策
「おかしいとおもわないのか。あれだけ外見が良くて才能にも恵まれて、おまけに性格までいいなんて人間が、ほんとに居るとおもうかよ? 女子が読む漫画の王子様キャラじゃねーんだぞ。ふつうに考えて、そんな完璧な人間はいやしない。女にだってもてるくせに、チームのこと優先で、先輩は立てまくりで、不満なんて何にもありませんって顔していつだって愛想よく笑ってやがる」
「だー、うるさい。黙ってボール蹴れよ」
「おまえこそ、確率悪すぎ。明日、壁に入った相手を脳しんとうで病院送りにでもする気か」
しゃべってる間も出されるボールを神前は気にせず蹴ろうとするが、いつになく心臓が存在を主張して、どうしてもコントロールが定まらない。
「もしかして、どっかに相手の偵察が居るとおもってる? 練習の確率下げて、相手を油断させようとかって魂胆か?」
「そんなまわりくどいことするかよ。──でも、ちょっとサッカーが分かる人間ならこいつは誰しもふしぎにおもうはずだ。ファルケンの左のプレスキッカーはプロリーグ屈指の脅威だ。なのになぜ、相手はいい位置でのフリーキックを与えて、みすみすゴールを上げさせるのか?」
転がってくるボールを、神前はスルーした。
紀藤を、じっと見つめる。
「おまえはその答えを知っている。おまえに、得意な位置でのフリーキックをプレゼントしてるやつは、いつも同じだ。そうだろ?」
「そ、れはっ……」
数歩、立ちすくむ神前に寄ってきて、紀藤は声を落とした。
「偶然だなんて言うなよ。俺はディフェンダーだ。だから、あいつのやり口はちゃんと分かってる。ペナルティエリアに逢坂をフリーで侵入させたらあいつにやられちまう、ディフェンダーは止めるしかないんだ。が、いつも一瞬のスピードでディフェンダーを置き去りにするあいつが、右サイドでは、わずかにスピードを緩めたりよけいなフェイントを入れたりする。あれは、相手のファールを誘ってるんだ」
うつむいた神前のすぐ目の前で、紀藤がため息をつくように笑う。
「それだって、作戦だ。引っかかる方が悪い。……でもな、ディフェンダーを策にかけてるんだぜ、あいつはいつも」
持ち上がった手がぎゅっと紀藤の服を掴む。
「…………何のために、だ」
「それを、ずっと考えてる。仮説はいくつかあるが」
「仮説だからおしえない、とか言うなよ」
とん、と神前を軽く突き放し、紀藤は元の場所に戻るとボール出しを再開した。
「ひとつ確実なことは、おまえに点を取らせようとしてる、ってことだよな」
「それが、悪いことなのかよ」
「……結果的に、おまえのプレスキックは評価が上がり、1部で優勝を争うレベルのチームも含めて、移籍の誘いが引きも切らない。そうだな?」
「俺に移籍の誘いが来たから? それが逢坂に何の得になるんだ」
さっきまでは、ことごとく人形の頭にぶち当たっていたボールが、続けざまにネットを揺らす。
目を細めた紀藤が、ひゅう、と口笛を吹いた。




