正攻法
「……まあ、あくまでも、いち女性の意見だが。佐賀の例を見りゃ、言ってることも分からなくはないし。第一、それだけで何かが変わるっていうなら、実に簡単なことだろ?」
「うーん。たしかに、マコににこにこ笑ってファンサをしろっていうよりは、簡単かも」
紀藤のことばに、神前は首をひねりつつ、同意した。
とたんに曇る江野の表情を覗いて、彩音が安心させるべく微笑む。
「あら。誠くんにも、簡単な方法があるわよ。まわりが、実は見かけよりずっとずっとやさしい人なんだよってことをファンに教えてあげればいいんじゃない」
「──それって、つまりこーゆーこと?」
手にした雑誌を黙々とめくっていた橘が、上げた顔の前にとあるページを掲げてみせる。
「選手を、他の選手のコメントで特集。型どおりのインタビューなんかより、意外な一面とか出ておもしろそうじゃないか、これ」
「そうですね。同時に、コメントする側の個性も見えて、一石二鳥になるかも。──そういうプロフィールのデータからは見えない選手像を知ってもらう場、というのにできればやりたいと考えているのが、マッチデープログラムの改革です」
現在、一部百円で販売されているそれを、ページ数を増やして内容を充実させた上で一部二百円にするという改革案の企画書めいたものまで示して、紀藤は説明を始めた。
コストと利益が部数でどのように変化するか、などグラフを見ても神前にはさっぱり分からない。
それよりも、こんなものを作っているから寝不足になるのだと、頭が下がるのを通り越して、半分あきれてしまう。
改革案の中には、選手の能力や特徴を競争や対決といった分かりやすい形でファンにアピールすることや、公式ホームページと連動させて結果以外の部分でもファンを楽しませること、試合の告知ちらしをそのお試し版といった形で作ることによって周知を図ること、などのアイデアが盛り込まれていた。
「それで、そのちらしを選手の手でせっせと配布して、市民に広くアピールしよう、か。なるほど、考えたな」
テーブルの上に、神前と江野と三人で顔を寄せ合って企画書を見ていた橘が、ソファに戻りざま、感心したように紀藤の顔を見る。
一方、しつこく企画書をめくっている江野は、どこか腑に落ちない表情で紀藤を窺った。
「やろうとしていることは大体分かりました。やる価値がないとも言いません。……ただ、そうやって、いくらかファンを増やしたり、選手が自分のファンにすることができたとして、それが、今季中に七五〇〇万円、とかいう大金につながるんですか?」
危うく神前は手にしたグラスを取り落としそうになる。
紀藤が、こぼすように苦笑した。
「そのとおり。この正攻法の最大の欠点は、試合に出てない選手のファンを少しばかり増やせても、大した収入増は見込めないってことだ。長い目でみればファンは確実に増えるだろうが、即効性があるとは言い難い」
「で、でででもっ。入場料収入を増やすしかないんだろ? 幸い、チーム成績はいいから追い風になるかもだし、うちには逢坂がいるんだよ。うまくやれば、何とかなるかも。っていうか、何とかしてくれ!」
拝まんばかりに両手を合わせた神前を見て、紀藤が彩音と意味ありげな視線を交わす。
「……まあな。何とかできそうな策も、一応、用意してないことはないが──」
めずらしく歯切れの悪い紀藤に、神前は期待と不安の両方を顔に出した。
「なんか問題があるわけ?」
「はっきり言って、大ありだ。俺と彩音で、正攻法の欠点を補う策を考えたんだよ。で、出た結論が、ファンが居るところから失敬しよう、なんだが」
「え。居るところって……さいたまから?」
「あほ。もっと近くだ」
「ホワイトウイングス?」
「パボ・レアルか!」
紀藤の右手と左手、江野と神前から上がったふたつの声は、だいぶ音程は違っていたが、ぴたりと重なってひびいた。
紀藤が、その両方にまとめてうなずきを返す。
「まあ、誰だって考えることは同じだよな」
「いえ。考えるわけないでしょう。他チームのファンを失敬するだなんて、新規のファンを増やすより、よっぽどハードルが上がっているじゃないですか!」
「そうとも言うな。何の策もなきゃ、まずもって不可能だし。策があったとしても、狙いどおりいくかは、正直、俺も分からない。ただ、矢も三本あれば折れにくい式で、策もみっつあれば何とかなるだろうってことだ」