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・・・沈没3時間前・・・
船旅も初日は憂鬱だったがそれなりに目新しいものはあった。そもそも船泊自体初体験で、沈むとわかっていても4日の猶予はある。
だから2~3日程度は船内を検索したり、情報を収集している内にわりと早く過ぎた。
(今日が4日目…)
今更騒いだところで沈むことは決定事項であるし、どうしようもない。かと言って今さら何かをするにも遅いだろうし、第一その姿を2人に見られでもしたらありもしないことを口にされそうで煩わしい。
そう考えて辿り着いた場所がここだった。
(賑わっているな)
最後の晩餐ならぬ、最後の娯楽とでもいう訳なのだろうか。
普段なら足を運ばない場所。日本には裏で存在しても公式にはその場が提供されていない『カジノ』、足を踏み入れるのももちろん初めてであったし、それに慣れようなんて気もない。
(何人かは見たことがある顔触れがいるな)
1等客席と2等客席を往来していたのだからそれは当然なのかもしれない。
本来ならば2等客席である自分が、何の苦労もなく1等客席の場に入ることは史実では許されないだろうが、ゲームのシステム上、公平を期すには必要とされるエリアが立ち入り禁止であることは許されない。
そのせいもあり、ボイラー室や操舵室等ゲームには関係のない場所を通過しなければ特に咎められることもないようだったが、そこを通ることで入れる道が多い3等客席に向かうにはある程度骨が折れた。
(本当に大丈夫なんだろうか)
疑っても今さら遅いが、何かを隠している相手の前に、どうしても一抹の不安がよぎる。
おそらく何らかの考えがあっての事なのだろうが、立ち入りの制限が特に厳しい3等客席の探索を自ら買って出る行動は、自分達が担当する1等や2等より遥かに難しいことは考えるに易いはずなのに。
(……よそう)
他人のことなど、考えても答えも出なければ、大して意味も興味もない。
「……?」
室内を特に目的もなく歩いていると、ある一区画で軽いどよめきが起こる。その中心にいるだろう人物は、人だかりに隠れて見えないが、周りにいる人間が口々に「子供のくせに運がいいな」「どうせ子供のまぐれだよ」とはやし立てている。
(子供?)
そのフレーズがひっかかり、人だかりに視線を落とせば、渦中の人物は見たことがあるシルエットをしている。
「澤村、何をしている」
「ん?あれ、アマネ。何してんの」
(それはこちらのセリフだ)
ポーカー台に座り、挑戦的にディーラーを見ている姿は子供であることには間違いないが、逆に瞳は、子供だと侮れば足元をすくってやろうと企むギャンブラー気質そのもの。
手元にはいくつかカードが配られており、同じように手元にあるカードを見た同じ卓のNPCが指で合図をしたり、チップを投げたりしている。
(…なるほど…ブラックジャックか)
ルールは知っている。各プレイヤーの目標は、21を超えないように手持ちのカードの点数の合計を21に近づけ、その点数がディーラーを上回れば勝ちというシンプルだが駆け引きが必要とされるゲームの1つだ。
ここが仕切り直しの1局目だったのか、初めの賭け(ベット)を終えたのを見て、ディーラーが、カードを自分自身のを含めた参加者全員に2枚ずつ配っている。ディーラーの2枚のカードのうちの1枚は表向きにされ、もう1枚のカードは伏せられている。
この時点で、プレイヤーが21(1枚は10、J、Q、Kのうちのどれかで、もう1枚はAという組み合わせの場合のみ可能)であれば「ナチュラル21」又は「ナチュラルブラックジャック」と呼ばれ、ディーラーが21でなかった場合には、ベットの2.5倍の払い出しを受けるというものもあったはずだ。
(さすがにそれはならないか)
澤村から対極に座っている恰幅のいい紳士がテーブルを叩くと、ディーラーが相手にカードを配る。
プレイヤーは21を超えなければ何回でもヒットすることが出来る。21を超えてしまうことをバーストと呼び、直ちにプレイヤーの負けとなる。プレイヤーが全員スタンドするとディーラーは自分のホールカードを開くという手順で公開されるため、未だディーラーの手元は1枚しか開いていない。
「ああ!くそ!バーストか!」
ディーラーは、自分の手が17以上になるまでカードを引かなければならず、17以上になったら、その後は追加のカードを引くことは出来ない。
一見不利なように見えるがその実、先にバーストする可能性も考慮すれば、プレイヤー側が不利に働くことは明白である。
「私はこれで」
1つ手前にいた婦人が手のひらを下に向け水平に振る。
「スタンド(カードを引かずにその時点の点数で勝負する)ですね、お客様はどうされますか?」




