表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

東京駅発

 金曜日の午後11時28分、僕は職場のノートパソコンの終了ボタンを押し、画面を閉じた。

「お先に失礼します」

 隣の席の先輩に、挨拶をして、イスにかけていた上着を着込む。エレベーターで1階まで降りて、守衛さんに挨拶をし、外に出る。もう5月も中旬だと言うのに、朝晩はずいぶん冷えこむ。今年の夏は冷夏になるらしい。

 外から、会社を見ると、ほとんどの窓から灯りが漏れていた。それを見て、僕は少しげんなりする。

 帰り道、僕は、コンビニに立ち寄っておにぎりとカットサラダ、ビールとポテチを買う。金曜日の小さな楽しみ。一人きりの晩酌だ。


 家賃6万5千円のアパートに帰ると、ネクタイをとり、スーツを脱いでハンガーに掛ける。下着姿になった僕は、ビールを開けてぐっと飲み込む。冷たいビールが喉を潤し、ようやく一心地が着いた。しかし、僕の心は乾いたままだ。


 月曜から金曜まで働き、土日休んでまた月曜。この単調な繰り返しは、どんどん僕の心を乾かして行く。東京で社会人3年目を迎えた僕は、仕事への熱い情熱を胸に上京してきた頃からずいぶん変わった。このまま乾いて行けば、5年後には、ミイラになっているのではないか。


 右手でポテチをつまみながら、左手でiPhoneを操作する。Line、twitter、Facebookを順にチェックする。同期のよく飲み会をするグループのLineで、中谷がバーベキューを企画していた。どんなグループにも、周囲からの人望が厚く、太陽のように周囲の惑星の中心となってくれる人物がいるものだ。


 LINEとFacebookでは職場関係の人たちとも繋がっている一方で、twitterでは、大学時代の友人としか繋がっていない。そのtwitterでも、友人のほとんどは社会人になってからは、ツイートしていない。僕もそうだ。


 夜は更ける。時計を見ると1時を回っていた。歯を磨いて、寝る用意をしていたら、iPhoneにLineの無料着信が入っていた。

 画面には、本多伸治と表示されている。大学時代、ゼミからバイト先まで一緒だった何かと縁があった友人だ。久しぶりの連絡に戸惑いつつも僕は通話ボタンを押す。


「ういーす!南野、元気か」

 懐かしい声がした。本多の声を聞くと、自然と金沢で過ごした大学時代を思いだす。

「なんとか元気でやってるよ。本多はどうだ」

「相変わらずさ。腐った仕事ばかりだけど、なんとか社会人やってるよ。ところで、南野、明日こっちに来れるか?」

 本多の突然の誘いに、僕は戸惑う。本多は金沢で公務員をやっている。

「こっちって、金沢のことか?」

「当たり前だ。兼六園や21世紀美術館がある金沢のことだ」

 僕は注意深く本多の声を聞いた。少しおどけた調子だけど、どこか真剣な響きがあった。

「わかった。行くよ」

「…悪いな。金沢駅まで迎えに行くから、新幹線の時間が決まったら、連絡してくれ」

「了解。じゃあ、また明日な」

 学生時代、千回以上は本多に言ったであろう言葉が、自然と口からこぼれ出た。

「ああ。また明日」

 本多から千回以上聴いた言葉が、また聞こえた。

 

 iPhoneを充電器に差し、僕は布団の中に入った。一週間の仕事で疲れ切ったはずの頭が、妙にさえている。本多からの突然の提案。僕は、以前にも似たようなことがあったなと、大学1年の頃の秋を思い出した。


 僕たちが通っていた大学は、毎年11月上旬に大学祭を開く。大学が山の中にあることと、学祭実行委員会を昔ながらの旧体制派が支配していたことから、大学祭のゲストに芸能人ではなく、反原発の専門家や環境保護の専門家などを招聘して講演会などを開くことから、日本一つまらない大学祭と誉れ高い大学祭だ。 

 当然、僕たち学生も、自分の大学の大学祭には参加せず、学祭期間をシルバーウィークと呼び、旅行に出かけるのが主流であった。

 僕は大学1年の大学祭期間中、風邪をひいて一人寝込んでいた。深夜、インターフォンの音で目を覚ました。おそるおそる出てみると、やたらテンションの高い本多が立っていた。

「南野、京都行こうぜ」

 本多は開口一番、そう告げた。

「え、今から?もう電車もないっしょ」

「原付あるじゃん」

 本多は先週、中古の原付を8万円で買ったばかりだった。僕は夏に兄から原付を譲ってもらっていた。

「しゃあないあ!行くか」

 そうして、僕と本多は紅葉が深まる11月初旬、金沢から京都まで原付で旅した。深夜に金沢を出発し、途中、トラックにあおられたり、本多の原付のエンジンから謎の爆発音と黒煙が立ち上ったりもしたが、僕たちは無事に京都までたどり着いた。早朝、琵琶湖で見た朝日の美しさを、僕は今でも克明に思い出せる。


 大学時代を思い出していた僕は、いつの間にか眠っていた。気付くと、外は明るく時計は10時を指していた。部屋が少し暑い。窓を開けると爽やかな土曜日の朝の風が入ってきた。

 僕はシャワーを浴び、荷物をまとめ、財布の中身を確認し、アパートを出た。最寄駅から東京駅へ向かう。平日の通勤ラッシュ時に比べるとずいぶんと快適な空間だ。東京駅に着くと、みどりの窓口で、一番近い時間の新幹線のチケットを買った。12時25分発で、15分ほど時間があったので、僕は本多へのお土産として、ありきたりではあるが、東京バナナを買い、そして、自分用に駅弁と500ミリリットルのアサヒビールを買った。


 12時25分。今年の3月に開業したばかりの北陸新幹線は、東京駅から金沢駅に向かって動き出す。


  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ