横浜駅から徒歩十数分の距離
長い呼び出し音にもめげずに待っていると、やがて、どうした、と低くそっけない声が電話越しに返る。
「紀藤っ、紀藤、きとおぉ、どうしよう!」
『……例の場所、下に声、まる聞こえだぞ』
「分かってるよ。今、写真撮影で外に出てる。それより、言っちゃったんだ、方向音痴!」
数拍、沈黙が返ってくる。
『めずらしいな。逢坂がとちったのか? わざとじゃないだろ、まさか』
「ちがう。言ったの、羽角」
また数拍、沈黙が返る。
『……知るか。自分で言ったなら、誰にも文句言えねえだろ。自業自得だ。れっきとした事実だし、何も問題ねーな』
「いやいや、でもな。グラニ時代から何が変わったのかを聞かれて、練習場の環境がいい、みたいなことを言ったんだよ。羽角的には、寮がすぐ隣だからって意味なんだけど。ほら、グラニの練習場ってちょっと有名だろ。プロリーグ屈指の施設で、立地も横浜駅から徒歩十数分の距離なのに、って突っ込まれちゃってさ」
『で、実は方向音痴ですって告白したのか』
「ううん。横浜駅を出るだけで一時間かかる、って──」
プフ、と電話の向こうで紀藤が吹き出す。
「笑い事じゃない。っていうか、俺も笑いそうになって、苦労したけど。とにかく、記者の人に方向音痴がバレてさ。そこまではいいんだ、たしかに事実だし。でも……だから、グラニ時代の羽角は遅刻の常習で、それでレンタルに出された、みたいなことを言われてたんだよ」
『──マジネタなのか?』
「うん、遅刻のことは羽角から聞いてる。逢坂が横から、ここでは一度も遅刻したことなんてないからそんな話はみんな信じられないとおもう、ってフォローしてたけど」
『だよな……逢坂は、そうこないと。広報はどうした。いっしょに居たはずだろ』
「横山さんか。てきとーなオヤジだからさー。始めの方はついてたけど、ちょいちょい席外してて、後半はほとんど居なかった」
『ち。いいか、仮にそんな過ぎた話が記事になって出てきたとしたらそりゃうちの広報の無能だ。そう、広報をとっ捕まえて脅せ。で、そのあとの羽角の様子は?』
「ふつう、かな。逢坂が自分ちの愛犬に似てるとかってからかうから、いつもの調子で仲良く言い合いとかしてたけど。あ。写真撮影は、今、風で乱れた髪を直してあげた逢坂を怒って押しやってる」
窓から見下ろせる芝の上での光景を実況すると、紀藤が安心したようにほっと息をつく。
『逢坂じゃないけど、仲良くやってんなら、仲良さげな写真が撮れるだろ。おまえがこれからすることは三つ。広報を捕まえて、仕事をさせろ。羽角には、遅刻の件は記事にさせないから、って安心させてやれ。それから、ふたりに寿司でもおごってやって来い。羽角の好物なんだろ。金は俺と折半。いいな?』
「待って! それってさ、おごった分を折半? それとも、俺の分も合わせて?」
ゆうに三秒はおいてから、特大のため息をつかれた。
『くそしょーもないことを訊くな。おまえの分が入ってたっていちいち文句言うかよ。切るぞ』




