奥の手
「あら。私の作戦には自信あるわよ。いっしょにしないでくれる?」
白い頬にえくぼを刻んで微笑んだ彩音に、紀藤がもの言いたげな視線を投げた。
「俺はない。というか、実行してもいいものか、はなはだ疑問だ」
「でも、法に触れないのなら何でもやるんでしょう? たしかにちょっと奥の手だけど。自分が考えた策だけじゃ微妙だって頭抱えてたの、君じゃない。試合日程からしてこれしかないって言ってたのも、君だけど?」
にらみ合う夫婦を見比べて、顔色を窺う子供よろしく、神前は紀藤の腕を引っぱる。
「どういうこと?」
「ありえねーことに、うちと佐賀のホーム開催が、残り十試合のうち八試合も同じ週末にかぶってるんだよ。佐賀の女性ファンっていうのは、他県からの遠征組が多い。福岡からも相当いるとはおもうが。大抵の場合、鳥栖にあるスタジアムへは福岡を経由して行くはずだ。だから、彼女たちに見たいとおもわせる選手がうちにも居れば、遠征ついでにハシゴしてもらえる可能性が高い──と、彩音は言うんだ」
「……高いの?」
神前だけでなく、江野や橘の視線も受けて、彩音が自信たっぷりにうなずいてみせた。
「あそこのファンの思考回路って、私といっしょだもん。嗜好もツボも分かってるから、振り向かせることくらい、わけないわ」
「──彩ちゃんと同じ思考回路って…………誰それカケル誰それ、とか。何とかウケ、とか。何とかモエ、とかそういうやつ?」
彩音からこの上ないほど極上の笑みが返る。
神前の肩を、紀藤がぽん、と叩いた。
「な? あんまり聞きたくねーだろ?」
「……え、っと。紀藤が考えた策っていうのもあるわけ? そっち、先に聞きたいなー」
神前の期待のまなざしに、紀藤が頭をかく。
淡々とした口調で語られた対ホワイトウイングス案は、聞いてみれば、神前も我知らず頭をかいているようなものだった。
「うーん。妙案だとおもうけど。──不確定要素が多い、と言われたらそうかも」
「自分で考えといて何だが、もしもすべてが計算どおりにいったらラッキー、ぐらいの話だな。しかも、効果が同じなら収益では劣るのが、この策の欠点でもある」
神前は、二度、自分を納得させるべくうなずいてから、彩音の前に居住いを正す。
「彩ちゃんの作戦を、聞かせてください」
「いいわよ。じゃあまず、今居る二種類の女子サッカーファンの説明からね。一方は、さっき橘さんが見入ってた雑誌の表紙のひとのファンなんだけど」
「桜井か。あいつの記事だけで十ページ近くあったんじゃないかな」
「日本代表、桜井陽斗、二十五才。彼のアイドル並みの人気は、べつに説明も要らないくらい、サッカー界じゃ周知の事実よね?」
自分と同い年でありながら、高校生のころと大して変わっていない外見を神前は思い浮かべた。
笑顔のよく似合う童顔で、女性ファンだけでなくチームメイトからも愛されるキャラクターであることは、サッカー選手なら当然、誰もが知っているくらいの有名人だ。
現在は、イタリアでプレーしているが。
横浜グラニに所属していた五輪代表時代に発売された写真集は増刷につぐ増刷で、サッカー選手としては異例の七万部を売り上げたと言われている。
「あの写真集が、もろ、腐った女子を狙い撃ってたもんで、あのひとのファンはもんのすごい確率で、右に桜様って人たちなのよ」
江野が怪訝そうに眉をしかめ、橘が素直に首をひねった。
「言ってることが、さっぱり分かんねーよ」
「つまり、桜井自身より、桜井がパスする相手だとか、倒れた桜井に手を貸す相手だとかに興味があるってことですよ」
「え。あれって、そういうことだっけ? もっとこう──」
「黙れ、神前。そういう理解でいいんだっての。知らぬが仏って言うだろ。とくに──」
ひそめた声で遮った紀藤が、ほんの一瞬、江野に視線をやる。
言いたいことを察して、神前はあわてて口をつぐんだ。
裏話1
舞台は福岡のチームですが、実は「某大分の選手が去年(2012)募金活動とかやってたの、あれ何のお金が必要なんだったっけ?」ってところから構想がスタートしてます。
これを書いてる最中に、福岡のチームが「お金が足りない!」とか言い出したのには仰天しましたが、そこをネタにしたわけではありません、念のため。