王様と女帝
「そして、もう一方っていうのが、アニメ化された辺りで女子の間でも爆発的に人気が出て、すっかり王道ジャンルになった、『カン愛』こと、『カンテラより愛をこめて』のファン──いわゆる二次元サッカーファン、と呼ばれる人たちね」
彩音からの視線に、原作ファンである神前はこれでもかとうなずいてみせた。
『カンテラより愛をこめて』は、初版百万部を突破した、現在二五巻まで刊行されている、大人気の少年マンガだ。
その名のとおり、スペインの超名門クラブの下部組織を舞台に、十二才で海を渡った日本人の少年がトップチーム昇格を目指して、厳しい競争を乗り越えていくというストーリーで人気を博す。
ゆえに、神前に限らず、プロの中にもファンであることを告白する選手は多い。
二〇巻では十五才となった主人公がU-16の日本代表入りをしたせいで、代表のレプリカユニフォームに彼の名前を入れてコスプレ衣装にする女性ファンも、少なくないという。
「この、二次元ファンが、リアル──つまり、現実のサッカーにもだいぶ流れ込んでるわけだけど。桜様には放っておいても流れるとして。もうひとつ、とある最大手の誘導で、くじゃくの女帝にもおっきな流れが出来ちゃってるってわけ」
「くじゃくって、パボ・レアルのこと?」
神前は、はでな羽根を持つ佐賀のマスコットの着ぐるみを思い浮かべつつ訊いた。
「そうよ。桜様と女帝って、元チームメイトなんだってね」
と言われても、女帝というのが誰を指すのか分からない神前には答えようがない。
そうなの、と紀藤に訊くより早く、江野があごに手を当て、口を開いた。
その眉間には、例によって深いしわが刻まれている。
「佐賀の選手で、桜井陽斗のチームメイトだったというと。その女帝っていうのは──」
「ストップ! 江野、分かってても言うな」
制止を受けた江野は胡乱な目をしつつも、あえてその先を口にしようとはしなかった。
「え、誰? マコが佐賀にレンタルされてたときから居る選手なの?」
「おまえも黙れ、神前。誰かなんてすこしも重要じゃねーだろ」
しぶしぶ神前がうなずくと、彩音が説明を続けた。
いわく、おっきな流れというのは、『Nine Dogs』という人気アニメの原作者である梨林檎という漫画家ユニットによって作られたものらしい。
カン愛ファンに絶大な影響力をほこる同人作家としての顔も持つ梨林檎の内、ストーリー担当の梨は大の女帝ファンであり、『Nine Dogs』の中でもいちばん人気がある十条という二重スパイの美少年キャラクターは、女帝をモデルにしたと公言しているのだという。
「作者たちが流す女帝ネタと、ファンの中の十条萌えがリンクして、女帝萌えなひとたちが増殖してるんだとおもうけど。濃い女帝ファンは、梨さんの布教にどっぷり染まってるっていうから、要するに、新選組の土方さん人気は司馬小説の影響が大、っていうのに似ているかも。くじゃくの女性ファンのメインターゲットはあくまでも女帝で、他の選手たちは無意識に左の座を争ううちに王子様化しちゃったってところかな」