恩人
ともかく、人前に出ての広報活動よりも、むしろ逢坂といっしょなことの方を嫌がっているようなのは、なんとなく分かる。
そしてそれは、用意してきた説得のことばがすべて無に帰すほどの、想定外だった。
例えば──
「逢坂はやさしいから、横で羽角が困ってたらきっとうまくフォローしてくれるとおもうけど」
「そういうところが嫌いです」
にべもなく切り捨てられ、そうか、としか神前は返せない。
おまえが頼んでダメなら他の誰でもダメだから、と紀藤には言われたけれど、口八丁な紀藤の方が何とか説得してしまえそうな気がする。
「俺は、逢坂といると、あいつの明るい笑顔に元気がもらえるみたいで、好きなんだけど。羽角は、そうじゃないのか。ほんと、マコがそんなの俺の個人的な感情だって、怒るはずだよな」
羽角がなぜか神前をじっ、と見つめてきた。
何か言いたそうな顔をしていたが、やがてテーブルの上のペットボトルを取り上げ、とがらせたくちびるに当てる。
こくん、とのどを鳴らして飲んだのはウーロン茶だ。
神前の前にも同じボトルが置かれているが、まだ手をつけてはいない。
「……神前さんと逢坂で、いろいろ活動したらいいんじゃないですか。サポーターの人たちからも、ふたりならユース出身で、チームの顔として認知されてるし」
「え、っと。今度のは、もっと広い層のひとにうちのチームを知ってもらうのが目的っていうか。逢坂と羽角は、今年二十一才で年齢的にも実力的にも、次の五輪代表候補だろ。俺なんて、こないだのワールドカップの代表候補にすらかすりもしてないし、もう、四年後のワールドカップを目指すなんて年でもないしさ。他にもその、いろいろ事情があったりして。俺じゃ、役目に相応しくないんだよ。逢坂といっしょに売り込みようがないっていうか……」
指先を弄びながら言い訳をし、ちらり、と羽角を窺えば、ひどく困った顔をしている。
神前は、あわてて両手を振った。
「あの、でも、羽角に絶対やれって言ってるわけじゃないんだ。マコにも、強制はするなって言われてるし。羽角のプレーだけで十分、俺たち助けられてるし。だから、無理にとは言わないけど。でも、頼れるのは、羽角しかいなくて……同い年だし、U-19代表でもチームメイトだったし、もしかして、逢坂のためなら協力してくれるんじゃないかな、っておもったんだけど──」
みごとなまでに、当てが外れた。
そもそも、逢坂との仲の良さをチームメイト以上かもとおもわせることに作戦の成否がかかっているというのに、羽角が逢坂を嫌っていたんでは、逢坂からいくら好意をほのめかしてみたところで、仲良く見せようがない。
「逢坂のためなんて、御免です」
きっぱりと言い切られ、神前はこの梅雨明けに秋風がひゅお、と吹き抜けた気がした。
うなだれた耳に、でも、とつぶやきが聞こえる。
「え?」
「でも、……神前さんの頼みだから、やる」
「えっ! えええっ、いいの!? 何で?」
「何でかなんて知らないけど、神前さんは、オレが困ってるときいつも助けに来てくれるから。神前さんのためなら、協力します」
腰を浮かせて羽角の腕を取ると、神前はテーブル越しにぐいっと肩を抱きよせた。
「ありがと、ありがとっ、羽角!」
「でもオレ、話すのとか、ましてや女の人へのアピールとか、ぜったい上手くできませんよ。オレみたいな田舎者じゃ、却ってチームのイメージを損ねるかも」
「羽角はそんなことまで心配しなくていいよ。俺たちだってサポートするし。──それより、ずーっと逢坂といっしょで、その、平気? 嫌じゃない?」
腕をゆるめておずおずと問えば、羽角はばつが悪そうな顔をふい、と背けた。
「べつに、あいつは存在が嫌味なだけで……そんなに、いやな奴でもない、から」
これでもかとちからいっぱい羽角の肩を抱きしめた神前の顔には、我知らず、とびっきりの笑みが浮かんでいたのだった。