第六十一話・ルースレスルーラー
「惑星“テルニア”の砕けた破片の“種子”のうちの一つは、紆余曲折の末、とある星に漂着した。無事に星との契約も結べたそれは、自身に“フースルーファ”という名前を付けた。
苗床を見つけられるまでに消耗しきってしまった“種子”には、自分の力を借りた星の“意志”が為す事に口を出す余力も残されていなかった。だが、それが逆に功を奏したのかもしれない」
一瞬視界が暗転したかと思うと、いつの間にか唯華たちは鬱蒼と緑の生い茂る熱帯雨林のような場所に立っていた。風が木々をさざめかせ、濃厚な緑の香りを鼻に運ぶ。
花の甘い香りや、虫たちの鳴き声なんかも唯華の元に届いて来た。熱気と湿気で滲んで来る汗を拭いながら、恐ろしく真に迫った幻影だ、と感心してしまう。
「第二世代“フースルーファ”が宿ったこの星は、以後の世界のひな形となった。同時に、この世界は改めて“テルニア”に自身の無知さを知らしめた。
様々な異なる種が共存する、ただそれだけの事でも、単一の種しか存在しないのが当たり前だった“テルニア”にとっては、凄まじい衝撃だったんだ。
だけど、如何せん巡り合わせが悪かった。“フースルーファ”は次の“種子”を生み出す準備に手一杯で、その未知を追求する余裕も無かった」
場面が次々と切り替わる。最初の熱帯雨林から、次は地平線が見える程に広がる草原に、その次は深い青を湛える海原に。水中を様々な種類の魚たちが泳いでいるのや、空を色々な鳥たちが飛んでいるのを認めながら、あの鉱石の星の中ではこう言った光景は有り得なかったのだろうな、と推測する。
地球やアルシードに似ているな、と思ったが、それは逆なのだろう、とすぐに思い直す。竜王の言葉通りなら、これこそがひな形、オリジナルなのだから。
「これはこれで繁栄したけれど、やがて星が“フースルーファ”に与えられた力を使い切った所で──」
唯華が思考を巡らせる中、そんな台詞と共に、竜王は広げていた翼を閉じる。同時に、幻影がまた暗転した。
「“フースルーファ”は契約に基づいて星を食い潰し、そして全てを“種子”たちに託して、枯死した」
休む間もなく、次の映像が展開される。先ほどの“フースルーファ”の星の草原の光景に似ているものが映し出されたが、その彼方にぽつぽつと家のような物が有るのが見えた。
「そして、“フースルーファ”の“種子”のうちの一つが、この星と契り、宿った。星の“意志”は齎された力と、第二世代の星の記憶を使って、自身の世界を前世代よりも繁栄させようとした。
今回は比較的消耗をしないまま苗床を見つけられたから、“テルニア”の方も色々と余裕が有った。探求の為、繁栄の為、“テルニア”と星は協力し、そしてあるモノを生み出す事に成功した。
貴方の様な人間たちが、『魂』と呼ぶモノだ」
映像が移動し、草原の彼方に有る家のような物の近くまで来る。そこに有ったのは、原始的ながらも間違いなく川縁に建てられた家々で、同時にそこで生活を営む人々の姿も捉えられた。
「第三世代の星は、作り上げられた魂を、世界の中に織り込んだ。結果、様々な種が目覚ましい進化を遂げた。
そして年月を重ね、地上をとある二つの種族が闊歩する様になった。その内の一つが、人間だ」
また、映像が早送りされ始める。原始人たちの集落に過ぎなかったこの場所が、加速させられた時の中で、徐々に発展し出す。集落はやがて村となり、そして町となる。それが国になった頃には、人々も原始人から古代人くらいにまでランクアップしていた。
幻影が切り替わる。石かレンガかで作られた街並の中、人々がそれぞれに路地を行き交う光景。次に、運河と思しき巨大な河に浮かぶ船が、見送られながら漕ぎ出す光景。次いで、城壁に囲まれた大きな都市の城門の前で、旅人や行商人たちが屯して門が開く時間を待っている黎明の光景。そして、二つに分別出来る異なる意匠の鎧と武器を纏った人々が、ぶつかり合い殺し合う光景。
「“テルニア”が初めてこの種族を見た時は、それはそれは驚いたらしい。あんな個の強い生物が種として成立するだなんて、と。
人間という種には、“テルニア”にとっての未知が沢山詰まっていた。それを紐解く先駆けとして、“テルニア”は人間と接触を試みようとした。けれど、駄目だった。“テルニア”には身体が無かったから」
めまぐるしく様々な人間の有様を映し出した後、場面は一転しどこかの険しい山の様な場所になった。そんな山の剥き出しの岩肌の上に、大きな翼を持つトカゲのような生物が屯し、何やら話し合う様に鳴き交わしている。
「これは、ドラゴンですか……?」
「ああ。地上の支配者となったもう一つの種族、竜だ。強靭な肉体に、“テルニア”には程遠いが高い知性を持つ。身体を持たない“テルニア”は、この種族に目を付けた」
また場面が切り替わり、今度はどこかの大きな洞窟の中のような所に移動した。竜の魔法によるものらしい灯火が、薄明るく暗闇を照らす中、竜たちは皆一様に瞑目し横たわっている。
「“テルニア”は星の“意志”と交渉をした。竜という種を自分たちに譲って欲しい、と。星側は少し迷ったらしいが、一つの種くらいなら良いだろう、と譲渡してくれた。
そして“テルニア”は、自分を二つに分割して、片方に統率と次世代の“種子”を生み出す役目を割り当て、竜王とした。もう片方は竜の集合無意識からそれぞれの個に流し込み、精神を融合させる事で竜の肉体を得させた。第三世代の王となった“テルニア”は、この新たな種を“プライメイデン”と名付けた」
不意に、灯火たちが風も吹いていないのに揺らいだ。それに伴われたかのように、瞑して臥していた竜たちが一斉に目蓋を開け、銘々に起き上がり始めた。先ほど見たそれとは違う、より高いレベルの意識を宿した瞳を、きょろきょろと巡らせる。
「元々個を持っていた竜と融合する事で、“テルニア”は漸く希薄ながらも個らしい個を得る事にも成功した。そうして初めて人間とコミュニケーションがとれるようになった“テルニア”、第三世代“プライメイデン”は、張り切って人の世界へと飛び込んだ」
目の前に広がる光景が変化する。大きな街の門の前に、一頭の竜が降り立って、人間と何やら悶着している様子だ。交わされる言葉の意味は分からないが、やがて人間は構えていた武器を降ろし、耳に届く声も割と静かな物になってきた。
次ぐ転換。今度は、一人の少年が、黒い鱗の竜の背に乗って空を飛んでいる光景だ。少年の方は歓声を上げながら、興奮気味に竜に何やら話しかけており、竜は平坦な声でそれに応答している。
「彼らは、多くの新事実を知った。人の文明を、文化を知った。人型に擬態する事の出来る者も現れた。
だけれど、全てを知るには至らなかった。だから、やがて寿命を迎えた“プライメイデン”は、泣く泣く次に託した」
視界が暗転し、今度は何処かの城下町の様な所に場面が移る。さっきが第三世代だったから、ここは第四世代の星の風景だろうか。絵本に描かれていそうな、何だかメルヘンチックな城を見上げていると、足元を色々な種族の子供たちが駆け抜けていった。
「この星に辿り着いた“プライメイデン”の“種子”は、先代の在り方を模して、竜王たる自分と、人類と接触する端末にする自分を生み出した。竜王は“プライメイデン”の名を受け継ぎ、端末の種族には“リダルクノス”という新たな名前を与えた」
子供たちが駆けて行った方向から、頭から角が生えた人が静かに歩いて来る。角以外は人間と殆ど変わらない姿だったが、身に纏う雰囲気は人ならざる者のそれであった。
「どうしても竜王は姿を持てなかったが、端末種──俗に『竜族』と呼ばれるようになったそれは、第四世代の時点で殆ど完成した。
確固とした個に、竜の姿だけではなく、不完全ながらも人型もとる事の出来る身体。それらを前世代から受け継ぎ、昇華させた第四世代“リダルクノス”の時代は、本当に華々しかった」
角の生えた人の姿をした竜が歩き去って行くのを見送っていると、ふと場面が切り替わった。荘厳な謁見の間と思しき場所で、王様と思われる人間と、先ほどの角の人が対話をしている光景。どんな内容なのかは全く分からないが、人と竜の間に確かな絆が生まれている事だけは分かった。
人間や、それ以外の人型種族の形成する社会の中に、すっかり溶け込んでいる竜族の姿が次々と映し出される。ある者は人に混じって仕事をし、ある者は強い力で以て弱い者を守り、またある者は人と契約し力を貸している。
「人との距離がぐっと近づいた。信じられないような物を見る事も出来た。数多の真理の鍵を手に入れられた。文句無しに、これが今までで最も栄華を極めた世代だった」
そう言い、だけど、と逆接。
「楽しい時間は、そう長くは続かなかった。環境を整えるのに貴方たちの単位で何十億年もかかったというのに、ほんの数千年くらいしか」
十分長い時間だと思うが、彼らにとってはそうでは無いのだろう。実際、星がどうこう、人類がどうこうの話の中だと、数千年はちょっと短く感じられてしまう。
「この詳細を語ろうとすると、本当に長くなるから、端的に言うけど……人間たちは、竜から与えられた知恵や力を御し切れなかったんだ。だから暴走し、惑星そのものを砕いてしまった」
人と竜の共存する光景を映していた幻影が、ふっと消えてしまった。何も見えない闇の中、竜王が淡々と語る声だけが響く。
「惑星を砕く、って……その、文字通り?」
「ああ。簡単に説明すると、大きな戦争が起きて、その最中で使われた最新兵器の所為で、惑星が砕け散ってしまったんだ。
宿主を砕かれてしまった竜王“プライメイデン”は、急遽“種子”生産を押し進め、どうにか系譜が途絶えてしまうのを防ぐ事に成功した。
だけど、十分な熟成期間を得られなかった“リダルクノス”の“種子”たちは、従来に比べて大分脆く弱かった。その上、私たちの祖だった“種子”は、予想外の事態に巻き込まれたのだ」
一息休みを入れるように、数秒程沈黙が流れた。息を呑み、唯華は続けられる言葉を待つ。
「宇宙間航行なんて、流石の“テルニアルース”でも想定外だったんだ」
「え……?」
「苗床たりえる星を探す最中、その“種子”は宇宙から飛び出して、別の宇宙に来てしまったんだよ。幸い無事に渡り終え、宿主を見つける事も出来たけど、第二世代の比じゃないくらいに消耗してしまった」
具体的にどのくらい大変なのかは分からなかったが、容易く惑星間航行を可能とした彼らですら死ぬ程苦労したというのだから、それは相当な苦汁だったのだろう。御し難い恐怖が鎌首を擡げた。
頭上の竜王がバサバサと翼を振るうのを認識する。その羽音と共に、闇の中に星空が現れ始めた。間もなくその中に、良くテレビや写真等で見た蒼い星が出現する。その大陸の配置を認め、唯華はハッとした。忘れられる筈も無い、アレは間違いなく彼女の故郷の星・地球だ。
「……!!」
幻影とはいえ、もう二度と訪れる事は無いだろう、と決別していた故郷の姿が目の前に現れ、唯華は言葉を失ってしまっていた。狼狽する彼女をよそに、竜王は話を続ける。
「第五世代の星──貴方が、『地球』と呼ぶ惑星。“リダルクノス”の“種子”は、命からがらこの星の原初の刻に辿り着き、そして契約に成功した。
第二世代以上に消耗していた“種子”は、最低限の契約を果たすと、そのまま休眠状態に入った。端末を生み出す事も、星の“意志”が為す事に口を出す事も出来ないくらいに、疲弊し尽くしていたんだ。
その結果どういう風になったか、ってのは、貴方も知っているだろう。それが地球の歴史なんだから」
海から命が生まれ、やがて地上に進出し、幾多の繁栄と滅亡の果てに、人間の時代が訪れた。地球の学界は、これを数多の偶然の積み重ねの結果だ、という事にしていたが、実際はこんな必然だったのだ。“テルニア”の“種子”が流れ着いた事自体が偶然だ、と言ってしまえば、それまでだろうが。
「休眠の中、“テルニア”は本来の使命である探求をそっちのけにして、宇宙の外に飛び出すような事が有っても十分に耐えられるように、自身を改造する事に腐心した。端末を生み出す事もしなかった、それで精一杯だったんだ。
やがて、宇宙間航行にも十二分に対応出来る“種子”を生み出せるようになった時点で、第五世代は星を食い潰し始めた。元々、地球の“意志”はとっくの昔に与えられた力を使い切っていたしね。
古の契約に基づいて、“テルニア”は星を喰らい、それを元に無数の“種子”を生み出し、旅立たせた。その“種子”たちには、“セリアメーニェ”という名が与えられた」
唯華の前でばらまかれてきた真相の断片が、少しずつ互いの繋がりを可視化させ始めた。今までずっと分からずに放置してきた事、意図的に隠されてきた事、それらの全貌が明らかになろうとしているのだ。
胸の内を、激情が蠢く。独り歩きを始める思考を、どうにか制御下に繋ぎ止めながら、唯華は竜王の羽音を合図に転換する幻影を見守った。




