王道系
腕を組んで聞いていた橘が、淹れ損なったお茶でも飲んだように何とも渋い顔をした。
「とりあえず、サッカー自体、あんまり関係ないってことだけは、よーく分かったよ」
「とはいえ、女帝の入団以前と佐賀の予算額を比較すれば、ざっと三倍以上にはなってるんです。チーム成績も上がっているので一概には言えませんが、それも女性ファンが増えた効果だと考えると、ばかにできない力ではあります」
紀藤の補足説明に、橘が今度は酢を飲んだような顔をする。
「でもなー、俺は、プレーを見て欲しいよ」
「……見てるんじゃないでしょうか。県外からでも、わざわざ観戦に来ているわけですよね? それって、例えサッカーには興味のない女性であったとしても、一度、生でプレーを見ればすごさに気づける、あいつならではだとおもいます。あいつのはでなテクニックは、子供が見て憧れるプレー、そのものですから。一目瞭然のはずですよ」
控えめな江野の主張に、きらりと橘が目を光らせる。
ゆっくりと口角が持ち上がった。
「ははーん。分かったぞ、誰だか。去年の佐賀戦、そいつにルーレットでかわされちまって、おまえ、追っかけるのも忘れてぽっかーんってしてたよな。おまえにあんなまぬけな顔させたやつ、俺、他に見たことねーからさ。あれは、忘れらんねーわ」
「えー、えー、誰か分からないの、俺だけ? パボ・レアルって、女帝なんて呼ばれそうな美形、美少年系がいたっけ?」
とたん、細い指先がぴしっ、と向けられた。
「それよ、カンちゃん。まさに!」
「……すみません。どれだか分かりません」
「女帝ってね、プレーとか動きとかにはものすごく華があって、白孔雀ってあだ名されるぐらい優雅らしいんだけど。桜様と違って、ルックス的には女子好みの王道から外れてるのよね。むしろカッコイイ系だから。そこに、付け入る隙があるっていうか」
ここが肝心、とばかりに彩音が右手を握る。
「イケメンとセットで、女子がおもわず萌えちゃうような王道系をネタとして差し出せば、国内に第二の桜様を求めてる層が絶対、飛びついてくれるわ。あれこそが女子のストライクゾーンなわけだから。──サッカーが上手くて、かわいくて、若い選手って、三拍子そろってる子が居るでしょ、鷹にも!」
人差し指から順に立てられた三本の指を見て、神前はぎくしゃくと、紀藤を振り向いた。
「待って。紀藤、あのさ、それって──」
「言っとくけど、おまえじゃねーぞ」
「分かってるよ!!」
神前は、紀藤の肩に裏手で突っ込んだ。
「分かってるよ。それって、…………羽角? しか、いないよな?」
くわっ、と目を剥いたのは江野だ。
即座に、テーブルを叩いて腰を浮かす。
「待ってください。具体的に何をやらせる気か知りませんけど、俺は反対です。──というか、反対する以前の問題でしょう!」
「言いたいことは分かってる。あいつはレンタルで、うちとしてはグラニから借りてる選手だし、あいつからしてみれば、うちの経営なんてまったくもって他人事。協力する義理なんかさらさらないって言いたいんだろ? ……でも、おまえ、レンタルだからってチームメイトを区別すべきじゃないって、前に言ってなかった?」
むっと紀藤をにらんだ江野は、ターゲットを神前に切り替えた。
「何でもするって言ったのはあなたなんだから、あなたがやればいいんですよ」
「い、いやいやいや。俺、かわいくないし。もう若くないし。いろいろぜったい無理!」
彩音の値踏みするようなまなざしを、神前は見えないふりで話題を変える。
「そもそも。羽角はレンタルだって言うけど、あいつ、来季はグラニに戻っちゃうわけ? 完全移籍で残ってくれるんだよな、な?」
江野が、ふっと表情を沈ませた。
「グラニが若手をどんどん獲得して積極的にレンタルに出すのは、複数年契約をしておいてレンタル先に買い取ってもらうことを一種の収入源にしてるからだ、と聞きました。今オフに契約がフリーにならないとすれば、当然、残留には違約金が発生するでしょうね」