ユースの後輩だから
「……やっぱり、直くんの左足は、敵にまわすとおっかねーな」
ぽつり、とつぶやいた顔が、ちょっとだけ悔しげな笑みを浮かべてみせた。
「ユニフォーム、僕と、替えてください」
「は? あ、ああ、ユニ交換か」
「──僕がボランチにいたら、直くんの前にシュートコース空けたりしねーのにな」
まくりあげたユニフォームから首を抜いていた神前は、小首をかしげる。
「ん? なんか言った?」
「うんん。直くんはさ、僕の中では、あのときFF見捨てて逃げといて、なに2部に落ちて来てんの、ダセエ、とかおもってることになってたんだけど」
今度は、神前が彼のユニフォームを掴んだ。
「ちょっ、俺、そんなに陰険な先輩キャラなの、おまえたちの中で?」
「そうおもってくれてた方が、気が楽かなって。僕、静岡に行ってから何度、ここに残りゃ良かった、って後悔したかしれない。隣の芝生は青いって、あれ本当だよね。出て行ってから分かる僕がアホなんだけど」
「うん、ごめん、俺だけ残らせてもらって」
「いくら残りたくても僕はどうせ売られてただろうから、直くんずるいっておもったこともあった。でも、あのときここに残った直くんが楽だったはずがないことぐらい、マコに言われなくても分かってる。僕がここを恋しくおもえるのも、ここがまだ、僕の知ってるFFのままだからで。それは、直くんがここに居てくれるおかげだとおもう。──マコに、また降格してらププ、とか直くんは笑ったりしないから、ちゃんと話せって言われた」
「い、や、待って。マコに言われないとなのか。ププって笑うとおもわれてんの、俺?」
そんなことないのにっ、とがっくり落とした神前の肩に、彼は脱いだユニフォームをぱさりとかけてから、ふふ、と笑ってみせる。
「直くんは昔から、年上のくせに寂しがりやで、置いてったこと根に持ってそうだもん」
こちらは、そんなことないのに、とはとても言い切れないので、神前は無言のままユニフォームを差し出した。
「次は、1部で戦いましょうね」
ぎゅっ、と神前の左手を両手で握ってから、彼はユニフォームを受け取り仲間の元へと去って行く。
その背を見送っていた神前の後ろ頭を、ぽん、と叩いたのは紀藤だった。
「俺がしゃしゃり出るまでもなかったみてーだな。つーか、江野を捕まえようとして、先越された。マンオブザマッチ、おまえじゃなくあいつなんだとよ」
「そりゃ、俺、今日は大ミスとロングシュート以外、目立ったことしてないもん」
「まぁな、ありゃひどかった。しっかし、たまのマンオブザマッチで、サポーターからエー、とか言われるって、どれだけ不憫なやつなんだか。──神前? どうした、捨てられた犬みたいな顔して」
スタンドに向かって歩きながら、紀藤が横顔をのぞき込む。
「次は、1部で戦おうって、潤が……」
「うちも、向こうも、今季昇格してってことだろ。それが?」
「戦うの、やだな。元チームメイトなんていろんなところで当たるけど、こんなことおもうの、初めてだよ。どうしてだろ」
紀藤は、あきれた顔でため息をついた。
「ユースの後輩だからさ。おまえにとって、特別なんだ。逢坂のことでも、江野に対しても、おまえが感情的になるのは、いつだって後輩絡みのときだぜ。知らなかったのか」
「…………知らなかった」
しんみりと応じた神前の左脇腹を、不意に紀藤がつまむ。
「みゃっ! って、何すんだ」
「いや。あれだけ甘いもの食い倒しておいて、よく脂肪がつかねーもんだなとおもって。彩音はブーブー言ってるぞ。カンちゃんのせいで太るんだけどーってな」
「ちょっとぐらい太ってもカワイイよ、っておまえが言えば済むことだろ。ああ、早くクリームパンが食いたい。クリームパン、クリームパン」
サポーターに向かって頭を下げながら、神前は笑顔になる呪文のように、クリームパン、とくり返し唱えたのだった。




