ダチ
「待った。一応訊くけど、方向音痴もまとめてオフレコにしてもらう方法ってある?」
数秒の沈黙の後、今度はべつにため息は返って来なかった。
神前、とおどろくほど真剣な声に呼ばれる。
『今さら遅刻うんぬんを蒸し返すのは阻止すべきだが。そうやって、羽角イコール遅刻の常習ってことで憶えられてるなら、むしろ、方向音痴は隠さない方がいいんじゃないか。羽角の人気を利用したいから言うんじゃなく、これはあいつ自身の信用の問題だ。どんなにいいプレーができたって、信用を失えばチャンスもなくなる。方向音痴は、ただの体質だろ。それを隠して、ルーズな人間だと誤解されるより、多少笑われたって、いっしょに行こうぜって言ってもらえる方があいつ自身も楽なはずだ』
「うん……そうかも」
『そう話してみろ。おまえだって、知らずに助けてやってるわけじゃないし、下手したら来季にも、あいつはおまえの居ない場所でひとりでやっていかざるを得なくなるんだぞ』
見えるはずもないのにうなずいて、神前はぎゅ、と携帯電話を両手でにぎり締めた。
「──紀藤ってさ。損してるとおもう」
『は? 何がだ』
「そうやって深く相手のこと考えてたって、口じゃぽんぽん意地悪なことばっかり言ってさ。おまえがほんとに意地悪なやつみたいにおもわれるの、俺、嫌だよ」
電話の向こうで、ふっ、と吐息がもれる。
それは、小さな笑いのようにも聞こえた。
『心配するな。いちばん意地悪を言ってるのはおまえにだし、次点の江野にはもうどうせ嫌われてる。俺はべつに、他人のことを心配してやる趣味なんかないんだ。ただ、おまえはダチだから、相談に乗ってやってるだけ。おまえに嫌われてるっていうなら問題だが、それ以外の人間にどうおもわれていようが、知ったこっちゃないな』
「……俺が好きだったら、サドとかメガネとかおもわれててもいいんだ?」
『メガネはただの装備であって性質じゃない。──あ? 彩音が異議があるらしい。切るぞ、メガネについてこれから議論だ』
今度は止める間もなく、電話が切られた。
耳から離した携帯を見て、神前は親友夫婦のあまりのらしさに笑ってしまう。
「マコだって褒めてただろ、おまえのこと」
橘や羽角と並べて、いい補強だったと言った。
プレイヤーとしての能力だけなら、嫌味だと紀藤が受け取ったのも無理はないのかもしれない。
けれど神前は、チームに対する紀藤の貢献度を正当に評価して言ったことばだと信じている。
「マコに嫌味なんて言わせたなら、それはそれですごいけどさ」
つぶやいたとたん、急速に、もしかしたらただの嫌味だったのかもしれない気がしてきて、神前はおもわず苦笑を浮かべたのだった。




