いちばんやりたいプレー
「今でも、鈴木はそうです。あいつは、プロでいるため、プロになるために押し込めてきたものを、みんなの中から掘り起こす。子供のころの、サッカーが楽しくて仕方なかったころの気持ちを」
江野は、ぽふん、とベッドに倒れ込んだ。
ひかりの輪ができた天井をじっと仰ぐ。
「チームの勝利はうれしいし、それさえあればどこででも、誰とでも、サッカーはやっていけるけど。サッカーを選んできた理由は、きっと、そんなものじゃないでしょう? 勝利のためにすべきプレーが何かぐらいは百も承知してるけど……本当は、いちばんやりたいプレーの中にこそ、サッカーをやる理由があるんだ。あいつだけが、それこそ悪戯にでも誘うように、そのプレーの方を求めてくれるんですよ。だから──」
つづきは、いくら待っても、江野の口から出て来ない。
「マコ……ッ」
突然、腹に乗り上げたけっこうな重量に、江野はぎょっとして神前の顔を見た。
「ちょっ、ちょっと! 何やってるんだ」
「だから──佐賀に居た方が良かった、とか言わないで。俺、いつもマコにカバーばっかりさせてごめん! でもでも、おまえが攻撃に行くなら、俺、ちゃんとおまえの分も守備するよ。もっと、マコがしたいことしていいから、頼むからここに居てくれっ」
ぎゅっ、とあごの下に顔をうずめてTシャツを掴む神前を、江野は押したり引いたりして剥がそうとするが、離れるどころかよけいにしがみつく力が強くなる一方だ。
「どうでもいいから、どいてください。重いって。……あんたたち、いつも部屋でこんなことやってんのか」
「はっはっは、まさか。俺は江野ほど愛されてねーもん。好きにさせてやれよ。べつに服ひっぺがしたりしないぜ」
「されてたまるか。殴りますよ。大体、誰が俺に攻撃させろなんて言ったんです。あなたのカバーなんか要りません、危なっかしくておちおち前になんて行ってられない」
「ひどっ、ひどい、マコ。俺だって一応、ディフェンダーなのに」
神前の不満顔を、容赦なく江野が押しやる。
神前が転がっていたベッドを乗り越え、紀藤は意味のない攻防を繰りひろげる江野の左脇に腰を下ろすと、いつにも増して渋い顔からさらりと前髪を払いのけた。
「おまえにそんなに想われてるって、俺でもちょっと妬けるな。そんなにいい男なのか、佐賀の女帝こと、白孔雀様は?」
「──うまく説明できませんけど。チームメイトにとっては、鈴木はやはり皇帝みたいな存在なんですよ。でも、あいつをそう呼ばせたのは、桜井陽斗だけだってことです」
「へーえ。なんか、そう聞くと、女帝モテってのもあながち腐女子ファンの妄想とも言い切れないもんがあるような気がするな、こう、想い入れ的に……」
紀藤はやわらかな笑みをくちびるに掃くと、くしゃりと江野の髪を撫でる。
「いつでも攻撃、行けよ。後ろはカバーしとくから。俺もたまには、自分のためにプレーするおまえを見てみたい。俺らがしてやれるのは、そのくらいだけどな。おまえのことは、他のどこより必要としてる自信があるぜ」
「分かってますよ。……というか、十分、分かってるんで。これ、退けてくれませんか」
江野の懇願にも、紀藤はにやにやと笑い返すだけで、神前からの抱擁は向こう五分は続いたのだった。




