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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第八章・望まれたモノ
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第五十四話・地を食む美しき絶望


「この街に来る事になったのも、これで二回目だね、キュゥちゃん」

「それも、こんな短期間で。奇妙な縁を感じざるを得ないよ、ヤァちゃん」


 二人組の男女が、いつもと変わらない賑々しさの方上市の市街を歩いていた。青い髪のエルフの様な姿をした少年と、頭に布をぐるぐる巻きにした背の高い女性。彼らは、普段は蝶家県の山奥に居を構えて生活している二人の竜族、ヤァとキュゥである。

 “ネームレス”の歯車が世界中の空を覆い尽くしてから、今日で三日経った事になる。一日目は大騒ぎになり、彼方此方からミサイル等による攻撃なされ、しかし徒労に終わった。二日目には気のせいと言い切れない数の行方不明者が発覚し、同時に人や物が歯車化していくさまが数多目撃され、世界規模の恐慌状態が発生した。

 そして今日、三日目。ある者は一心に神だの仏だのに祈りを捧げ、ある者は世界の終わりだからと犯罪に走り出し、ある者は普段と変わらない生活を送り始めた。現在人類が手にしているありとあらゆる叡智が通用しない謎の歯車に、人々はある種の諦念に染まったのだ。


「ま……流石は臼木皇国、こういう時でも治安良いよねー」

「わたしたちとしては有り難い限りだけど」


 そんな中、この方上市は、普段と変わらぬサイクルを送る事を選んだようだ。空の異常から目を逸らすかの様に、道を行き交う人々はいつも通りに過ごしている。ただ、いつもより学校や仕事をサボっている姿が多い気もするが。

 だが、こうして一目で尋常の者ではないと分かる外見を隠す事も無く歩くこの二人が、全くと言っていい程注目されないのは、いつも通りの事ではないだろう。非日常から目を逸らすあまりに、竜という超常の存在である彼らをも無視してしまっているのだ。

 とはいえ、現状何か無体を働かれる気配は無いので、二人は気ままに道を闊歩している。ヤァは片手でスマホを弄りながら、キュゥはそんなヤァの手を人や電柱にぶつからない様引きながら。


「はーあ、ようやっとゆっくり原稿出来ると思ったのに……竜に生まれた事をちょっとばかり後悔したくなるね」

「生まれつきばかりは仕方がないよ、キュゥちゃん。しっかし、シィさんの言うキーパーソンとやらは、何時になったら来てくれるのかね」

「下見に歩き回るのも飽きちゃったしなー……どっかでご飯でも食べる? 大体の店は通常営業してるみたいだし」

「それが良いかもねー」


 そんな会話を交わしながら、キュゥはきょろきょろと辺りを見回す。彼らは数時間程前に方上市に入り、シィが考案した『作戦』の為に一通り下見をしていた。が、既にそれも終わってしまい、ぼーっとぶらぶらし続けるのにも倦んでいたのだ。

 ここらでちょっと小腹を満たすのも悪くない──そう思って目についたレストランに入ろうとした所、ヤァがバッと顔を上げた。濃いエメラルド色の瞳孔を絞りながら、彼はキュゥへと素早く目配せする。

 所謂『仕事モード』になったその視線による合図に、キュゥは素早く地面に両手を付き、四つん這いのポーズになりながら、竜の姿へと転変した。竜というよりは異形の獣といった色合いの強いその姿の背に、ヤァが素早く跨がる。


「ヤァちゃん、どったの?」

「よく分かんない、だけど、何か来る!」


 全身の毛を逆立てさせながら上げたキュゥの声に、ヤァは心底不安そうに顔を歪めながら返した。道を行く人々も、突如として現れた六つ目の獣の姿に、少しざわつき始めている。

 そうして二人が身構えていると、空を覆う歯車たちの間から、いくつものホルンの様なものがにょきっと生えてきた。やがてそれらから、心を奪われてしまうような重厚な音色が奏でられてきて、同時に白いシャボン玉の様なものが無数に吹き出てくる。


「な、何よ、これ……」

「待って、今解析するっ」


 伸ばされている左の鬢を左手で忙しなく弄り回しながら、右手に持ったスマホの画面をねめつける。凄まじい勢いで流れていく、シイッターの投稿たちを眺めているのだ。同時に思考回路を全開にし、白いシャボンの正体を模索し始める。

 全ての神経を思考に傾けている為、ほぼ完全に無防備になってしまうヤァを守るかの様に、キュゥは三本の尻尾でヤァを包み込む。そして六つの目をぎょろりとさせて厳戒態勢を保っていると、ヤァの近くにシャボンが一つ漂って来たので、彼女は尻尾でそれを振り払う様に潰した。

 パン、という音と共にシャボンは破裂した。すると、その破裂した辺りの空気が、歯車へと変換されてしまった。歯車は空気を蝕む様にして広がり始め、キュゥの尻尾の毛すらも巻き込み始める。


「きゃっ!?」


 彼女は短く悲鳴を上げながらその場を飛び退き、事無きを得た。回り始めた歯車の中に、ちょっとの毛が挟まってしまっただけで、自分自身に歯車の侵食が及んだわけではなかった事に、キュゥは安堵の溜め息を漏らす。

 だが、その安堵はすぐに絶望によって塗り替えられる。天から降り注ぐシャボンたちが彼方此方で弾け、その場に有ったものを次々と歯車に変え始めたからだ。勿論、それに触れてしまった人間も、そこから歯車化していってしまう。

 先ほどまでの緩やかな侵食から打って変わって、無数のシャボンによる凄まじいスピードの変化に、キュゥは全身を震え上がらせた。これでは、残り四日も保たない。今から丸一日保てば御の字だろう、と彼女は予測した。


「しょ、詳細はまだ全然分かんないけど、一体どういうもので、どんな対処をすべきは分かった!」

「どうすれば良いの?」

「逃げる、ただそれだけさ! こんなもんに、ぼくらみたいな貧弱一般竜が敵うわけないんだッ!」

「でも、逃げる先なんて有るの……?」

「このままここに突っ立ってるよりはましな所が有るって!」


 憔悴を多分に含んだヤァの大声に従って、キュゥはシャボンを避けながら、一先ずその場を離脱する。街を駆け抜ける最中、流れていく景色を観察すると、シャボンにより様々なモノが次々と歯車化していっているというのに、人々は奇妙な程に静かであった。


「ねぇっ、ヤァちゃん」

「ん、キュゥちゃん。さっきのホルンの音が原因みたいだね。皆のWレイヤーに思いっきり食い込んでる。あまり細かい行動までは干渉出来ないみたいだけど、無抵抗にするのは簡単だからね。

 シイッターも一気に静かになった。タイムラインにボットしか並ばなくなって、まるで深夜か平日の昼みたいになってる。多分ここだけじゃなく、臼木中、世界中がご覧の有様なんだと思う」


 素早く片手でシイッターへの投稿欄に入力をしながら、ヤァはキュゥへと凄まじい程の早口でまくしたてる。キュゥはその全てを聞き取りながら、道を駆け抜け立体駐車場の屋根の下に潜り込んだ。ここならば、外よりは大分マシな筈だ。

 ヤァは、画面が割れるのではないかと不安になる程の早さで、シイッターを始め様々なSNSのアカウントから避難を喚起する投稿をする。竜族として登録しているアカウントからの投下が終わったら、次は匿名で登録している物から拡散をする。

 一連の作業を終えると、次に彼はタイムラインを遡り、ボットではないアカウントの投稿を片っ端からお気に入りに登録し始めた。中には、この通知により目を覚ます者も居るだろうから。


「んもうっ、シィさんはまだなの? 早くしないと、手遅れになっちゃうよ」

「まぁ、ここでの形態変化は、好都合でもあるけど……これだけ緊迫感が有れば、迫真の構図を作れるだろうし」


 上の階から歯車の侵食が及んでくるのを見上げながら、二人はシィの訪れを待ちわびる。その間に、ヤァはキュゥの背から降りて地面に座り込み、キュゥは人型になって自分のスマホを弄り始めた。

 そうして、キュゥも自分のアカウント群での注意喚起とお気に入り爆撃をし終えた辺りで、二人の目の前の空間が揺れた。それを目敏く察知した二人は、徐に立ち上がりつつ、揺らぎの向こうから現れる影を迎える。


「──っ、お待たせっ! ヤァ君、キュゥちゃん、大丈夫だった!?」

「う、うわわっ!? し、シィさん、いきなり何するんですか……って、ここは……?」


 現れた姿は二つ。一つは、彼らも良く知る古竜、シィの姿。もう一つは、人間の娘の姿をした“テルニア”。その姿を見て、成る程こいつがムゥの保護したという“客”か、と二人は思い至った。同時に、彼女がシィの作戦の鍵たる人物であるのだろう、と理解する。

 “客”は、いきなりシィにここに連れて来られて困惑しているようで、辺りを忙しなくきょろきょろと見回している。身内以外の存在の登場により言葉を失ってしまったヤァの代わりに、キュゥがその“客”へと声をかけた。


「どうも、わたしはキュゥ、こっちはヤァ。今は緊急事態なので、必要な事だけ話すよ。シィさん、この子にはどこまで話した?」

「今回の作戦については、まだ何も」

「ん。えーっと、あなた、まずは何も聞かずに、髪の毛を一本ちょうだい」

「か、髪の毛、ですか?」


 “客”は戸惑いながらも、右側の髪を一本引き抜くと、そっとキュゥへと差し出した。相手があっさり言う事を聞いてくれた事に若干拍子抜けしつつも、キュゥはそれをヤァへと渡す。彼はそれを受け取ると、掌からいくつかの魔法陣を展開させ、その内の根幹となる一つに髪の毛を組み込んだ。

 ヤァが大掛かりなその術式を一つ一つ構築して行く中、“客”が疑問に眉尻を下げながら質問をしてくる。対するキュゥは軽く目を細めつつ、それに答えてゆく。


「髪の毛なんて、一体何に使うのですか?」

「悪用はしないよ。ちょっとばかし、あなたのニセモノを作るのに利用するだけ」

「わたしの、ニセモノ……?」

「そ、あなたの姿を真似たモノを作って、そいつをムゥの精神を揺さぶるのに使うの」

「具体的には、どんな風に?」

「……あんまし、気分の良い物じゃないと思うよ。それでも聞きたい?」


 そうワンクッションを挟むと、“客”はすぐに頷いた。やはり自分の姿を利用される以上、どんな用途なのか気になるのだろう。キュゥは淡々と答える。


「あの白いシャボン玉、あれに触れさせて歯車化する所をムゥに見せつけるんだ」

「……えっ」

「親しい者の死、ってのは心を大きく揺さぶるものだからね。ヤァちゃんの計算によれば、これならば確実にムゥを正気に戻す感情エネルギーを発生させられる」


 “客”は返答に詰まったようだ。それもそうだろう、ニセモノとはいえ、自分の姿をしたモノをわざと死なせて、その映像をムゥに送ろうとしているのだ。こんな、スナッフフィルムを作って送りつけるような真似は、キュゥだってあまり気が進まない。

 しかし、それに対する“客”の反応は、彼女の予想を大きく外れる物であった。


「作戦の内容は了解しました。確かに、ちょっと気分は良くないですけど……あの、他の事には使わないでくださいね。映像をネットに公開したりとか」

「えっ……そんな簡単で良いの……?」

「手段を選んでる事態じゃないってのは、わたしも良く良く分かっています。あの、くれぐれもよろしくお願いしますね」

「あ、ああ、公開するだなんて野蛮な事はしないよ、安心して。このキュゥの名にかけて、確約する」


 キュゥは顔色はあまり変えなかったが、内心驚きを隠せなかった。少し思い悩んだ素振りは見せたものの、まさかそれだけで受け入れてしまうとは。


(……頭の柔らかい、話の分かる子。うん、嫌いじゃない)


 内心でそんな事を考えていると、シィが竜の姿に変身し出した。前脚の片方が無い大きなグリフォンの姿が現れ、天井に頭をぶつけないように姿勢を低くさせる。


「これで要項は話し終えたよね。さ、唯華ちゃん、乗って」

「はい、分かりました。ええと、作戦の方、よろしくお願いしますね、キュゥさんにヤァさん」


 “客”はシィの背に乗る前に、一度キュゥたちの方に向き直って、ぺこりと頭を下げた。その態度をみとめてか、ヤァがキュゥに対し思念を送りつけてくる。これこれこういう事を話して欲しい、と。

 キュゥはその思念を言語化する作業を終えた後、苦労しながらシィの背をよじ上る彼女に対し、こう声をかけた。


「ちょっと良いかな」

「はい? 何でしょうか」

「初対面のわたしがこういう事を言うのは変かもしれないけどさ、無事に帰ってきてよね。

 そしたら、一緒にクレープ食べに行こう。あなたの存在を知った時から、ずっと気になってたの、あなたの事」

「……ええ。約束しましょう」


 ヤァもキュゥも、前々からこの“客”とはじっくりとっくり話してみたいと思っていたのだ。そんなキュゥの言葉に対し、相手は微笑みながら快諾する。

 同時に、シィが小さく翼を広げ姿を消した。空間転移を使って、“ネームレス”の核心の元へ向かったのだ。ぼんやりとその姿の消えた跡を眺めていると、やがてヤァが小さく声を上げた。


「キュゥちゃん……じゅ、じゅちゅ、術式、完成する」

「あいよー、あともうわたし以外は居ないから安心しなよ」

「──ん、そうだね」


 未だにビクビクとしていたヤァに対し、キュゥは彼に緊張を解くように言う。すると、彼は漸く安心出来たようで、声色を通常運転の物に戻した。しつつ、彼は構築された術式を発動させる。

 先ほど手に入れた“客”の娘の毛髪を媒体に、人間の肉体を形成する魔法。所謂人体錬成と呼ばれる魔術だが、今回の術式は簡易の物なので、出来上がるのはガワだけだ。見た目こそオリジナルと寸分変わらない姿になるが、中身には骨も内臓も無く、筋肉と脂肪を混ぜた様な『綿』が詰まっているだけになるのだ。

 幾重にも重ねられていた魔法陣が広がり、まずは光の線が束ねられて人間の身体の輪郭を形成した。次に、形作られた輪郭に沿って皮膚が出来上がるのと同時に、先ほどの“客”が着ていた服を再現して輪郭の上に着せる。やがて、中身の綿も生成され終えた所で、ヤァは間髪も入れずに次の術式を構成しだす。


「キュゥちゃん、覚悟は良い?」

「ん、いつでもオーケーよ」


 彼女がそう答えると、ヤァは完成した“客”のニセモノとキュゥの手をそれぞれ握り取った。そうして彼は、先ほどまで煌々と光を放っていた人体錬成の魔法陣を消し、代わりに別の陣をキュゥとニセモノの足元に広げる。

 そして展開された陣が発動されると同時に、キュゥの目の前が真っ暗になった。一瞬にして肉体の感覚が断絶し、どこか遠くで自分の身体が倒れる気配を捉える。

 一拍程の間が有って、断たれた感覚が復活した。だが蘇ったそれは自分の物ではなく、念動力を使って無理矢理操作しなければ、ビクとも動かない不自由な身体の物である。そう、彼女は今、ヤァが作った“客”のニセモノに乗り移っているのだ。

 眼球も耳も見た目だけで、殆どの感覚器官が具わっていないため、ヤァと浅く同調しその五感を借り受けなければ何も感じられない程だ。声帯も無いので、意志の疎通をするには思念をぶつけ合うしかない。驚きの不自由さだ。


『うう、やっぱり不便……打ち合わせ通りで良いんだよね?』

『そうなる。キュゥちゃんの本体は、ぼくがしっかり守ってるから、安心して取り組んで』

『りょーかい。じゃ、行こうか』


 ヤァは頷くと同時に、抜け殻となったキュゥの肉体を抱きかかえながら、竜の翼を広げて立体駐車場の屋根の外へ出て行った。それを追いかける様に、キュゥはニセモノの肉体を引きずる様にして外へと向かう。

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