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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第十章・唯一の答
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第六十六話・有為転変は世の習い


 季節の割には暖かな昼下がり、うららかな日和。その暖かな日差しを拒絶する様にカーテンが閉め切られた自宅の居間で、白矢は昨日の余りの蒸かし芋を温め直して齧りながらテレビの電源を点けた。


『──では、次のニュースです。臼木時間で10月20日未明に勃発した大規模な歯車災害について、今日午前旧竜ラァが全世界に向け会見を開きました』


 先ほど覚醒したばかりの頭に、目からニュース番組という映像を押し込んでいると、ふとアナウンサーの読み上げるそんな言葉が耳に留まった。やっと続報が来たのか、と白矢はテレビの画面を凝視する。

 どうやら、その会見は白矢が寝ている間に行われたらしい。画面が切り替わり、濃い色の肌と豊かな黒髪を持つ、目隠しをした妖艶な女性の姿が映し出される。右側に現れた字幕曰く、彼女こそが旧竜ラーエーイーネイトニウスであるらしい。

 唯華たちは二回程、彼女と直に接触した事が有ると聞いている。白矢もその場に居合わせていたそうなのだが、生憎と最初の一回の時には眠りこけており、二回目の時は“禍神”から救い出されたばかりで失神していた。何とも間が悪いな、と口の中でひとりごちる。

 そんな事柄に思いを馳せながら、彼はテレビにかじりつく。そうしていると、モニターに映るラァは耳の代わりに付いている奇妙な触覚を軽く動かしながら、奇妙な訛りの有る米語で喋り始めた。


『今回の事件の責任は、全て我々竜族に有ります。詳細を語る事はまだ出来ませんが、少なくとも“異客”たちに責は有り得ません』


 臼木語の字幕が画面下部に踊る。その内容を読み取って、彼はふん、と軽く鼻息を吐いた。“異客”を迫害する風潮はここ数日で大分落ち着いてきていたが、この言葉でますます沈静化していくだろう。これで漸く、枕を高くして眠れる。

 一昨日ついに魔力が尽きてしまい、致し方無しに烏山の空間歪曲術式の維持を打ち切ったのだが、ずっと不安は拭い切れずに居た。彼が眠っている間にまた大規模な暴動が起きて、今度こそ烏山に侵入し唯華を害するのではないか、と。

 だが、これでその心配をする必要も無くなった。肩の荷が一つ降りたのを実感しつつ、彼はテレビモニターをねめつける。

 ラァやアナウンサーの言葉を総括すると、『“異客”に責は無い、悪いのは竜』『歯車病の後遺症への対処法は現在模索中』『冷静になって続報を待て』といった具合だった。やがて次のニュースに切り替わった辺りで、彼はテレビの電源を消す。


(……ん? 待てよ、『後遺症』?)


 まさか、と思って、彼は残りの芋を口の中に押し込み、分厚いカーテンに覆われた窓の一つに駆け寄った。シャッとカーテンを半分程開け、色素の無い瞳を焼く陽光にウッと仰向けに倒れ込む。


(め、目がぁっ……! さ、サングラス……)


 すっかり失念していたが、今掛けているのは室内で使う為の普通の眼鏡だ。外出用のサングラスを取りに、彼は先ほど開けたカーテンを閉めつつ階段に向かう。

 階段を上り、二階の寝室に行って、二つ並んで置かれている眼鏡ケースの一つを取り、中からサングラスを取り出す。今掛けている眼鏡を外し、度の入った濃いサングラスを掛けると、外した方をもう片方のケースの中に仕舞った。

 その状態で、そのまま最寄りの窓に近寄り、カーテンを開ける。すると、雲一つない青空が黒いレンズ越しの視界に広がった。そう、『雲一つ無い青空』が。


「……なーるほど」


 天蓋の様にひしめいていた無数の歯車たちが消えた事によって、そんな快晴の空が見渡せるようになっていたのだ。約三週間ぶりに見渡す蒼穹に、白矢も暫し見とれる。

 久々の正常な空模様を十分に堪能した後、彼はカーテンを閉め、サングラスを普通の眼鏡に替える。そして自室に向かい、椅子に座りながらパソコンの電源を点けた。パソコンが無事立ち上がったならニュースサイト巡りを開始し、他に新しい情報は無いかと探る。


(何処もかしこも一色だな)


 何せ、世界中を震撼させた大事件だったのだ。何となくシイッターを開いてみれば、そこも『歯車消えたヤッター!』等の投稿で満ち溢れている。他のニュースも無いわけではないが、殆ど埋もれてしまっていた。

 そうして彼は暫しの間、広大なネットの海を彷徨った。結果、数多の無益な情報群と、いくつかの有益な新情報を得る事が出来た。

 例えば、天蓋歯車の消滅と同時に、彼方此方に蔓延っていた歯車化物体も、あっという間に元に戻ったという事。それは、人間の歯車病も治ったという事を表している。

 しかし、完全に元通りというわけにはいかなかったらしい。空を覆った歯車の中に組み込まれたモノたちは戻らず、そのまま跡形も無く消えてしまったという。

 だが、それ以外のSレイヤーの構成物は完全に、一寸たりとも狂わず修復された。それにより、物体や植物は何の問題も無く戻った。だけど、人間や動物はそうもいかなかった。なぜならば他のレイヤーの存在、Wレイヤー上の物やRエネルギー──つまり、魂や命は戻らなかったからだ。

 腕や脚等、生命の維持に関係のない部分だけならまだ良い。レイヤー技術の大幅な進歩でも無い限りその部分は一生使えなくなるだろうが、死にはしないのだから。あの現象に巻き込まれて生きているだけ、儲け物と言えるだろう。

 でも、心臓や脳等の重要な器官に侵食が及んでいたり、もしくは全身が歯車化してしまっていると、もうそうとは言っていられなくなる。その部分のW・Rレイヤーが欠落すれば心臓は動かなくなるし、脳も機能を停止する。全身そうなってしまえば、それはもうただの死体だ。


(……シィの言ってた通りだ)


 もし唯華が竜王の干渉を拒絶した場合どうなるか、というのも、“テルニア”について話された時に伝えられていた。Sレイヤー以外が欠損する為、良くて右腕麻痺、悪ければ植物人間になるだろう、と。今世間を騒がしている歯車病の後遺症とそれが一致している事に、白矢は気付いて息を呑んだ。


「うん……まぁ、良かったじゃねーか」


 ぼそぼそとひとりごちる。唯華が“テルニア”で良かった、と少し思った。そうでなければ、竜王の治療を受ける事も出来なかったのだから。そもそも“テルニア”でなければこんな目に遭わなかったのではないか、というのには目を瞑っておく。

 そんな安堵を胸に浮かべていると、同時に彼は想起してしまった。唯華は、“テルニア”とは、星を喰らう宇宙の果てからの来訪者であるという事を、その事実に対する恐怖を。

 実は今彼女はか弱い娘の姿を借りて、白矢たちを懐柔し信用させようとしているのではないか。そして油断しきった所を、頭からバリバリといただこうとしているのではないか、等と荒唐無稽な疑心暗鬼が湧き上がる。


「ねーわッ!」


 その猜疑心を打ち払う様に、鋭く否定の声を上げて頭を振る。もし本当にそうだったら、彼はとっくのそっこに美味しくいただかれているだろう。

 それに、と、最後に見た唯華の表情を思い起こす。拒絶し無表情の仮面を纏う直前、白矢に向けられたその視線は、年相応に心細さを浮かべた、必死に縋るものを探しているかの様な物であった。

 だが彼は、動揺していたとはいえ、その救いを求める手を払い落とすかのような態度をとってしまったのだ。あの時もう少しマシな事が言えていれば、と悔悟に歯を噛む。もっと頭を冷やしてから、唯華と対面するべきだった。


(アレは本当にしくじったわ……)


 椅子の背もたれに体重をかけながら、疲れ目を労る様に目蓋を閉じる。しながら、彼は自身の決意を胸中で反芻した。


(次はしくじらねぇ。ちゃんとあいつを認めてやるんだ。あいつは僕の命を救ってくれた、今度は僕があいつの心を救う番だ)


 今日も館に行こう。そして、唯華がこちらの言葉に耳を傾けてくれそうだったら、ちゃんとまともな言葉をかけよう。そう考え、徐にパソコンをシャットダウンさせる。電源が落ちるのを見届けながら、彼は椅子を立ち外出の準備を始めた。




 館にたどり着いた白矢は、唯華が出て来てくれないかな、という淡い期待を込めて閉ざされた扉をノックした。だがそのささやかな希望すらも、無表情に扉を開けて彼を迎え入れたテナの姿によって打ち砕かれた。

 天蓋歯車の消滅に対しても、彼は特に感動していないようだった。彼にとっては唯華こそが世界の全てであり、関係の無いその他は取るに足らないモノなのだろう。

 唯華の様子は相変わらずであるらしい。だが一つだけ変化が有り、何かを書くような音が聞こえるようになった、と唯華以外に対しては徹底して愛想の悪いテナに聞かされた。


(書き物の音、ねぇ……)


 様々な可能性が考えられる。だが推理材料が少な過ぎて、「これだ!」と言える答は導き出せなかった。そういう事も有ったか、という事実だけ受け止めて、彼はこれ以上ここに居ても収穫は無いだろうと断じ、踵を返し家に帰る事にした。

 杖を曵きながら大股で歩き、魔力で必要なだけ膂力を強化した腕で、ぐいっと扉を押し開け外に出る。腕で目元に影を作り、未だに咲き続ける此岸花を横目にしながら、すたすたと帰路を辿り出そうとした、その時であった。


「おおい、ちょい待ち、ちょい待ち!」


 何処からとも無く聞こえて来たその声と共に、庭の門の辺りの景色がぐにゃりと歪んだ。一瞬別の場所の光景がその歪みの中に映り込んだかと思うと、そこから三つの人影が現れた。

 ラシェとシィ、それからシィに樽のように担がれているムゥ。ムゥはどういうわけだか気絶させられているらしく、ピクリとも動かない。そんな気絶した彼を軽々と抱えているシィと、不安げに猫耳をへならせるラシェの顔を、白矢はやや困惑気味に見下ろす。


「何だ。あいつならまだ部屋から出て来てねーぞ」

「ん。その事に関して、ちょろっと口と手を出しに来たんだ」

「ンだよ、何するつもりだ」

「もう十分に時間は経ったと思うし、丁度ボクの手も空いたからね」


 軽い問答をしていると、来訪者の気配を察知したテナまでもが顔を出して来た。その身に纏う空気は、唯華の存在が近くに無い事により暗く澱みきってしまっている。

 そんなテナの姿が現れた所で、シィはコホンと一つ咳払いをした。何を言い出すのか、もしくはやり出すのか、と白矢はやや身構えるが、テナは情動の籠らない顔で、善意も悪意も無くシィたちの姿を眺めるのみだ。


「テナ君、白矢君。ボクの話を聞いてくれないかな」

「一体、何を話すつもりだ?」

「唯華ちゃんの事について、このボクからのアドバイスさ」


 シィの言葉は一応『提案』という形をとっていたが、行動はそうではなかった。返答を待つ事もせず、彼女はずんずんと玄関に向かう。

 だがそれは、テナが玄関を遮る様に位置取った為に食い止められた。彼の鋭い視線は、シィが肩に担いでいるムゥに向けられている。


「……そいつは」

「ああ、ムゥ君ね。唯華ちゃんがまともに話せる状態の時に、改めて謝らせようと思って連れて来たんだ。だから暴力振るうのは止めてね、もう十分やったでしょ」


 ぐっと拳を握りしめ、ニュートラルな表情だった顔に悪意を浮かべ始めていたテナに、シィは釘を刺す様に言った。テナは暫くシィと睨み合いを続けたが、やがて玄関の方に向かい、その扉を開ける事で返答に代える。


「ん」


 彼が「入れ」とでも言うかの様に顎をくいっと動かすと、シィたちは遠慮なく開けられたドアの中に吸い込まれて行った。その姿に追随する様に、白矢ものっしのっしと館内へと戻る。


「ボクが思うに、そろそろ潮時だと思うんだよね」

「どういう意味だ?」

「そろそろあの子も自分なりに答を見つけ出している頃だ、って事さ」


 館に入り込んだシィは、迷う事無く唯華の部屋を目指して進む。彼女の隣のラシェも、不安げにする事も恐ろしげに震える事もせず、しかとした足取りで歩いている。


「おい、待て……」


 そんな彼女たちの足を留める様に、テナが鋭利に声を投げかける。だがシィたちは歩調を緩める事もせず、振り返る事もしないまま言葉を続けた。


「唯華ちゃんはとても心の強い子だ。六日も経てば、どんなに受けた衝撃が大きくても、あと一歩の所までは立ち直れるだろう」

「……確信の、理由は」

「経験則」

「……」

「だけどきっと、残りの一歩は自分の力だけじゃ踏み出せないと思う。そこで、キミたちの存在が必要になって来るのさ」


 やがて唯華の部屋の前に到着した所で、シィはくるりと振り返りながら歩を止めた。そのまま彼女は流れる様に、滔々と自身の見聞に基づく考察を述べる。


「キミたちも、六日経って冷静になっただろ? あの時は色々知ったばっかりで混乱してただろうけど、もうその困惑はどんな形であれ収められた筈だ。

 だから今こそ、キミたちは唯華ちゃんと相対しなくちゃならない。あの子の為にも、キミたち自身の為にも」

「最初に唯華が腕ぶった切られた時、こういうのは時間に任せろ、っつってたのはあんたじゃねーか」

「あの時と今回は別だし、時間も十分に経ったし」


 少しの苛立ちと共に投げかけられた白矢の台詞に、シィは澱み無く返答する。大きな橙の瞳に真摯さを浮かべさせながら、彼女はドアの方を見やった。

 『入らないでください』という札が、そのドアノブに提げられている。文字という形で明確に拒絶を表したそれを、シィは全く気にも留めずにノブに手をかけた。


「と、わっ!?」

「ヒェッ……」


 しかし彼女がノブを捻ろうとした瞬間、それはドアの向こう側から捻られた。空振りしたシィの発した素っ頓狂な声につられ、白矢も引き攣った声を漏らしてしまった。

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