仲裁
「仮に、おまえが複数年契約だったら、チームにはあいつ以外に売れる選択肢がひとつ増えるが、違約金を払ってまで欲しいって相手が居なきゃ、選択肢にはなりようがない」
「んなの、有り得ないっ!」
ボールを胴に食らった人形が、残りの二体ごと前後にぐらぐらと揺れる。
「……単年契約だから?」
「そうだよ!」
「じゃあ、まあ、そういうことにしといてもいいが」
「売るとか何とか、そんなの、例のナントカ決算があってからの話だろ。逢坂が俺によくフリーキックをくれるのは、そんな最近始まったことじゃないっ」
「そのとおりだな。第一、その前提になる、逢坂のチームへの残留意志ってやつが、そもそも信用できるかどうかさえ怪しいもんだ」
「はあ? あれだけ休みも自由な時間も割いて、積極的に協力してんじゃねーか。いくら紀藤でもそれ以上言うなら殴るぞ」
「殴りたきゃ殴れ。そのぐらいで、変わる意見ならとっくに自分で打ち消してる」
「紀藤っ──」
駆け寄り、神前が紀藤に掴みかかる。
「じゃあおしえてくれ。あいつのこのチームへの想い入れはどこから来るんだ。江野を見ろよ、あいつのおまえへの態度も、チームとの距離感も、まったく人間的だと俺はおもうぜ。愛情もわだかまりも恩も疑心も、全部あいつは抱えてここに居る。おまえだって、このチームに対しておもうところはいくらでもあるはずだ。こんこんと愛情だけが湧き出してるわけじゃねえだろ。苦みも痛みも、おまえは味わいながらここに居る。ちがうか?」
服を掴む手に力を込め、神前はうつむいた。
ちがう、とは言わずに、悔しげにくちびるを噛みしめる。
「おまえがチームを想うのと同じだけの想い入れが、本当に、あいつにあるとおもうか? 俺は、あいつにそれだけの愛情を抱かせるものが、ここにあるとはおもわない」
ぐっ、とこぶしを握った神前から、紀藤はひょいと身をかわすように離れた。
「殴れとは言ったが、俺はおまえに殴られるほどまぬけじゃねーよ」
「まぬけで、悪かったな。──ちょっと、練習場で何もめてんですか。マスコミの目だってあるんですよ、内紛勃発、とか書き立てられてもいいんですか」
走って来た江野が、紀藤と神前の間に両手を広げて割り込む。
じろじろと紀藤は白いノースリーブのインナー姿の江野を見た。
「おまえが下着姿で飛び出してくるなんてめずらしいな。そんな修羅場に見えたか?」
笑った紀藤を見返して、江野はばかばかしそうにため息をつく。
「パンツ一枚で走って来たみたいに言わないでください。シャツを羽織ってないだけです。クラブハウスの中にまで聞こえてましたよ、直くんが人形にボールぶつけまくってる音が。誰だって何事かとおもいますよ、普段、あれだけキックのコントロールは正確なのに。ちなみに、用具さんは人形が破壊されることを心配してましたけど」
「……分かった。壊す前に上がる」
「神前。疑ってかかれとは言わない。でも忘れるな、あいつは何か狙ってるし、何か隠してる。あとで泣きみるのはおまえなんだぜ」
「俺、おまえのこと好きだけど、何でもかんでも疑うところは悪いクセだとおもう」
背中ごしに言い置いて、神前は練習場を出て行った。




