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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第九章・無窮の種
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第五十七話・カラーレスデイズ

大変お待たせしました。


 唯華が“ネームレス”の元に向かい、歯車の災厄を止め、そして意識を失って帰ってきたあの日から、もう三日が過ぎていた。相変わらず空は無数の歯車たちで覆われており、窓から入る光も薄暗い。


「……お願いしマス、ユイカサン。どうか、ワタシに謝らさせてくだサイ」


 テナと白矢がもの凄い顔で睨みを利かせている中、寝台で静かに眠る唯華に対し、ムゥが床に額を擦り付けて懺悔を乞う。しかし唯華はうんともすんとも反応せず、まるで死んでしまったかの様に、呼吸すらも忘れて眠り続けている。

 半ばまで歯車に変換されたその身体には、最早鼓動も無く体温も無い。しかし、こうなってから何日も経っているというのに、腐敗は未だに始まっていない。

 何故ならば、シィ曰く、彼女の命はまだここに在るからであるらしい。魂を呼び戻し、この歯車と化した身体を元に戻す事が出来れば、彼女はすぐにでも再び目覚めるだろう、と言っていた。

 故に、テナたちは唯華を見守り続ける事にしたのだ。彼女を治す手段が見つかるまで、彼女が再び目覚めるその時まで。だが現状、歯車化を治す方法は手がかりすらも掴めていない。シィは、「その内勝手に戻るって」等と言っていたが、彼らには何とも無責任な言葉にしか聞こえなかった。


(……竜族ってのは、皆こうなのか)


 悔悟を様々な言葉に乗せて吐き連ねるムゥを見下ろしながら、テナは未だに痛みの残る自身の拳を握ったり開いたりする。数日前、ムゥが気を失った唯華を抱えて戻って来た時、まず必死に激情を抑えて唯華を部屋に運び、その後に白矢と共にムゥをボコボコにしたのの後遺症だ。

 いくら唯華自身がムゥを許すと言っていたとしても、「はいそうですか」と許してしまえる程、テナは寛容ではない。白矢もそれは同じであったようで、二人でとにかくムゥを打ちのめしまくった。そうでもしなければ、気が済まなかったからだ。

 それくらいに、ムゥの態度や行いが腹立たしかった。唯華を傷つけたり、“ネームレス”に荷担した事もそうだが、のこのこと戻って来て、その上こうして土下座している事も苛立たしい。いくら操られていたのだとしても、そう簡単に感情を説得する事は出来なかった。


(……感情)


 当たり前の様に自身の行動原理に口出しをするその存在に、テナは何だか感慨深くなってしまった。思えば彼は、唯華に関わる全てに明確な情動を抱いている。ほんの少し前までは完全に、“死”としての使命のみで動いていたというのに。


「ユイカ……」


 ぼそりと呟いたその声を、彼自身以外に捉えた者は居なかった。元々、彼の地声は低く小さいのだ。意識しなければ、他者に届ける事は難しい。それでも、唯華は彼の声に良く気付いてくれるのだが。

 そうして暫くの間、ムゥがまた妙な気を起こさないか監視しつつ唯華の顔を眺めた後、彼はすっと頭を上げた。そして普通より大きく息を吸い、それを声へと変換する。


「……気は、済んだか」


 ムゥの懺悔を遮る様に発した声は、自分の想像以上に剣呑だった。ビクリと震える様に反応する少年の姿に、テナは更に言葉を続ける。


「なら、行け。死に物狂いで、探せ。ユイカを、元に戻す……その、手がかりを」


 努めて感情を込めない様にしなければ、怒鳴り散らしてしまいそうだった。そうして苦労して抑えても、普段通りの平坦な声とは程遠く、もし唯華がこれを聞いていたら、何が有ったと心配される事だろう。

 言葉を遮られたムゥは、しかし平伏したまま動こうとしない。そんな彼を見下す様にねめつけ続けていると、壁を背にして腕を組んで立っている白矢が口を開いた。


「あっちこっちで、歯車化した人間を元に戻す方法の模索は始まっている。だがそれが確立されるのを待っていられる程、僕たちは気長じゃねーんだ。

 それに唯華は“異客”だ、こっちの人間に通じる治療法でも、こいつに通じるとは限らねー。だから、『確実に唯華を治せる方法』を持って来い。竜族なら出来るだろ」


 苛立ちを隠さない声つきで言う彼は、しかしそれでも相当に自制しているようで、言い終えた後ギリリと大きな音を立てて歯ぎしりをした。すると、二人分の敵意をこれでもかとぶつけられ続けているムゥは、漸く緩慢な動作で顔を上げ始める。


「……数日程、お待ちくだサイな。そうしたら、我々の答を持って来マスので」


 見開かれた白目の無い瞳を、静かに唯華の姿の方に向けたまま、彼はそう言った。そのまま、乱れた前髪を整える事すらせず、すっと空気に溶け入るかの様に姿を消してしまう。物質レイヤーへの顕現を切り、そのまま別の所へと行ったのだ。


(『我々の答』……ね)


 その消滅を一瞥しながら、テナは思索する。ムゥが『我々』という複数形の一人称を使う時は、それは大抵竜族全ての事を指している。恐らく、今回もそうなのだろう。

 唯華が事態解決の鍵となった理由や、死んでいるとしか思えない状態なのに命が残っているらしい理由。そして、唯華を目覚めさせる方法。きっと、竜族がその全ての答を握っており、それを開示するかしないかで揉めているなりしているのだ。


(……ユイカが目覚めてくれるなら、他はどうでもいいがな)


 無事に彼女の身体が元に戻り、そして目覚めて、再びテナと共に生きてくれるなら、それで良い。真実が気にならないわけではないが、最優先ではない。


「ユイカ……」


 ──どうか、これまでと変わらない唯華との日常を、再び歩めますように。

 そんな祈りを込める様に、彼は唯華の手を握る。血の通っていないそれは、ぎょっとする程に冷たかった。




 数日待て、と言ってムゥが消えたのを見届けた後、白矢は暫しの間目を閉じ考え込み出す。ムゥの言う『我々の答』というモノには、何時しかシィの言っていた『“テルニアルース”』なるモノが関わっているのだろうか、等と考えて、一向に導き出されない答に悶々とした。

 今まで散々考えて、なのに未だに決着の出ていない全ての答は、恐らく竜族が握っている。数日待って、ムゥがその答を持って来るまで、彼はずっと悶え続けなければならないのだろう。


「……チッ」


 行き場の無い苛立ちを少しでも紛らわせる為に、小さく舌打ちをした。“ネームレス”の企みとやらに気付けず、ムゥが精神操作されるのを防げず、唯華を無事に帰す事すら出来なかった竜族に対して、彼は憤る。はらわたが煮えくり返っているような気分だ。


(クソが。クソがクソがクソがッ!!)


 痛憤は募り続ける。彼の怒りを呼び起こすのは竜族だけではない、愚かで声だけはでかい人間どももだ。未だに竜族からの公式発表は滞っており、それ故に人々が無駄な想像力を発揮させてしまい、『今回の災害は“異客”の所為である』という認識が広まってしまったのだ。

 確かに、アレは“客”の持ち込んだ技術を元にした物である、とシィが言っていた。その断片が何処からか漏れ出し、伝言ゲームの要領で歪曲され、そして世間に広まってしまったのだろう。

 まだ臼木では目立った騒ぎは起こっていないようだが、他の国では魔女狩りならぬ“異客”狩りなんてのが始まっているらしい。シイッターでも、時折“客”を排斥する旨の投稿がされ、その上高い評価を得たりしている。

 そもそもの原因は竜族だというのに、そちらを攻撃する投稿はとんと見当たらない。“異客”の所為だ、という事が広まったなら、同時に竜の仕業でもある、という事だって広まっている筈なのに、そっちは殆ど認識されていないのだ。

 あらかた、竜はどう足掻いても排斥出来ないし、後での仕返しが怖いから、自分たちの鬱憤をぶつける事はしないでおく事にしたのだろう。代わりに、無力で社会的地位も確立しにくい“客”に矛先を向け、こうして叩いているのだろう。

 白矢のシイッターのフォロワーは四桁にも達するが、だからといって現状をひっくり返せる程の影響力が有るわけではない。彼の他にもぽつぽつと反論を述べる者は居るが、世論が変わる事は無い。これを変えられるのは、非常に腹立たしいが竜族の言葉だけなのだろう。


(……とは言っても、竜族が世間の認識を正してくれる保証なんざ無いがな。もしかすると、“異客”の迫害を助長させかねん)


 有り得る話だ。もしそうなったら、人間と殆ど変わらない姿では有るが、紛れもなく“客”である唯華にだって魔の手が及ぶかもしれない。実際“晶臓”が無いから、見分けようと思えばすぐに見分けられてしまう。

 もしも、暴徒と化した人々に唯華の存在が露見してしまったら──少し想像してしまって、気分が悪くなった。目を瞑ったままだと、どんどん想像が進んでしまいそうだったので、彼は眉根を寄せながら目を開く。

 すると、サングラス越しの視界の中に、テナが唯華の無事な方の手を握っている場面が入って来た。思わず眉間の皺を更に深くさせながら、寝息すらも立てずに眠る唯華の方へ注目する。

 彼女は、白矢達の苦労なぞ知らないかの様に、昏々と眠り続けている。こんな状態でさえなかったら、無防備な寝顔にニヤつく事だって出来たのだろうが、今はただ悲哀と不安をかき立てられるばかりだ。


「おい、元死神」

「……何だ、ミハシラ」


 意を決して声を掛けると、テナはこっちを向かないまま無機質な応答をした。とはいえ、間違いなく聞いているらしい色を含んだ声に、白矢は次なる言葉を続ける。


「今、世間では“異客”を迫害する風潮が蔓延っている。……火の無い所に煙は立たない──逆に言えば、火の有る所には少なからず煙が立つもんだ。唯華の事は隠しては居るが、どっかから露呈しちまう可能性は否めん」

「……で」

「そうなったら、僕一人じゃあ唯華を守り切る事は不可能だろう。認めたくねーがな。

 だから、ひっじょーに不本意だが、僕はあんたに信託する。もしもの時には、何が何でも唯華を守れよ」

「……言われなくても、そうする」


 テナはそう返答すると、徐に立ち上がり部屋の扉の方に向かって歩き始めた。手洗いなり栄養補給なりに向かうのだろう。心持ち背を丸めてのろのろと歩く姿に、白矢は組んでいた腕を戻しながら声を投げつける。


「後、今日僕は家に帰ったら、この烏山の結界を弄って、僕じゃなきゃすぐに遭難して死ぬレベルに空間を歪める。だから暫くは館から出るなよ、迷子になりたくなけりゃな」

「……そうか」


 こう言っておけば、もし白矢が不在の時に唯華が目覚めたとしても、テナが彼女に言い含めておいてくれるだろう。こいつは気に食わない奴だが、唯華に関してのあれこれは信頼に値する。

 彼が頷きながら部屋を出て行くのを見届けると、白矢は壁に立て掛けていた普段使い用の短い杖を取り、立ちっぱなしで痛みを訴え始めた足首を解す様に動かしながら歩き出した。なるべく足音を潜めつつ唯華の枕元に寄り、床に膝を付いて座り込む。

 最近は、こうして眠っている所ばかりを見ている気がする。起きている彼女と接触した記憶は、数日前、シィに連れて行かれる前に話したのが最後だ。誕生日を祝ったあの夜、自分が無理矢理彼女にビールを飲ませていなければ、ムゥと二人きりにさせていなければ──そんな自責の念が湧く。


(……ああ、クソ、悪い事ばかり考えちまう)


 眉間に指を当て、渦巻くネガティブな思考を追い払う。どうにかそれらを思考回路の中心から追い出す事に成功すると、彼は再び唯華の顔に意識を注ぎ始めた。


「……おい、唯華。錦野唯華」


 フルネームで呼びかけながら、そっと唯華の頬に指を触れさせる。そうすれば、冷たくても柔らかな感触が返って来た。


「いつだったか、約束してたよな。僕の耳、触らせてやるって」


 頬から手を離し、次に無事な左手の手首を掴む。全く力が籠っていない為に随分と重く感じられるそれを持ち上げ、その手を自身の耳に当ててやった。思わず耳が反射的にビクリとするのは、エルフ故に致し方ない。


「ほら、あんたの念願のエルフ耳だぞ、喜べよ」


 しかし、唯華の手が意志を伴って動き出す事は無く、何らかの反応を示す事も無かった。暫くの間、冷たい手を耳に触れさせ続けていたが、何の成果も得られそうにないのと、自分が何だか妙な気分になり始めたので、止めにする。

 唯華の手を元の位置に戻しながら、彼は思う。以前交わした、白矢の想いに対して答える約束は、まだ果たされていないな、と。もし彼女が元に戻らなければ、一生果たされずじまいに終わってしまうのだろうか。


「僕は約束を果たしたぞ。これからも頼まれれば、触るくらいなら許してやるぞ。

 だからあんたも約束を果たせよ。僕の気持ちに応えるのか応えないのか、ハッキリさせろよ」


 ──どうか、唯華が目覚めて、約束を果たしてくれますように。ついでに、自分の気持ちに応えてくれますように。


(……あー、ガラでもねー。ウチ帰ろ)


 そう願いながら彼は立ち上がり、唯華の枕元を離れた。杖を曵きながら部屋を出て、館の外へと向かい始める。唯華の事が心配なのは山々だが、ずっとこちらに入り浸っているわけにもいかないのだ。

 部屋に戻ろうとするテナとすれ違いつつ、彼は帰還方法を考える。足を使って歩いて帰るか、面倒な術式を組み立てて瞬間移動で帰るか。

 どちらも消耗する労力はどっこいどっこいで、身体的か精神・魔力的かの違い程度しかない。暫く玄関先で考えて、今の精神状態ではどっかでミスをしかねない、と断じて、彼は渋々と山の中を歩き進み始めた。

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