん悔いのない選択をして欲しい、ってことぐらいだろう。ジンクスだか何だか知らないけど、そんなもののために橘さんが悔いの残る選択をする必要はないんだ。上がるのも、落ちるのも、突き詰めれば単なる実力です。七チームを昇格させてきたあなたが持つ経験は、昇格を狙うチームならのどから手が出るほど欲しい。──でも、あなたの選手としての価値はそんなもんじゃありませんよ」
ふっ、と橘が笑みをこぼす。
「紀藤は、何でそんなに自信家なんだかな」
「……そう、ですね。まだ三年目の2部経験しかないペーペーが生意気なことを言いました。謝ります。神前、代わりに何とか言え」
「おまえが何も言うなって言ったんだろっ」
吹き出した橘が、ひとしきり笑った後、乱暴に目尻をぬぐった。
「いやー、ちがうんだ。ありがとな、紀藤。俺、1部には存在価値がない選手、とまで言われるようになっちまって。今も、1部で役に立つ自信なんかこれっぽっちもねーんだよ。ただ、仲間から2部に残して行かないとって言われるくらい、みじめなことはない。落ちたら落ちたで、橘の呪いだとか言われてな」
「──ハア? そっ、そんなこと言うやつが居んの? 誰だ、俺がぶん殴ってやるッ!」
「ハハ、待て待て。ネットでの放言なんか相手にするやつがバカなんだ。……でもな、ちょっと自覚があったんだよ。俺、心のどっかで、古巣を呪っちまったかもって」
バンッ、と神前が両手でテーブルを叩く。
「バカだ。バカですよ。そんなの信じなくていい。何十人も居る選手が、戦って、闘って、苦しんで、のたうち回った挙げ句の、降格なんだ。どこかべつのチームにいる人間の感情なんか、呪いだろうと祈りだろうと、何ひとつ意味を成さない。そんな簡単なもんじゃないです。誰かのせいにしたいのは分かるけど、紀藤が言うとおり、突き詰めれば実力なんだ。本当に、それだけ。橘さんが気に病むようなことじゃないから、それは!」
引っつかんだグラスを傾け、ぐびぐびとカルピスチューハイをあおった神前はどん、とグラスをテーブルに置いた。
「鎌倉、チンチンにしてやろう! うちの中盤にとびっきりの戦術眼を持って君臨してる橘さん見て、死ぬほど後悔すりゃいいんだ」
「いやあ、すでにしてるとおもうぜ。前半戦、三節か四節にアウェーでやって、ヨンゼロで勝ってるはずだ。まあ、止めないけどな」
にやりと笑った紀藤に、江野もジュージューと炎を立てて肉を焼きつつ、めずらしく、うなずきで完全な同意を示したのだった。




