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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第九章・無窮の種
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第六十二話・エンドレスレルム


 一瞬の暗転を挟んで、宇宙空間から眺める地球の幻影が、夕日に照らされ朱に染まる唯華の故郷の町の光景に切り替わった。俯瞰視点から見下ろす形で、唯華は過去の唯華自身を認める。


「でさー、今週末空いてる? カラオケ行かない?」

「あー、いくいくー!」

「唯華はどうする?」

「でしたら、わたしもご一緒させて頂きたいと思います」

「うっしゃ! 唯華が来るなら、アイツとかアイツも来るだろうし……久々に大部屋借りる事になるかな?」


 聞こえて来る懐かしい会話に、思わず涙が零れてしまった。あの時の唯華は、このまま家に帰って、ご飯を食べてお風呂に入って、課題や予習をこなして、そして明日を夢見て眠る、そんな日々がずっと続く事を、これっぽっちも疑っていなかったのだ。

 友人たちの姿を眺めながら、唯華はこれから起きる悲劇を想起してしまう。すうっと力が抜けて膝から崩れ落ちかけるが、ずっと隣で手を繋いでいてくれた“ネームレス”が彼女の身体を支えてくれた。


「そうして、我らが故郷・地球は、約46億年の歴史に幕を降ろした」


 呆然としながら、町を照らす陽光が緑色に染まり、あの終末の日が再び繰り広げられるのを、唯華は何処か他人事のように見ていた。地震が起き、地割れが出来て、嵐が訪れ、過去の唯華が巨大な大地の裂け目に飲み込まれてゆくその場面すらも。

 そこで幻影は途切れ、頭上に乗っていた竜王も、とすんと地面に降り立った。“ネームレス”に支えられた格好のまま、周囲の光景があの崖の下の場所に戻るのを見守る。


「……大丈夫か?」

「はい。ほんのちょっと、気分が悪くなっただけなので」


 あの惨劇を思い出してしまって、少し取り乱しただけだ。“ネームレス”の手を借りながら体勢を立て直し、湧き上がる感情を抑え込みながら竜王に目配せし、話の続きを促す。

 正直、唯華は激怒していた。わけの分からない宇宙人の都合で、家族や友人たちは死んでしまったというのか、と。今すぐにでも竜王に殴り掛かりたい衝動に駆り立てられたが、まずは話を全部聞き終えてからだ、と堪えたのだ。


「なら、話を続けよう」


 竜王は少し目を細めると、その場にちょこんと座り込み、話を続け出した。唯華もそろそろ脚が疲れてきたので、少し行儀は悪いが、“ネームレス”と共にその場に座する。


「第五世代の星・地球の滅亡に伴って、“セリアメーニェ”という名を与えられた“種子”たちは、これまでと同じように苗床を求めて旅立った。そして、その内の一つ──つまり私が、原始のアルシードに到達し、首尾良く契約を交わした。

 今回は大分良い巡り合わせを引けたようで、宇宙間航行、それも全く別法則の宇宙への舟航を敢行したというのに、私は十二分な余力を残しながらアルシードに宿る事が出来た。第五世代の改良が役に立ったんだろうな」


 そういえば、地球とアルシードは全く別々の宇宙に存在するのだったな、と思い出す。もし地球のモノがアルシードに漂着したなら、あっという間にぐずぐずに融け崩れて消滅してしまう筈なのだが、“テルニアルース”という種族はその常識すらも覆す事が出来たという事なのだろうか。


「私は“プライメイデン”や“リダルクノス”を真似て、自分を二つに分割し、一つを端末種として“シードディア”と名付け、もう一つを竜王として“セリアメーニェ”の名を冠した。今ここに居る私は、“セリアメーニェ”の方だな。

 第四世代の轍を踏まないように、端末種の仕様を変更したり、レイヤー構造を解析したり……最初は忙しかったなぁ。懐かしいよ。

 それと、意図的にアルシードを地球に似せたりもした。何だかんだいって、地球は大分上手く人間が育ったからね、前世代は接触出来なかったから、私の世代でその無念を晴らそうと思ったんだ」


 アルシードがどこまでも地球に似ているのも、偶然等ではなく、彼の意志に由る事だったのだ。いや、ここまで似ているのに偶然だとしたら、それこそ天文学的な数字の確率だろうが。

 竜王は、穏やかに目を細めながら昔を愛でる。それから、と、彼はどこか得意気な声音で続ける。


「この世界では“異触”が起きるようにした。別法則の宇宙なんてのが実在するのが確認されたからね、色々な世界と接触をして、今後の為に適応力を高めようと思ったんだ。

 まぁ、その副作用で、“旧時代”が滅んだり、今回の歯車事件が起きたりもしたけど……それはさておき、そんな具合に私が星の“意志”と協力して創世してた時、はたまた予想外の事が起きたんだ」


 “旧時代”。さらりと重要そうなキーワードが出た気がしたが、彼は唯華に口を挟む隙を与えてくれなかった。


「原初の“テルニア”の“種子”が、アルシードに漂着したんだよ」


 間髪も入れずにそう言って、彼は“ネームレス”に目配せする。竜王の話が始まった辺りからずっと沈黙を守ってきた彼女は、その視線を受け、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。


「ん。……あたしは一番最初の“テルニアルース”。苗床を見つけられなかった、失敗した“種子”だ。

 漂流の果てにアルシードに流れ着いて、そしてあたしは“セリアメーニェ”と契約をしたんだ。竜王様に庇護される代わりに、端末の竜族として働く、ってな。

 他の竜族と違って、あたしがバックアップを持ってるのも、あたしが実際は端末じゃない、竜王様と同等の存在だからなんだ。

 ま、きちんと使命を果たせてるこいつと、失敗して死にそうな所をお情けで助けて貰ったあたしとを同等って言うのは、些かおこがましいとは思うけどな」


 ハハハ、と軽薄に笑う“ネームレス”の表情には、何処か悔しそうな色が浮かんでいた。髪と肩を小刻みに揺らす少女は、やがて先ほどの悔悟を覆い尽くすような、完全なる諦観を声に乗せ始める。


「仮に苗床を見つけられても、十分に契約を果たせないレベルにまで弱ってたあたしは、竜王様の力を借りつつ、“ネームレス”という竜族を一人作り出すのでやっとだった。

 ま、そんなあたしも、もうすぐ終わる。現実の、あたしの“種子”が壊れちゃったからね。遠からず、ここに有るバックアップも消去される」


 どんな言葉をかければ良いのか、分からなかった。お気の毒に、とでも言えば良いのだろうか、それとも元気づけるべきなのだろうか。唯華が困惑した仕草を見せていると、“ネームレス”はふるふると首を横に振った。


「そんな顔をしないで欲しいぜ、少なくともここに居る百年前のあたしは、この死を納得して受け入れてるんだからよ」

「ですけど、その……」

「ん……そうだな、少しでもあたしを慮る気が有るなら」


 少女はすすすっと唯華に近寄り、右手で拳を作って彼女の胸元に当てる。そのまま“ネームレス”は満面の笑みを浮かべ、そして口を動かした。


「どうかあたしの事を覚えていてくれ。何も詳細まで覚えてなくて良い、姿も形も忘れてくれて構わない。ただ、あたしが居た、それだけを憶っておくれ。

 ……それが、何よりの供養だ」


 その言葉に、唯華は黙って頷いた。そんな反応に満足したのか、“ネームレス”は唯華を離れ元の位置に戻る。そうして彼女たちのやりとりが終わった所で、竜王が再び嘴を開き始めた。


「そろそろ、良いか?」

「ああ、すまんね、長くなっちまって」

「気にするな。……さて、話を続けようか。錦野唯華、貴方自身の話を」


 彼はそう言うと片翼を広げ、その先を唯華に向けた。同時に、崖に刺さっている不思議な結晶の輝きが大きくなる。その輝きに当てられてか、唯華の胸の内側が物理的に熱くなってきた。しかし苦痛は感じられず、寧ろ心地よささえ感じる。


「『今の』貴方の正体は、私と同じ、“テルニアルース”第五世代の“種子”、“セリアメーニェ”だ」


 固有名詞の乱舞。しかし先ほどまでとは違い、ここまでの話を聞き終えた唯華は、それらの意味する所が全て理解出来た。出来てしまった。


(わたしは……いえ、そんな事は有り得ない筈……)


 身に感じる異変と、かけられた言葉との両方が、唯華に困惑と驚愕を生み出させる。頭を抱えて小さく唸っていると、やがて竜王の翼の動きに呼応するように、彼女の胸の中心から小さな結晶の欠片の様な物が飛び出した。

 弱々しい輝きを放つ、親指の先程の大きさのそれは、確かに崖に刺さっている“種子”と良く似ている。大きさや形以外は全く同じ、と言っても差し支えが無い程に。そんな物体が自分の中から出て来たという事実に、唯華は瞠目してしまう。


「本当に弱り切っているな……“ネームレス”よりも、ずっとずっと」

「あ、あの、ええと、これは、どういう……」

「うん、説明しよう」


 ここまで情報が出揃えば、大体の察しはつくものだろうが、理解したくないと叫ぶ唯華の本能がそれを阻害している。だが、その拒絶を振り払うかのように、竜王は無慈悲に説明を始めた。


「今から数ヶ月程前、この星に“種子”と思しき存在──つまり、貴方が漂着した」


 不意に幻影が展開された。ちょっと驚くが、流石に慣れたので大きくは動じない。夜中の場面を映し出しているようで、目が慣れるのに時間がかかった。

 大きく広がった瞳孔が、僅かな星と月の明かりを集め、闇の中を見通す。そこは、秘めやかにせせらぐ小さな沢が流れる、何処かの森の中であった。微調整をするかのように視点が移動し、他より沢の幅が広くなっている所で止まる。

 暫くその風景を眺め、彼女は気付く。ここが、烏山のとある沢沿いの場所である事に。気付くのに時間がかかったのは、普段は夜中に外に出る事なんて無いからだろう。


「私は運が良かったが、貴方は運が悪かったのだろうな。同胞の気配を頼りに、決死の覚悟でこのアルシードに辿り着いたのだろう、ここに辿り着いた貴方は衰弱し尽くしていた」


 ふと、閃光が目を焼いた。暗所に慣れた瞳は光に眩み、数秒の間視界が失われる。ぱちぱちと瞬きながら何とか視界を取り戻すと、せせらぎの中に小さな光が沈みゆこうとしているのが捉えられた。


「その衰弱故にか、貴方は私とコンタクトをとれなかった。私の庇護を得る事が出来なかった貴方は、最後の力を振り絞り、この世界の環境に適応出来る自分に変身しようとした。

 だけど、一から姿や人格を作り出す余力も残されていなかった。だから、過去の記録から最も適当な人間を選び、それを元に自らを変じさせた」


 水底に沈んだ光が、急に不規則に明滅し始めた。明滅する光はやがて溢れ出し、人型の輪郭を形成し始める。そして完成したその姿は、懐かしい制服姿で眠る、唯華自身のそれであった。


「その時、錦野唯華という人間が、この人外だらけの世界にも適応出来るだろう、と選ばれた」


 幻影が消え、元の風景に戻る。中空にほわほわと浮かんでいる小さな結晶を、唯華は何の反応も返せずに眺めていた。こんなちっぽけな石ころが、彼女の正体だというのか。

 上手く思考が回らない。先ほどまで確かに存在していた怒りも、最早他の感情が混ざってしまって、その方向性を失ってしまっていた。どんな形にもなれない激情だけが、ひたすらに肥大化して荒れ狂う。


「そう、なの、ですか」


 途切れ途切れにそう言うのが、やっとだった。憤怒、恐怖、悲哀、歓喜、様々がごちゃまぜになって、そのどれもを表に出す事が出来なかった。一見すれば放心してしまったように見える彼女の表情に、しかし竜王は話すのを止めない。


「今ここに居る貴方は、地球に実在した錦野唯華という女子高生をそっくりそのままコピーした、いわばクローンだとかに近い存在なんだ。

 曲がりなりにも“テルニア”だから、色々──例えば、こちらの宇宙に適応出来てる事とか──相違点は有るけれど」

「はぁ、そうですか」

「それで、最初は“テルニア”って事しか分からなくて、それこそどの世代の“種子”なのか、それとも全く別の系譜の“テルニア”なのかも分からなかったから、暫く調査をさせてもらったけど……記録や貴方自身の反応から見るに、貴方が私と同じ“セリアメーニェ”なのは間違い無いと思う」

「さいで」


 気の無いような返事しか出来ない。話は理解出来ている、出来ているのだが、それに対しまともな反応をする事が出来ないのだ。

 これ以上なく詳細なディティールと共に突きつけられた『自分は人間ではない』という事実が、ぐるぐると回る思考の中心を陣取っている。竜王の物語は、確かに設定は凝っていたが、簡単に否定出来そうな物であるというのに、彼女はどうしてもそれを虚偽であるとする事が出来なかった。


「例え失敗した“種子”だとしても、“テルニア”は我々にとって、敬意で以て迎え入れるべき客人だ。だから、記憶も力も全て失ってしまった貴方を保護する様、“シードディア”に命令をしたんだ」


 次いで告げられた台詞の、何処がトリガーになったのかは分からない。だけどその台詞が、指向性の無かった唯華の激情に一石を投じたのは間違いなかった。

 生じた波紋は、溢れんばかりの想いに形を与えた。他の物も氾濫させながら姿を現すそれは、煮えたぎる悲憤。理性をいとも容易く焼き切ったそれは、唯華の目に漸く生気を取り戻させた。


「……竜王さん、あなたは、わたしの記憶から姿を借りているのでしたよね」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「なら──」


 変化しろ、と念じる。偽物とはいえ、どこか懐かしいカラスの姿に怒りをぶつけるのは憚られるから、何か適当な人間の姿になれ、と。すると、竜王の姿がゆらりと揺らぎ、人型をとり始めた。

 やがて現れたのは、いつしか唯華をストーカーしていた人間の姿だった。丁度良い、この姿相手なら何の躊躇いも無く怒りをぶつけられる、と唯華は徐に立ち上がりながら少し頬を綻ばせる。


「ちょっと、歯を食いしばっていてくださいな」


 そして、きょとんとした表情を浮かべる憎々しい顔に、唯華は膝蹴りをお見舞いした。

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