2部リーグ得点王候補
「あなたは、逢坂がゼロ円移籍すると?」
「──ひとつ、な。おまえは否定したが、俺は神前の複数年契約を疑ってる」
「は、い? だって、それは」
「もしも逢坂の複数年契約がハッタリだったとしたら? 他が必要だろ」
「ハッタリ、って……」
「逢坂はあのとき、否定も肯定もしなかった。逢坂を売る方が、附帯収入もあるのはたしかだ。けど、契約っていうのは単年か複数年か、だけじゃない。例えば、逢坂が複数年契約を結ぶ条件として、海外からのオファーがあれば違約金なしで移籍させる、という条項を呑ませていたとしたら?」
はっ、と江野が紀藤を見た。
「あの歳で、2部リーグの得点王候補だ。そのぐらいの野心を持ってる方が、フォワードとしてはふつうだとおもわないか?」
「…………もし、そうだったとしたら、もうひとり複数年契約の選手は必要になる、か」
「そういうことだ」
「も、しかして──あなたが金策にあそこまで積極的なのって、あぶないのは逢坂じゃなく直くんだとおもっていたからですか?」
ふう、と紀藤がため息をつく。
「……べつに、そこはどっちだっていいだろ。問題は、どうなるかって結果だけだ。逢坂が最終的によそに行きたいって言うなら、例え神前にだって口を挟める問題だとはおもっちゃいないが──」
「でも、あいつは俺に、はっきりここに残りたいと言って、頭まで下げましたよ」
「俺も、あの率直さは美徳だって信じたい」
しかし、あそこまで躊躇もてらいもなく、人にものを頼み、礼を述べる人間を、紀藤は他に見たことがない。
たまたまそのひとりがあらゆる面で優れ、恵まれた人間だからといって、ぜったいに裏がある、とおもうのも偏見といえば偏見なのだが。
「俺は信じますよ。逢坂を、というか。直くんが傾ける愛情の方を。だって。そのまんま受け取れば、直くんと、直くんといっしょのチームが好きで、ここを出て行きたくないってだけなんじゃないのか?」
「──その可能性もある。が、考えない」
「はァ?」
心の底から、江野は紀藤をいぶかしんだ。
「仮に、そうだったとしても、その場合は、神前の貞操ぐらいしかリスクがないからな」
表情を変えず言い切った紀藤をまじまじと見つめながら、こういう親友を持ったことは果たして神前にとって幸せなのかどうなのか、と江野は考え込まずにはいられなかった。




