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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第九章・無窮の種
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第六十四話・ホープレスパッセージ


「――以上が、ワタシから語る事の出来る、全てデス」


 “テルニアルース”という種族の事、その種族の進化の過程で滅んだ星・地球の事、アルシードの竜族(“シードディア”)の事。そして彼らが良く知る“異客”・錦野唯華の正体と、彼女が竜王に特別扱いを受ける理由。彼女自身も何らかの手段によってこの事を知るであろう、という事までもをムゥたちによって聞かされた白矢とテナは、銘々に複雑な表情を浮かべていた。

 まず、テナは右半分しか露になっていない顔を険しく歪め、目を閉じ俯いている。無言でいる為に分かり難いが、おおよそは唯華を心配するという先ほどまでと何ら変わらない気持ちで一杯であるらしかった。

 その正体が如何なるモノであったとしても、彼の想い人は唯華だけなのだ。その気持ちが消える事も、その心が変わる事も有り得ない。彼女が死神であった彼自身を受け入れてくれたように、彼もまた彼女を受け入れ変わらず愛する覚悟が有った。

 同時に、嫉妬の様な物も垣間見える。恐らくそれは、竜王に対しての物だ。唯華を救う事の出来る竜王に対して、彼は悋気を抱いているのだ。

 そんな、ある意味ブレないテナとは対照的に、白矢は顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと大忙しだった。ゆらゆらと力無く耳を揺らしながら、彼は小声で呟く。


「マジかよ……」


 溜め息に乗せて吐かれた声は、彼の本音を端的に表していた。それは、この世界が“テルニア”の箱庭であるという事実や、今この世界に居る唯華が言わば単なるクローンのようなものに過ぎない事を知って、これまでの常識を突き崩されつつ有る彼の、間違いの無い本音なのだ。

 自分の存在は、人生は、全て“テルニア”の掌の上だったのか。エルフは異界由来の種族だし、白矢もエルフである以上その異界の血を引いているが、世代を重ねた彼は殆どこの世界の存在だ。つまり、彼も殆ど“テルニア”が生み出した物なのだ。

 まぁ、それはまだ良い。世界だの自身の存在だのの成り立ちだなんて規模が大き過ぎて、いまいちピンと来ないし。だが、唯華の正体に関しては、そうやって思考を放棄出来る物ではない。それは、すぐ近くに存在するモノなのだから。


「……マジ、かよ……」


 言葉を繰り返しながら、彼は顔をそっぽに向け、そして口元を手で押さえつつ嘔吐いた。気味が悪い、気持ち悪い――それが、彼の正直な感想だった。

 未知のモノ、理解し難いモノに対して、彼は最大級の恐怖を抱く。恐怖し、そして目を逸らす。それは、“御柱”として“禍神”と付き合って来た彼が、正気を保つために編み出した名状し難きモノとの共存の仕方だ。それと同様の恐怖を、彼は唯華に対して抱いていた。

 元々、彼女の底抜けにお人好しな性格には、暗澹たる心持ちを禁じ得ずにいたのだ。その上この真実を突きつけられれば、彼がこのような反応を返すのはある意味当然の帰結といえる。

 しかし、気持ち悪いのは尤もだったが、だからといって唯華をすぐに切り捨てられる程、白矢は薄情ではなかった。恋慕を向けるまでに至った唯華への情は、彼にとって確かな物なのだ。

 だがそれでも、恐怖と思慕とが交錯し渦巻く中、彼はどんな顔をして唯華と向き合えば良いか分からなかった。彼女の真実を聞かされて尚純粋な好意だけを向けられる程、彼は単純ではなかったから。


「……竜王が、目覚める時は……即ち、“テルニア”がこの星を食い潰す時……そうなの、だな?」

「うん、そういう事。だから目覚めさせたくなかったんだよね、今アルシードを終わらせるのは、色々と勿体ないしさ」

「シィ……その時、お前たちは……オレたちを、殺すのか」

「勿論。そりゃ、ボクにだって心は有るし、思う所が無いわけじゃないけどね。まぁそうなったら、顔なじみのよしみで、楽な死に方くらいはさせてあげるよ」


 白矢が頭を抱えて苦悩している横で、テナは幾つかの質疑をシィに向け、シィはそれに対し応答をしていた。テナはいつの間にか常並の無表情に戻っており、真実を受け止め咀嚼し終えたらしい事を匂わせている。


「……何故、この事を隠していた?」

「まず、荒唐無稽過ぎて信じられないだろうし、ってのが一番。それと、ボクたちがそんな宇宙人だって分かったら、色々と面倒が起きるだろうから、ってのもあるね」

「確かに……ろくでもない事に、なる、な……」


 考え、想像して、彼は理解し頷く。最初から知っていたなら分からないが、いきなり“テルニア”の真実を開示したら、人間たちは大混乱に陥るだろう。何時しかこのアルシードという星を食い潰す存在と共存するだなんて、人類には不可能だ。

 テナがそうして合点していると、終わらない不毛な思索を一旦打ち切った白矢がこう言い出した。


「つーかさ……あんた、この星の“意志”の端くれだろ? なら、“テルニア”の事だって知ってたんじゃねーのか」

「……知らん。オレは“人の死”でしか、なかった……それに関する、事柄以外は……分からない……」


 “意志”と呼ばれる存在は、一にして全なるものであるとされている。だが、それ故にか、自分以外の事には関心が薄いようだ。

 過ぎた事を言っても仕方が無いが、白矢は舌を打つのを止められなかった。もし彼が“テルニア”の事を知っていれば、もっと違う展開になっていただろうから。


「チッ、クソが……」


 何故、竜族はもっと早く教えてくれなかったのか。そんな想いを込めて、彼は悪態を吐く。彼の竜族に対する評価は、この騒動で一気に地に落ちてしまっていた。

 感情の読めない顔で沈黙するムゥと、神妙に軽く俯いているシィの姿を暫く眺めていたが、やがて白矢はそうしていても何の収穫も得られないと断じ、杖を拾い上げて立ち上がった。


「……僕は唯華の所に行く。あんたらの話が本当なら、もう治ってるかもしれねーし」


 ここでうんうんと悩み続けても仕方が無い。目覚めていた場合、気の利いた台詞を言える自信は無いが、唯華の態度から何か得られる事が有るかもしれない。

 そう考えながら白矢が歩き出すと、便乗するようにテナも立ち上がった。彼は軽くシィたちに一瞥をくれると、言葉を発する事も無く歩を進め始める。

 ムゥは彼らに追随する事無く、ただ沈黙を貫いた。そんな、黙り込む恥知らずな竜族を軽くねめつけながら、白矢たちは部屋を出る。




 遠くから、心臓の鼓動の音が聞こえて来た。それは一拍毎にこちらに近づいて来て、やがて耳元で鳴っているかのような音量になる。すると、全身を血液が流れる音や、他の内臓が蠢く音も聞こえ始めた。

 やがて、自分の肉体が立てる音だけではなく、外から聞こえて来る音も捉えられ始める。鳥や虫たちの鳴く声、風によって立てられる草木のさざめき。それらが聞こえるようになると、鼓動等の音が相対的に小さくなっていった。

 そうして聴覚がほぼ完全に復活すると、次は嗅覚と触覚が同時に蘇り始めた。嗅ぎ慣れた自分の部屋の匂いと、柔らかな寝台の感触がする。それらを確かめるように深呼吸をし、身じろぎをすると、ふと目蓋が開いた。

 もう見慣れた天井が、焦点の合っていない視界の中に映る。数度瞬きを繰り返せば、それも少しずつ鮮明になっていった。

 ゆっくりと首を捻り、右腕の方に視線を移す。しながら、布団の中に入っている腕を引きずり出す。すると、唯華は元に戻った自身の腕を目にする事が出来た。


「……あ」


 声が漏れた。本当に治っている。拳を作ったり、軽く振ったりして、問題なく動くかを確認する。一切の瑕疵無く、健康体に戻った自分の身体を認めると、彼女はほう、と鳴るような溜め息を吐いた。


「本当に……治してくれたんだ」


 己の声を確かめるように、唯華はひとりごちながら起き上がる。多分長い間眠り続けていただろうに、身体は驚く程軽かった。竜王は腕だけではなく、全身の不調をも治してくれたのだろうか、等と推測する。

 そのまま立ち上がろうとして、彼女はふと思案を始めてしまった。今はこの部屋には居ないようだが、少なくともテナは館の中に居る筈だ。白矢やムゥ、シィやラシェの姿も有るかもしれない、と。


(どう、向き合えば……)


 “ネームレス”は色々と唯華を元気づける言葉をくれたが、それでもまだ彼らとの対面が怖かった。ここを追い出されてしまうのではないか、拒絶されてしまうのではないか、と悪い想像ばかりが脳裏を駆け巡る。

 そうしていると、彼女の恐慌に拍車をかけるかのように、廊下を歩く足音が耳に届いた。ビク、と身を硬くする。その音は二人分、迷う事無く唯華の部屋に向かって来ている。

 逃げたい。だが、それは不可能だ。窓は有るがここは二階だし、扉から出れば否応無く向かって来る者たちと顔を合わせる事になる。

 逃げる事は出来ない、と理解した瞬間、足音がこの部屋の扉の前で止まった。深く呼吸をし、覚悟を整える。そして開くドアから現れる二つの人影を、唯華はどこか据わった目で認めた。


「……! め、目が覚めたのかっ――ぐえっ」

「ユイカ!」


 最初に現れ、そして一瞬立ち止まった白矢を突き飛ばしながら、テナが部屋に駆け込んできた。突然のドタバタに驚く唯華を、テナは問答無用で抱き締める。


「ユイカ、ユイカ……ああ……良かった、良かった、本当に……良かった……」

「あ、ええと、あの……」


 形成しかけていた心の壁を盛大に蹴破って進撃されたかのような状況に、唯華は言葉を失ってしまった。平熱より大分低くなっていた体温を暖めるかのように、テナはぎゅうぎゅうと抱擁をしてくる。

 全身で気持ちを表現するテナに、唯華は応える為に――もしくは縋る為に、抱き締め返そうと腕を上げかけた。しかし、途中で恐れと躊躇いからそれを止めてしまう。


「どこまで、知ったのですか?」

「……何、を?」

「わたしの事ですよ。聞かされましたよね? わたしが特別扱いされる理由を」


 唯華と深く関わる彼らに、彼女が“テルニア”である事が話されないわけが無いのだ。そうでなくとも、突然の復活を果たした唯華を訝しまない筈も無い。努めて声音から震えを排除しながら、唯華から離れるテナの顔を見上げる。


「……まあ、な」


 答えるテナの表情からは、その心持ちを読み取る事が出来なかった。彼が無表情を貫いているからではない、それなりに表情筋は使われているように見える。ならば何故読めないかといえば、それは恐らく唯華の精神状態が尋常でないからだ。

 見たくない、知りたくない、と。自身が“テルニア”である事に起因する悪感情を、向けられてしまうのを恐れるあまり、彼女は認識を拒絶してしまったのだ。蹴破られた筈の心の壁が、凄まじい手際の良さで修復されていくのを感じながら、次に体勢を立て直した白矢の方に視線を移す。


「き、気に病むな、よ……ぼ、僕はあんたを……」


 視線に気付き、彼は咄嗟に言葉を紡ごうとする。しかしそれはどもりまくりで、目も泳ぎっぱなしだ。その上彼の声音からは、唯華への恐怖と嫌悪の断片を感じ取る事が出来た。


「あー……」


 自ずと平坦な声が出た。それと同時に、拒絶の壁が完成する。すると、あれ程までにヒートアップしていた感情が、一気に冷めて平静に戻っていった。

 しまった、と言わんばかりに白矢が顔を強張らせる。だが、もう遅い。


「……どうか、出て行ってください」


 紡がれた台詞は、彼らを拒否する言葉だった。次いで話そうとする前に、テナがそれを遮るように声を荒げる。


「だ、だが、ユイカ。オレは――」

「わたしを、その名前で呼ばないでください。本物の『錦野唯華』さんに失礼ですよ」

「……!!」


 テナは軽くよろめき、大きく見開かれた瞳を呆然とこちらに向けていた。彼は何か言おうと口をぱくぱくさせているが、それが声になる事はない。元々口べただから、咄嗟に何か言うという事が苦手なのだ。

 それでも懸命に言葉を探す姿は健気にも見えた。が、今はそれも苦しいだけだった。


「今は、どんな厚意も受け取りたくない……分からないのです、わたしはどうするべきなのか、わたしはどうなるべきなのか……」


 彼らが今ここに居る唯華に向ける感情は、本来なら地球で死んだ本物の錦野唯華に向けられるべき物だ。ここに居る彼女は、ただ『錦野唯華』の何もかもを借りているだけの石ころに過ぎないのだから。

 苦しいと思う心も、愛しいと想う気持ちも、全て借り物なのだ。それをまるで自分の物のように振る舞うのは、間違っている。彼女は小さく首を振ると、今一度声を出した。


「どうか、一人にしてください。ごめんなさい……」


 懺悔混じりのその声音に、テナはすっと目を伏せると、「分かった」と短く告げて背を向け、そのまま部屋を出て行った。白矢も気まずそうに耳を垂れさせながら、くるりと身体の向きを変える。


「……馬鹿な事は考えるなよ」


 暗に、自尽するなよ、と釘を刺しているのだろう。大分低い声でそう言った後、彼は長い白髪を揺らしながら部屋を出、扉を閉めた。

 そして一人残された唯華は、寝台の上に膝を抱えて座り込んだ。自ら刻んだ深い深い溝から目を逸らすように、静かに目蓋を落とす。

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