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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第十章・唯一の答
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第六十八話・雨降って地固まる


 ムゥとの関係に修復の兆しが見えた所で、今日の所は解散という事になった。色々とドタバタしていてずっとほったらかしだったあれこれが、山の様に積み重なっているからだ。

 そうと決まると、まず白矢が席を立った。何だか英気の感じられない所作で歩き始めながら、彼は呟く様に告げる。


「なら、僕は帰るぞ。……あまり体調が芳しくないからな」

「あら、そうなのですか……分かりました。どうか、身体は大事にしてくださいね」

「わーってらぁ。じゃあな」

「お見送りします」


 脚の長さにしては狭い歩幅で歩く白矢に追随しつつ、唯華は今回の事件を振り返る。様々な歯車が噛み合い世界規模の大災害にまで発展した騒動だったが、彼女たちは何とかそれを乗り越え、元の日常に戻る事が出来そうだった。


「では、また今度にー!」

「……はいよ」


 暫くは平穏な日々を謳歌したいものだ、と、帰路につく白矢を玄関から見送りながら唯華は思う。同時に彼女は、その想いが叶う事をどこかで確信していた。

 何故ならば、もう何かの騒ぎになりそうな火種が見当たらなくなったからだ。テナの封印や白矢の血筋等の、如何にも起爆しそうな不発弾は今や残っていない。落剥の種は、最早何処にも存在していないのだ。


「……本当に、良かった」


 ぽつり、とひとりごちる。「良かった」では済まされない被害を受けた人は沢山居るのだろうが、唯華とその周りには殆ど傷痕は残らなかったのだから、彼女にとっては「良かった」なのだ。


「ま、終わりよければ全て良し、だよね」


 そう言いながらぬっと彼女の隣に現れたのは、いつもの様に薄っぺらな笑顔を貼り付けているシィであった。足音や気配等の前触れも無く現れたのには少し驚くが、大分慣れたので態度に表しはしない。


「シィさんですか。まぁ、時と場合によりますけど、今回はそうですよね」

「うんうん。でさ、ちょっと、話は変わるんだけど――」


 唯華の応答に頷きながら、シィは半歩程唯華から離れた。何の話なのだろう、とやや首を傾げながらシィへと向き直る。すると彼女は、その場で90度に腰を折り曲げた。


「まず、ごめん。ボクはキミを騙した」

「え? ええと、何の事です?」

「……あの時、キミを歯車の核心に連れて行ったのは、“ネームレス”に最後の力を無駄遣いさせる為――ボクは最初からキミを犠牲にするつもりだったんだ。

 竜王様の決定には逆らえなかったとはいえ、キミをあんな目に遭わせ、そしてキミに真実を知らざるを得ない状況を押し付けたのは、間違いなくボクだ。だから、謝る」


 長い耳をへんなりと垂れ下げさせると、シィはすらすらと自らの罪状を告白した。告げられた言葉に、唯華は小さくはない衝撃を受ける。


「……そうだったんですか……」


 その時の記憶を想起する。歯車の核心に向かう前、当時の状況と現状を打破する方策を説明された際、彼女が不自然に言葉を澱ませていたのは、そういう理由が有ったからなのだろう。

 だが、唯華はそれを理解しつつも、「気にしないで」と言う様に首を横に振った。騙された事は確かにショックだったが、テナたちの手前ああ言うしかなかったのだろう、と推測出来たから。


「まぁ、でも、仕方が無いですよ。シィさんを責めても致し方無いですし、竜王さんには散々八つ当たりさせて貰いましたし、チャラですよ」

「そう言ってくれるのは有り難いけど……キミ、竜王様に何したの?」

「ちょっとばかし、キックを出しました」


 あれはちょっとやり過ぎたかな、という思いも有ったが、唯華を騙した分も含めたとすればイーブンになるのではないか。そんな考えを巡らせながら端的にあの出来事を伝えた唯華に、シィは引き攣り笑いを浮かべた。彼女のこういう表情は、結構レアだ。


「なので、気に病まないでください。ちゃんと自分の正体だとかと向き合えたし、ずっと胸に突っ掛かっていた謎が解けて良かった、って思いますし。

 それに、真実を知らずにすんだとしても、きっとどこかで露見する事になるでしょうし……今回で自覚出来たのは僥倖なのだと思います。ちょっとショックは受けましたけど、こうして立ち直れましたから」


 もっと別の状況で知らしめられた場合、自分がどうなっていたか分からない。だから、ちゃんと立ち直れる状況下で知らされたのは、彼女にとって幸運だったのだ――唯華はそう結論付ける。


「うん、そっか。なら、ボクはそろそろおいとましようかな。後少しだけ、やらなきゃいけない事が有るからね。ラシェちゃんを迎えに行って来るよ」

「あら、そうですか。分かりました」

「ん、あと……“テルニア”とかの事で何か分からない事あったら、いつでもボクやムゥ君に訊いてね。もう隠し事はしないから」


 泰然と館の中に戻って行くシィを追う様に、唯華も足を動かし始めた。吹く風が少し肌寒く、彼女は冷えた指先を手の中に握り込む。

 そして思う。少なくとも、ムゥとシィという竜族が唯華に向ける感情は、単なる同胞に対する物ではなく、きちんと『唯華』に向けられている物であるのだろう、と。その事実は、波打っていた感情の一つを鎮めてくれた。




 それから時が過ぎて、初雪と共に冬がやって来た。その冬帝の来訪に絶望したかの如く、長らく咲き続けていた此岸花が萎れた。そうして巡った日々の最中、唯華を取り巻く世界はいつも通りの穏やかさで移ろっていった。

 テナは、唯華の復帰後少しの間は何だか気の抜けたような態度をしていた。だが、彼女が完全に元通りの溌剌さを取り戻したと分かると、すぐに活力を回復させ、騒動が起きる前と同様の楽しそうな無表情を見せるようになった。

 彼は本当に安定している。何時如何なる時も、彼は唯華を慮り続けていた。竜王の夢から覚めた時だって、唯華が正しく認識出来なかっただけで、本当は心から心配していたのだろう。ややもすれば単純バカとも言えるそのイノセントさは、唯華にとっての癒しであり、支えでもある。


(思えばずっと、支えられて来ましたよね……)


 もし彼が居なかったら、今こうして笑っていられたかどうかも分からない。空が落ちたあの日に何もかもを失った傷は、そこから膿んで広がり唯華の心を壊死させるかも知れない程に深い痕だったのだから。

 その腐敗を食い止めてくれたテナは、近日も何ら変わらぬ通常運転だ。一方、白矢やムゥは少しだけ様子を変化させていた。

 まず白矢は、最近は生活リズムを昼型にしようと奮闘しているらしい。睡眠時間自体はそこまで短くは出来ないが、起きている時間をもう少し真人間のそれに近づけられれば、やれる事も増えるだろう、と。とはいえ長年続けられて来た夜型習慣はそう簡単には改められてくれず、苦労しているのだという。

 それと、彼は前より比較的落ち着いた空気を纏うようになった。以前は唯華より四つも年上の大人だというのに、何だか彼女と同年代の青年じみた雰囲気だった。だがこの所になっていくらかその不一致が直り、年相応の佇まいをするようになったのだ。ことあるごとに憎まれ口を叩くのは相変わらずだが。

 彼を頑なにさせ狂わせていた要因が消え去り、心身共に余裕が出来たから、積み重なって来た歪みを少しずつ正していくサイクルに入ったのだ。同時に命を賭けた大騒動に立て続けに巻き込まれ、その経験により一気に大人びる事になったのだろう。


(あとはあの口の悪ささえ直れば……とも思うけど、敬語を日常的に使う白矢さんなんて、想像も出来ませんね)


 礼儀正しくなった白矢を思い描いてみようとして、空想の中の彼の髪を短く切り揃え、パリッとした新品のスーツを着せた辺りで、断念した。それ以上弄ってしまうと、もう白矢ではなくなるような気がしたのだ。その辺で脈絡の無い妄想を打ち切り、唯華は次にムゥの事を考え始める。

 色々とやらかしてしまった彼は、最初は負い目を感じてか大人しく、無礼さの無い慇懃な振る舞いをしていた。今は常並に近い態度に戻り始めて来ているが、以前と比べ棘が目立たなくなった感じは残っている。

 その証として、白矢をアスパラだの何だのと揶揄する頻度が減った事や、此岸花を見ても特に動じなくなった事等が挙げられる。今までずっと水面下に潜めていた悪意が薄れ丸くなって、前より大分付き合いやすい竜族になったというのが、唯華の感想だ。


(まさに、雨降って地固まる、って奴ですよね)


 これほどまでにムゥの変化を的確に形容する慣用句は、他にはそうそう無いだろう。いや、この言葉は今回の事件全般に当てはめられるのかもしれない。

 “ネームレス”を悪く言うようだが、彼女という危険過ぎる地雷が取り除かれた事で、アルシード全体を揺るがすような危機は多分暫くは起きなくなった。それから唯華も、真実を知った時はかなり取り乱してしまったが、乗り越えた今となっては、己の身に起きた事をちゃんと把握出来て良かった、と思えている。

 世界全体も、長らくお通夜か何かのようなムードに包まれていたが、少しずつ復興に向けて歩み出しているようだ。特に臼木は、元々天災が多くそれに慣れている土地柄故か、被害の少なかった地域なんかは、普段と変わらぬ日常を再開させ始めている。

 その復興に伴い、竜族も目の回るような忙しさからは解放された、とシィが言っていたのも思い出す。全く暇になったわけではなく、時折駆り出されたりもしているが、次から次へと降り掛かる案件に忙殺されていた頃と比べれば天国のような状態らしい。

 旧竜たちや一部の古竜はまだ忙中に居るとの事だが、少なくともシィはその一部に含まれていないようで、以前と同じくらいの頻度でラシェと共に来訪してくれるようになった。知り合いの古竜に愚痴られまくって困る、という愚痴を聞かされたりもする。

 もう少し周囲や自身の心境が落ち着いたら、この世界の事についてもっと突っ込んだ事を教えて貰いたいな、等と未来に想いを馳せつつ息を吐く。冬の外気に触れた唯華の吐息は、一瞬白く口元を湿らせた後虚空へと消えていった。


「……冬、寒いな」


 一通り考え事を終えた唯華は、誰に言うでも無く独り言を漏らす。面白味の欠片も無い普段着の上に、くすんだ灰色のジャケットを着た彼女は今、日陰にちらほらと雪が積もっている館の庭にて、ぼんやりと追憶に耽っていたのだ。

 思ったより長くこうしていたようで、手袋を着けていなかったから、手先が冷えきってしまっていた。頬に掌を押し付けて暖を取りつつ、枯れ落ちてしまった此岸花の鉢に視線を移す。少し寂しくなってしまったが、育て方メモにきちんと世話を続ければまた来年見事な花を咲かせる、と書いてあったので、それを楽しみにしている。

 ムゥなんかはこの花の存在に難しい顔をするが、彼女はこのまま生育を続けようと思う。竜王の領域で聞かされた“ネームレス”の最後の願いを、叶えてやる為に。

 毎年咲く此岸花を見れば、自ずとそれを渡してくれた“ネームレス”の事も意識する事になる。何年も、何十年も確実に彼女の事を覚え続けるには、これが最も確実だ。そうでなくとも、此岸花は結構好きだし。


(何十年も先、かぁ……)


 その時、自分はどうしているのだろうか。どんな日々を送っているのだろうか。幕に包まれ垣間見る事すらも出来ない遠い未来に視線を向けて、途方に暮れるような思いになった。

 心細さは否めない。けれど、それに押し潰されてしまう事は無い。何故ならば、その不安を和らげてくれる数多の絆が、この世界にも存在しているから。

 他人との関わりというものは、正気を繋ぎ止める楔なのだと思う。堅固で頼れる命綱が有れば、如何に恐ろしい深淵に踏み入ってしまったとしても、必ずそこから脱出出来る。現に、唯華は真実の瀞に思いっきり嵌ってしまったにも関わらず、そこから生還する事が出来たのだから。

 己を保証してくれているその感情について考え出しながら、彼女は呟く。


「……うん、やっぱり……白黒ハッキリさせないと」


 自分がテナたち三人に向けている感情の正体は、一体如何なるモノなのか。シィは恋慕だと言っていたし、心理学の本から得た知識を元に分析しても、おそらくは恋愛感情なのだろう、という結論に至っている。

 けれど、そんな単純なモノではないような気もするのだ。その心に有るのは、恋情というよりは寧ろ。


(依存……に、近いから……)


 そう、依存。こちらの世界に来た際、自分自身以外の何もかもを剥奪された唯華は、奪われた事で生じた空白を埋める為に手近な存在をかき集めた。その結果、彼らにべったりと依存するという結果に至ったのだ。

 あまりよろしくはない、歪な感情だという自覚は重々有る。それを少しでもマシな物に変えていく為にも、明快な結論を確と示す必要が存在するだろう。

 

(けれど、好きなのは本当。大切なのも本当。この気持ちに偽りは無い。

 その為には……いつか依存とかじゃなく、普通に大好きだって言える様になる為には、曖昧なまま有耶無耶には終わらせられない)


 拳と共に決意を固めながら、彼女はくるりと踵を返し、玄関の方へ戻り始めた。冷えてはいるものの、長い思考でやや疲弊した頭で、最後の収拾をつける計画を迅速に組み立ててゆく。

 考えるのにすら勇気が要る程だが、考えなければ実行に移す事も出来ない。それに、先送りにすればする程、折角決めた覚悟が鈍ってしまう。可能ならば明日にでも決行するべく、思考回路をフル回転させる。


(だから……告白、しよう)


 唯華は確かめるように、声には出さずに呟いた。

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