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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第九章・無窮の種
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第六十話・フォームレスデザイア


 崖に突き刺さった結晶から生み出された光は、まず唯華たちの目の前までふよふよと漂って来た。そしてぐにゃぐにゃと蠢き、何かの形を取ろうとし始める。

 どこかで見たような人、見知らぬ人、犬、木、朝顔、トマト。様々な姿になりかけて、しかし定まれずに崩れてしまう。何だこれは、と不審を露に身構えていると、不意に黒い羽根が光の中から垣間見えた。


「……カラス?」


 そんな疑問符を浮かべると、光は急速に形を得て、どこか懐かしい面影の有る一羽のカラスの姿に定着した。彼は、ぽて、と半ば落ちる様にして着地して、毛色に紛れ込んで良く見えない瞳をこちらに向けて来る。


「来たか」


 その嘴から発せられた声は、かぁーとかいう鳴き声ではなく、流暢な人語であった。中性的なその声の主は、ばさりと翼をはためかせ、そして唯華の肩に乗って来る。


「え、え……?」

「私の姿は本来存在しない。故に貴方の記憶を借りさせてもらった」

「そ、そうなんですか。……あなたが竜王?」

「いかにも」


 口調からも声色からも、彼──もしくは彼女の性別を断ずる事は出来なかった。頬をくすぐる羽根と肩を掴む爪を感じながら、彼もこの町と同様に視覚化されているのだろうか、等と考える。

 しかし、以前の記憶とあまりにも違いすぎる。前に会った時はちゃんと、印象の薄い中性的な人間という姿を持っていたではないか。それに、このカラスが発するオーラは本物で、全く名前負けしていない。唯華は首を捻ってしまう。


「この前、会ったのは……」

「あれも私だ。あの時は、“ネームレス”の記憶を借りていた」


 成る程そういう事か、と唯華は合点する事が出来た。それにしてもこの前と雰囲気が違い過ぎるが、それはあの時は本当にさきっちょだけだったのに対し、今回はもう少し大きめに出ているからなのだろう、と結論付ける。前回が1だったとすれば、今回は10くらいは出ているような感じだ。


「さて、あまり雑談を続けても意味が無いし、話を始めようか」

「話、ですか」

「ああ。何も知らないままだと、色々と混乱するだろうし。訊きたい事も有るだろう」


 そう言うと、カラスの姿をした竜王は唯華の肩を離れ、“ネームレス”が差し出した腕に止まった。消えた温もりを少し寂しく思いながらも、唯華は気持ちを切り替える。確かに、わだかまる様々な疑問に答を与えて欲しいと思っているし。


「“ネームレス”に、大体どういう事かは話されているね?」

「えと、はい。詳しい事は、まだ全然ですけれど」

「そうか。なら、まぁ、覚悟はしているだろうけど……本当に良いね?」

「はい」


 念を押す言葉に、唯華はしっかりと頷く。得体の知れない恐怖は確かに有るが、それでも彼女は進まなければならない。身体が治らなければ、人外を愛でるという一番の生き甲斐すらもままならなくなってしまうのだから。

 やり残した事は山ほど有るのだ。もっともっとこの世界についての理解を深めたかったし、ノルチェにも強くなりたかったし、皆に誕生日を祝ってくれた事へのお礼もしたかったし、それに。


「……大好きなあの人たちと、ずっと一緒に居たいんです。胸を張って、一緒に」


 何よりの理由。どこか独白じみたその声に、“ネームレス”は特に反応をせず、竜王も何か返す事は無かった。何とも俗っぽい執着に、呆れられてしまったのだろうか。それでも良いが。

 ややあって、竜王が嘴を開いた。


「貴方は……何だかんだ言っても、心根は人間だな」

「はぁ、そりゃ、人間ですし」

「いや……貴方は、もう薄々勘付いているやもしれないが、厳密には人間ではない」

「は?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。人間ではないとはどういう事だ──そう考えると、思い当たる事がいくつも出て来る。歯車の核心と対話した時なんか、その最たる物ではないか。

 目を逸らしていた事を突きつけられ断言された衝撃に、何だか頭が痛くなってくる。こめかみに指を当てて、どうにか開示された事実を受け止めようとしていると、竜王はほんわりと光を放つ結晶の方へ、くいっと嘴を向けた。


「貴方の、そして私の本当の名前は“セリアメーニェ”。“テルニアルース”という種族の、第五世代の“種子”だ」


 先ほど“ネームレス”との問答で聞いた固有名詞が、次々と出現する。そう言いながら竜王が翼を軽く羽ばたかさせると、ふと周囲の風景が闇に包まれ、同時に重力の感覚が消滅した。


「なっ……」

「案ずる事は無い、ただの幻影だ」


 それにしては、上下の感覚が消失するなぞ、些かリアル過ぎる気がする。あわあわと困惑していると、“ネームレス”が空いている方の手を唯華に差し伸べてくれた。有り難くその手を握ると、相手もきゅっと握り返して来る。無重力に靡く白い髪が、この闇の中で何だか安心感を齎してくれた。

 色素の無いさらさらとした手の感触に縋って、どうにか不安を押し殺し続けていると、やがて闇の中にぽつぽつと光点が現れ始めた。やがて、高熱と眩い光を発する球体や、岩石やガスの固まった球体が比較的近くに出てきたのを認め、漸くそれらが星々である事に気付く。

 この闇は、どうやら宇宙空間を模した幻影であるらしい。映像が移動し、近くに有る惑星の一つに接近する。この世に存在するありとあらゆる輝きを内包したような、見た事も無い透明な鉱石で構成された小さな岩石惑星だ。


「これが、惑星“テルニア”──遠い昔、遥かな宇宙の果てに存在した、一つの惑星ほしだ」


 こんな惑星が存在するだなんて、と唯華は目を丸くした。星の中に内容されている輝きは、どこか統率の取れた規則性を伴って明滅している。そのさまは、あの崖に突き刺さっていた結晶の光と良く似ていた。


「この惑星には、とある種族が存在した。我々の前身にあたる、個らしい個を殆ど持たない巨大な意識集合体だ。名は無いが、我々はこれを『原初の“テルニア”』と呼んでいる」

「え? ……え? ど、どこに?」

「元々、原初の“テルニア”は肉体を持たない種族だった。あの鉱石の星そのものが肉体だ、と言えるのかもしれない」


 あまりにもスケールが大きく、また自身の常識から外れた話に、何だか首が痛いような気がしてきた。だのに、何故だかそれらの解説はすとんと理解する事が出来る。まるで、既知の事柄を改めて語られているだけであるかのように。

 唯華がそんなデジャヴュじみた感覚に晒されていると、不意に天体たちの動きが加速し始めた。映像が早回しにされ出したのだ。どれ程の倍率で早送りされているのかは分からないが、星々の動きが上手く捉えられず、その軌跡が線の様に見えてしまっている事から、きっと滅茶苦茶に加速されているのだろう。


「今の貴方の感覚じゃ、いまいちよく分からないかもしれないけど……“テルニア”はとても繁栄した種族だった。彼らは様々な真理に至り、強大な力を身につけた」

「はぁ……」


 やがて早送りが緩まり、星々の動きを視認出来る程度のスピードになる。すると、ふと視点が惑星の“テルニア”からこの星系の中心たる恒星へと向けられた。


「だが、そんな栄華を極めた種族であっても、この運命を避ける事は出来なかった。恒星の寿命という天命からは」


 あの早送りの最中は他の所に夢中で気付けなかったのだが、恒星は着実に老いていたらしい。最初見たときは元気そうに光を放っていたのに、今はこの暗い宇宙を照らすのに疲れ果ててしまったかの様に、彼は膨張し鈍く赤黒く熱と光を放出していた。

 主系列星としての寿命を迎え、赤色巨星となりつつあるこの恒星は、既に“テルニア”より近くに居た惑星たちを全て飲み込んでしまっていた。“テルニア”自身も、飲まれるか否かのギリギリの瀬戸際に有る。


「“テルニア”とて、老いた恒星に飲み込まれてなお生き延びる事は不可能だった。故に、原初の“テルニア”は母なる星を砕き、その破片たちを無数の方舟──“種子”として、遥かなる新天地を目指し旅立ったのだ。

 何の標も無い、目的地すらも定かでない、そんな旅へと」


 竜王のナレーションと共に、間近まで迫った恒星の光を受けて赤い輝きを宿していた惑星“テルニア”が、ピシピシとひび割れ始めた。そのまま“テルニア”は眩い閃光を発しながら砕け散り、無数の破片となってその場を離れ、宇宙空間へと旅立ってゆく。


「“テルニア”という惑星は、こうして滅んだ。だがそこに住んでいた種族は、どうにか生き延びる事に成功した。これが、我ら“テルニアルース”の始まりだ」


 膨張し続ける恒星から逃れる様に進む、輝く鉱石の惑星の断片たちを眺めながら、唯華は目の前で繰り広げられた壮大で幻想的な一つの星の終焉に、感嘆を禁じ得なかった。そうして感動しながら、唯華は思考を巡らせる。

 “テルニアルース”とは、あの鉱石の惑星から始まった種族である、という事は理解出来たが、『第五世代』やら『“セリアメーニェ”』やらの意味はまだ全然分からない。脳裏をいくつもの推測が飛び交ったが、邪推を繰り広げてしまうよりは、大人しく竜王の解説を受けた方が良いだろう、とそれを打ち切ってしまった。


「一つ、質問良いですか?」

「ああ。何だ?」

「この“テルニア”って星の人たちは、どうして母星を犠牲にしてまで生き延びようとしたのですか?」


 先ほどの語りの中で、少し気になった事だ。恒星に焼かれて死ぬだなんて唯華も嫌だと思うが、だからといって故郷を犠牲にしてまで生き延びたいとまで思うだろうか。全く別種の生命である“テルニア”に、自分の価値観を当てはめてみても、致し方ないのかもしれないが。


「それは、もっと知りたかったからだ」

「知りたかった……?」

「原初の“テルニア”は様々な真理に至ったが、それ故に自分たちの存在がまだまだ矮小である事に気付いていた。だから、持てる力の全てを使って、自分たちを“テルニアルース”という新たな種に作り替えたのだ。更なる境地を目指し、もっと強大な存在となる為に」


 竜王が滔々とその問いの答を語る中、徐々に上下の感覚が復活し、また周囲を覆っていた闇が晴れて、元の光景が戻ってきた。両足に地面の感触がある事に安堵しながら、また不意打ちで幻影を展開されては敵わないので、“ネームレス”の手は握りっぱなしにしておく。幸い、彼女はそれに気を悪くするふうは無かった。


「宇宙をひたすら漂流して、一定の条件の揃った星と契約を交わし、それを苗床にして成長し、やがて宿主の星を食い潰して新たな種を生み出す。“テルニア”は、自身をそういった種族に生まれ変わらせた」

「……スケールの大きい宿り木みたいな、そんな感じでしょうか」

「そう考えてもらっても構わない。確実に宿主を潰す分、宿り木よりもタチが悪いかもしれないが」

「自分で言うんですか、それ」

「だが、ただ寄生するだけじゃない。宿主側にも見返りはちゃんと有る。“テルニア”の知識や力を貸し与えられる、そういう契約なんだ」


 “ネームレス”の腕に止まっていた竜王は、ほんの僅か剣呑を含んだ唯華の言葉に答えながら、ぽてりと地面に降り立った。そして両脚でちょこちょこと歩き回りながら、さらに言葉を続けていく。


「当初から、“テルニア”の持つ力は相当な物だった。それこそ、手に入れられれば殆どの事が可能になるくらいに。

 だが、例えそんな見返りが与えられるのだとしても、苗床となりいつか食い潰される契約を甘んじて受け入れてくれる星は、殆ど居なかった。そも、“種子”としての寿命が尽きる前に、条件の揃った星に辿り着ける可能性だって高くないのだから」


 そんな話を聞いて、唯華は何となくたんぽぽの綿毛を連想させていた。鉱石の種が宇宙を旅して、条件の合った地を目指す。ただの花なんかよりもずっとハードモードそうだが、イメージとしては似通っているだろう。


「それ故にか、私の祖たち以外に成功した“テルニアルース”は居ない。もしかしたら居るのかもしれないけど、その存在は確認出来ていない。……我々とは、全く別の進化の途を辿っているのかもしれないし」


 そう語る竜王の声は、どこか寂しそうに聞こえた。本当に自分以外の“テルニア”は居ないのか、と自問するような、居て欲しい、と懇願するような、寂寥とした声音。カラスの姿が、より一層小さく見えた気がした。


「ので、ここから先は、自分たちの事しか分からない」


 気を取り直す様に頭を上げ、カラスは軽快に飛び上がった。今度は唯華の頭に乗り、その上で両翼を広げ、新たな幻影を作り出す。

 まだまだ語るべき事はたっぷりと有るらしく、竜王は更なる論説を連ね始めた。頭上から聞こえて来るその声に、唯華は耳を傾け続ける。

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