土佐の男
食事を始めて、かれこれ一時間半もすると、神前の世界にはうっすらとかすみがかかり、椅子に座った体はまるで船の上にでもいるかのようにふよふよと揺れていた。
眠い目をこすれば、支えを失った頭がこてんとテーブルに倒れる。
「直さん、大丈夫ですか?」
ん、へいき、とどこか上の空で応じる神前から、いかにも上機嫌にグラスを持ち上げる羽角へと、逢坂は視線を移した。
「まだ入っちゅう。早く飲め、大和」
「空にしたらまた注ぐだろ。もういい。ていうか、ひとがパソコンいじってるあいだにどれだけ飲ませたんだ。先輩を酔い潰すなよ。おまえ、見かけによらず酒豪だな?」
「土佐の男やきー。先輩から酒を注がせるがは、礼儀知らずとおもわれ──」
「ここは高知じゃないの。おまえがグラスを空けるたびに注がれてみろ、こうなるから」
しょんぼりと羽角が黙り込む。
逢坂は羽角の手から取り上げたグラスの中身をぐっ、と飲み干した。
羽角が空にするたびグラスを渡しては飲ませてくるせいで、元はどちらのグラスだったのか、もはや判然としない。
逢坂がグラスを差し出しながら反対の手を焼酎の瓶に伸ばすのを見たとたん、羽角がうれしそうにグラスを取った。
逢坂はといえば、すっかり軽くなっている一升瓶に衝撃を受けたが。
「飲んだら、直さんに水くんできてくれ」
「うんっ」
「直さん、気分は悪くないですか? 俺、酔いが覚めるまでついてようかな」
いつの間にか閉じていた目をぽっかりと開けて、神前はあわてて首を振った。
「平気へいき、眠いだけだし。それより、羽角を頼むよ。ちゃんと寮まで送ってやって」
「──そうか。分かりました。心配いりませんから。これ飲んで眠ってください」
冷たいグラスを渡されて、こく、こく、と背中を支えられながらふた口ほど水を飲んだ辺りで、神前のその夜の記憶は途切れている。
つやのある声で、おやすみなさい、と囁かれたのが、甘い呪文のように鼓膜の奥にひびいたのだった。




