パボ・レアルの例
橘の元チームメイトとやらの写真を確認してから、神前は紀藤をふり返る。
「えと。つまり、パボ・レアルの選手はアイドル路線でファンを集めてるってこと?」
「……アイドル路線、と取るか。まあ、女性からの憧れを意識していることは、たしかだろうな。彩音いわく、この憧れってやつがブランド力なんだと」
神前はローテーブルの向こうに膝をついた彩音に視線を移した。
「そっ。目に見えるものに、いかに目に見えない付加価値をつけて憧れを抱かせるかが、ブランド力だとおもうの。自分が満足できるものとか、他人が羨むものでないと、ぜいたくに属するお金ってなかなか出さないものでしょ? サッカーの試合って、テレビならただで見れるし、外国のサッカーだってずっと安い出費でいくらでも見れちゃう時代じゃない。それを考えると、お金を払って観戦に行きたいっておもわせるのは、何らかの憧れの存在にならない限りは難しいのかなって」
「佐賀の例は、うまくやればスタジアムにファンを呼び、結果、チームの成績もアップするっていう好循環を示しているとも言える」
紀藤は一度ことばを切ると、テーブルの上の雑誌をとん、と指先で打つ。
「全国的に無名でも、こういうところで女性ファンの目に留まっているから、佐賀の選手はアウェーでどこに行っても応援してもらえるんだ。そして、そういう効果を知っているからか、SNSなんかを見るかぎり、やつらのファンサービスは王子様対応、と言われるくらい評判がいい」
「お、王子様対応……?」
どんなだ、とおもった神前の心の声が聞こえたように、紀藤が苦笑を浮かべた。
「練見に友だちと行けば、その友だちももれなくファンになるらしいぜ。っても、べつに特別なことをしてるわけじゃないらしい。気さくで、笑顔で、丁寧で、なおかつ、ぱっと見がそれなりにかっこいいってだけだな。俺に言わせれば、逢坂のファンサの方がよっぽど丁寧だろってかんじだが。おまえだって死ぬほど気さくだし、見事に呼び止めたチャレンジャーには江野も誠意が目に見えるような対応をするしな。何が足りないかって言えば、まあ、見てくれ、なのかな」
「えー。逢坂は、パボ・レアルの選手なんかよりイケてるだろ。ね、彩ちゃん?」
ソファから身を乗りだした神前のことを、ふっ、と彩音が笑う。
「カンちゃんの逢坂くん推しは知ってるけど。私は、誠くん推しなのよ。いくらダイヤでも、デザインがイケてないんじゃ魅力も半減するってものでしょ。分かる?」
「…………分かりません」
神前は、聞こえているのかいないのか、こちらにペイントプリントが施されたTシャツの背を向けたままの逢坂を見て、首をかしげた。
神前から見れば、ごくふつうのTシャツ姿で、とくにおかしいところはない。
肩にとどく長髪だって、イタリア辺りで活躍するストライカーのようで逢坂にはなかなか似合っている、とおもう。
「選手が常日頃、自分を磨いてることは知ってるわよ。でも、自分をどう見せるかにはてんで無頓着っていうか。その辺、いつでも気配りが見えるのって誠くんくらいなのよね、鷹の選手って。プロ選手って人気商売でしょう? 女の子にチョイスされたいのならまず、ダサイのはダメだわ。見かけに手を抜いてる商品ばかり並べてるお店に、お客さんが来るとおもう? スタジアムに女の子を呼ぶのだって同じ原理よ」
神前は、得意気、とは正反対の顔をしている江野をとっくりと眺めた。
ユニフォーム姿だとそれなりに迫力のある長身がすっきりとして見えるのは、袖口を軽く折っただけの長袖効果かもしれないとおもう。
おしゃれかどうかはともかくとして、地味で、控えめで、誠実で、細かな気づかいのできる江野の性格を服に仕立てて着せたようだ、とも神前はおもった。
少なくとも、神前みたく着易さで選んでいるわけではなさそうだ。