紫のユニフォーム
「話したいなら、必ず俺が話させてやる。江野に頼んででも、相手の首根っこ捕まえてでも、ホテルまで押しかけてでもな。だから、今は勝つことだけ考えてくれ。──見てみろ。元代表のいる静岡戦だっていうのもあるが、ようやく集めたこれだけの観衆の前で無様に負けたりしたら、この一ヶ月の努力はふいになるんだぞ。もう移籍しちまったやつは仕方ない。その分も、おまえは今ここにいる仲間を守りたいんじゃなかったのか」
スタンドに目を向けると、これまでずっと無人だった二階席に座る観客のすがたが目に入った。
彼らが身につけたチームカラーである紫のユニフォームは、実はファルケンではなくホワイトウイングスのものだ。
オールスター後の後半戦スタート時に、ホワイトウイングスは毎年、来場者全員に期間限定の特色ユニフォームのレプリカを配布するリスタートダッシュキャンペーンを行う。
主だった原色はすでにほぼ使われていたため、今年は虹色で残る紫の可能性が高い、との予測の元に紀藤が考え出したのが、2部降格以降ずっと開放されていない二階席にチームカラーのユニフォームを身につけた野球ファンを割引料金で入れるという案だった。
ホワイトウイングス側の告知協力もあって、メインスタンドの二階には小さいながらもいびつな半円形が紫色にはっきりと浮かび上がっている。
野球場の外野席に慣れていれば、トラック付き競技場の二階席といえどもそれほど遠くに感じないのでは、という計算もあるのだが、どう感じたかはおのずとリピーターの数に表れてくるはずだ。
しかしすべては、いい試合をして、勝利をともに味わってもらった上での話だった。
「さて、壁でも作りに行くか。──あ。言っとくが、この試合に負けた時は、元チームメイトに声をかけるどころか、喜ぶ敵をただ指くわえて見送ることになるのがホームチームの宿命だってことぐらい、分かってるな?」
試合中はコンタクトレンズを装着している紀藤が、メガネ越しよりもよっぽど意地悪な視線を投げて、離れて行く。
そのとき、場内アナウンスの声が、本日の入場者数を発表します、と告げた。
神前が電光掲示板に目をやると、二〇五三九人という数字が飛び込んでくる。
今季前半戦のホームゲームの入場者平均は、紀藤の話では七千人台ということだった。
チーム成績、対戦相手、開催時期、すべてがプラス要素であるとはいえ、二万人を越えたというのは選手自身の手で手繰り寄せた、たしかな成果だ。
ここで、これだけの観客の前で、負けるわけにはいかない。
神前は大きく息を吸うと、紀藤の背を追い、ゴール前に仲間とともに築く壁の一部となるべく、駆け出したのだった。




