入場料収入
「何これ。何とかグラフ?」
上下にふたつ、縦横が一対十くらいの帯グラフが並んでいた。
上には収益、下には費用と書かれてあり、収益のグラフは四色に色分けされている。
費用の方は、帯グラフの中に帯グラフがあるような形で、神前にはどういう意味だかよく分からなかった。
「これは、こないだ公開された去年のうちの損益計算書の数値をもとに、項目比率を帯グラフにしたものだ。おおざっぱに言えば、収益の内、五割が広告料収入、二割が入場料収入、そして一割がリーグからの分配金。その他二割には、移籍金やらグッズ収入なんかも入る。費用の方はあんまり関係ないが、チームの人件費だけでざっと五割だってことだ」
ローテーブルからアイスティのグラスを取り上げ、紀藤は口に運ぶ。
水滴で濡れた指先を羽織ったシャツで拭ってから、紀藤はタッチパネルの液晶を操作した。
「で、次が、本題。三つの帯グラフの内、真ん中はさっきのと全くおなじ、去年の収益だ。横の長さは総額をあらわす棒グラフとして見てくれ。その上は、二〇〇八年当時のうちの収益になる。予算額、成績、人気、ともにピークだった時だな。総額三六億は、現在の三.五倍。他の項目ももちろん現在より多いが、広告料収入が二〇億ほどで、その多くがIGAからの赤字補てんだとおもわれる。いちばん下は、総額が六〇億を越える。まあ、どこの例だか説明も要らないとおもうが──」
1部チームの平均予算額の三倍近くも収入があるチームなど、リーグにただひとつしかない。
神前は、迷わずうなずいた。
「さいたまエルフ?」
「神前、ついでにそのグラフを読み解け」
「えっ………………入場料収入が、多い?」
「一目瞭然なのに、どこに考える間が要るんだ。広告料収入なんて、二〇〇八年のうちと変わらない。二四億の差の大部分は、入場料収入だ。現在のうちと比べたら、かるーく十倍以上だな。あそこの観客動員に、一朝一夕で追いつけるわけもないが。入れ物だけを比べれば、スタジアムの収容人数はせいぜい一.五倍だ。──これが、フロントに頼らず収入増を図るために選手が手をつけられる、唯一の部分だと俺はおもう」
橘が液晶をのぞき込んでいた体を起こし、腕を組んだ。
「人気は金に直結し、チームの強化につながる、ってまさにエルフがいい例だな」
「ここから、例のメールにあった女性ファンを増やすって話につながっていくんでしょうけど。エルフの集客力が土地柄だとすれば、福岡はプロ野球のホワイトウイングスの方が圧倒的に人気も知名度も集客力も高いですよ。しかも、あえて女性に限定する理由が分かりません」
江野の指摘に、紀藤は軽くあごを引いた。
「彩音に言わせりゃ、集客力が劣るのはブランド力の差、ってことらしいけどな。──どうして女性なのかって、福岡には若い女性の人口が多いからだとか、いろいろ理由はあるとして。いちばんは、出て行かざるを得ない選手のことを応援しつづけてくれるファンを増やす、っていう神前の要望には、チームよりも選手個人につく傾向がある女性ファンの方が適している、と言えそうだからだ」
グラスを口もとに運んでいた橘が、手を止めて紀藤をしげしげと見る。
「そういうことか。さすが紀藤だな。俺はてっきり、女子の応援の方がテンションが上がるから、とかそんな理由かとおもってたよ」
「俺もー。べつにキャーキャー言われたくてサッカーやってるわけじゃないけど。パボ・レアルとか、ちょっとうらやましくない?」
パボ・レアルとは、隣県佐賀に本拠地を置くクラブチームで、近年、ファルケンの成績が下降するのとは逆に、万年2部の中位以下から脱し、今季は初の1部リーグを戦う、もっとも身近なライバルチームだ。
神前には、去年、一昨年と対戦した中で、プレーより何より、選手バスを取り囲んだファンの、アイドルのコンサート会場をおもわせる熱狂ぷりが、強烈に印象に残っている。
「パボ・レアルに女性ファンが急増した理由は、大まかにふたつ上げられるが。そのうちのひとつは、こいつだろうな」
そう言い置いた紀藤に頼まれ、彩音が二冊の雑誌をローテーブルの上に広げた。
それらは女性向けサッカー雑誌の号違いで、開かれているのは読者投稿のフォトページらしい。
神前は、紀藤の説明で、いちばん目立つ写真が、今年に入ってワールドカップメンバーに抜擢され、先頃、海外クラブへの移籍が発表された佐賀の選手のものであることに気づいた。
言われなければ、ぱっと見、サッカー選手だとはおもえない出で立ちをしている。
ファッションのことは分からないなりに、服を着易さでしか選ばない神前は、完全に負けを認めざるを得なかった。
「あー、見て。こいつ、俺の宮城時代のチームメイト。去年、よく飯行ってたんだけどさ、佐賀に来てから見違えるように垢抜けて、たった数ヶ月でかわいい嫁さんもらったんだよ。橘さんその服装ナイっスわー、とかこの田舎者に笑われた屈辱だけは、忘れらんねー」
手にした雑誌のページをぴん、と指で弾いて笑う橘は、おそらくはアロハシャツに分類されるのだろう半袖のシャツを身につけている。
彼のバーミューダパンツ姿もこの一ヶ月ほどですっかり見慣れていたが、言われてみればたしかにおしゃれとは言えないかもしれない、と密かに神前はおもった。




