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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第八章・望まれたモノ
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第五十二話・現つ御神の待望


 唯華に正気が戻ったかどうかを確かめるその問いに、彼女は頷く事で応える。すると、テナは面白いくらいに強張ってた表情を緩め、ぐしぐしと目元を擦りながら途切れ途切れの言葉を紡ぎ始めた。


「良かっ、た……ぐっ、本当に……う、うう」

「な、泣かないでくださいよ。ええと、わたしはどれくらい寝てたのでしょうか」

「……およそ、三日。このまま……死んじまうんじゃ、ないかと……死ぬ程、心配……したんだ、ぞ……」


 三日。予想以上に経過していた時間に、唯華は思わずぽかんとしてしまった。同時に痛くなる程の喉の渇きと、文字通りお腹と背中がくっつきそうな程の空腹を感じ、顔をしかめる。

 すると、テナはそれを察したのか、暫し顔をきょろきょろとさせた後、「待ってろ」と言い残して部屋を出て行った。耳を澄ませば、廊下を忙しなく駆け抜けてゆく足音が聞こえた。きっと、飲み水なんかを持ちに行ってくれたのだろう。


(……ずっと、看ててくれたのでしょうか)


 夢の絶え間に感じた手を握る温もりも、彼の物だったのだろうか。残る温かさを味わうかの様に左手を頬に当てつつ、寝たきりで衰えてしまっている身体に鞭を打ち、寝台から背を引き剥がす。すると額に乗っていたタオルが落ちたので、彼女は緩慢な動作でそれを拾い上げ、枕元のナイトテーブルの上に置いた。

 こうして上半身を起こしているのも辛いレベルだが、だからといって横になり続けていてはいつまで経っても復帰出来ない。両手を付き体重を支えながら目覚まし時計の方を見やると、その針たちは丁度朝の七時を指していた。

 その時計の秒針を眺めながら、テナが戻って来るのを待っていると、不意に自分の身体が妙に清潔な事に気付いた。倒れた時は普段着だった筈なのに、いつの間にか寝間着になっているし、寝汗だってかいてただろうに、それに由来する気持ち悪さが殆ど無い。

 落とされた筈の腕が治っているのは、きっと白矢のお陰なのだろうから良いとして、着替えた記憶が無いのに服が替わっているのは──少し考えれば、すぐに仮説に思い至れた。


(まさか……いえ、の、ノーカウントですよね、これは)


 多分、テナが着替えさせてくれたのだろう。身体が清潔なのは、その際に拭いてくれたりしたからなのだろう。まだそうと確定したわけではないが、それ以外には考え難い。

 親や看護士とかならまだしも、ちょっと気になってる異性にそれをされたのは、尋常でない程に恥ずかしい。少し紅潮した頬を隠す様に両手で顔を覆うと、いつしか彼女がこちらの世界に流れ着いた日も、いつの間にか制服から謎の文字入りTシャツに着替えさせられていた事を思い出される。もしかしてあの時も、等と一人で悶えていると、やがて扉の外から複数の足音がし始めた。


「唯華ちゃんっ! 意識が戻ったって……はぁぁ、本当に……」

「ユイカっ、ミア・メルフェ・ア・ヨー、ウェス・ロア……!」


 まず、シィとラシェがバァンと扉を開け放ち、そのまま唯華の元へ駆け寄って来た。憔悴しきった表情で、ラシェに至っては母語が出てしまう有様で、口々に彼女の身を案じる言葉をぶつけてくる。


「ケッ、一度目覚めたかと思って安心したら、そのまま気絶して計三日も寝込みやがって……。

 フン、これ以上目が覚めなかったら、魔法で無理矢理起こしてやる所だったね」


 次いで、白矢がそんな減らず口を叩きながら歩いて来る。その顔は大分血色が悪くなっており、やはり腕を治したりするのに相当魔力や精神力を費やしたのだろう、と推測する事が出来た。

 最後に、湯気の上がるマグカップを乗せたおぼんを両手に持ったテナが現れ、足で器用にドアを閉める。無言の圧力で枕元に集った三人を退けさせ、そしてどこか堂々とした所作でその場に置いてある椅子に腰を下ろした。しつつ、おぼんをテーブルに置き、マグカップを両手で持って唯華の前へと差し出す。


「……これを。自力で、飲めるか」

「あ、ありがとうございます」


 彼女はそれを慎重に受け取り、まずその湯気を吸った。そして、乾涸びひび割れた唇を湿らせる様にしながらカップに口を付ける。その中身は、すぐに飲んでも火傷しない程の温度のお湯に、蜂蜜を少量混ぜたものである様だった。

 渇き、餓えた身体は、カップの中身の半分くらいを一息に飲み干してしまった。潤った喉で数度深呼吸をした後、両手でカップを握りながら、先刻までより随分と色鮮やかになった視界の中に、集まった四人を収めた。


「……一つ、質問を。わたし、今起き上がるまで、何回くらい目を覚ましましたか?」

「は? そりゃ、僕一人が居た時の一回だけだったが……どういう意味だ?」

「いえ、特に深い意味は有りませんよ。ただ、どこからが現実だったのか、確かめておきたくって」


 眠りの中、何度も見た悪夢の記憶を想起し、唯華はぶるりと少し身体を震わせた。有り得ない事とは分かっているが、もしや首を絞めたりしたテナや、“禍神”になった白矢が、今平気な顔をしてここに居るのでは、という懸念を完全に打ち消したくて、彼女はこの質問を投げかけたのだ。無事それが否定された事に安堵しつつ、一口蜂蜜湯を飲んだ後言葉を連ねる。


「ええっと、今日は何日なのでしょうか。それに、あの程度でこんなに寝込むなんて……他にも何かされたのでしょうか」

「10月の22日だよ。まぁ、腕落とされる以外はされなかった様だし、される前に彼らが殴り込んでくれたみたいだったけど、肉体への外傷より精神へのダメージが大きかったようでね」

「……でも、こっちの世界の魔法って、精神的外傷とかも治せるって聞いたんですけど」

「ん。身体の傷はすぐ治したけど、心の方は最低限だけにしといたんだ、ボクの判断でね。だって治したらすぐ起きちゃうだろうし、そうしたらキミが休まらないだろう?

 ボクは、キミには休息が必要だと判断した。何だかんだ言っても、致命的でない怪我、特に心の傷は、なるだけ時間とかに任せた方が良いと思ってるんだよ、ボクの経験上」


 テナを退かす様にしながら唯華の至近に出て来たシィは、そう言って彼女の左腕を撫でた。最早無惨に切り落とされた痕跡は何処にも無く、右より少し反応が遅い感じは有るが、普通に使える。心の方も、ゆっくり休んだお陰か、あんな惨劇を味わった割には落ち着いていた。


「……ありがとうございます、気遣ってくれて」

「どういたしまして。で、大丈夫? もう起きれる?」

「はい、おかげさまで」


 そう答えながら、唯華はカップの中身の残りを全て飲み終えた。空のカップをテーブルに置きながら、身体の向きを変え足だけ床に降ろす。大分肉体の感覚や力が戻って来て、手で支えなくとも普通に座っていられる様になってきた。

 そんな彼女の様子に、シィは橙の瞳に穏やかな光と謎の悪戯心を宿らせて微笑む。そしてちらりと白矢やテナの方を見やると、長い耳をピコピコとさせながら口を開いた。


「そりゃあ良かった。ボクがこっちに来た時、大変だったからねぇ。テナ君はおんおん泣いてて話にならないし、白矢君は魔法の使い過ぎでぶっ倒れてるしでさー」

「……っ、い、言うなっ」

「はァ!? ちげーし! 僕が自分の魔力限界見誤るなんて有り得ねーし! ちょっと体調悪くなっちゃっただけだし!!」


 恥ずかしい場面を暴露された二人は、シィに険しい声つきを投げつけた。彼らの言いぶりからするに、シィの言葉はどうやら真実で有るようだ。また苦労をかけてしまって申し訳ない、としょんぼりすると共に、心配してくれて嬉しい、という念も湧き上がる。

 いつも無表情で些細な事では動じないテナが、話も出来ない程泣いている所なんて想像がつかないし、プライドが高く失敗をしたがらない白矢が、自身の技量の限界を見誤るという失態を犯すのだって珍しい。自分の存在が彼らの世界に大きく関わっている事を理解すると、一時は収まっていた頬の紅潮が少しだけ蘇った。


「ユイカ……どうした。熱でも、有るのか」

「へっ!? あ、いえ、な、何でも有りませんよ?」

「……やせ我慢を、するな」


 ちょっとした感情の昂りからきた現象なだけだ、という事を伝えようとした瞬間、テナはシィをぐいっと退かして唯華に近づいた。突然の事に、何か反応を返す間もなく、同時に後頭部に回された彼の手に導かれるままにされる。

 彼の顔が急接近し、同時に唯華の頭が引き寄せられ、互いの額がくっつけられる。視界一杯にテナの表情が広がり、互いの息が吹きかかる程の近さだ。どうにか気分を落ち着かせようとするが、それを命じる理性とは裏腹に、どんどんと頭に血が上っていく。

 唯華の顔が真っ赤っかなのに、熱らしい熱が出ていない事を疑問に思ったのか、テナは怪訝げな声を上げた。その辺で、この有様を見兼ねたらしいシィがテナの首根っこを引っ掴み、唯華から引き剥がす。


「止めたげなよ、仲が良いのは結構だけどさぁ」

「……だが」

「見た所、体調に瑕疵が無いのは本当の事みたいだし。それに、今はいちゃいちゃしてる場合じゃないって」

「い、いちゃいちゃ、って……」


 シィにはそう見えていたのだろうか。呆れ半分な彼女の言葉に、テナはどこか不服そうに唸った後、渋々といった様子で寝台から少し距離を取る。すると、白矢が眉間に深く深く皺を寄せ、耳をぐるんぐるんとさせながら震えているのが目に入った。あまりにも剣呑なオーラに、唯華は少し引いてしまう。

 だがすぐに、『いちゃいちゃしてる場合じゃない』とはどういう事だろうか、彼女の興味はそれに向けられた。唯華が寝込んでいる間に何か有ったのだろうか、ムゥが失踪してしまった事と何か関係が有るのだろうか。跳ね上がっていた心拍数を落ち着かせながらシィに視線を移すと、それに応えるように彼女は頷いた。


「とりあえず、現状の危険を理解して欲しいから、単刀直入に言うよ。

 ──この星は、アルシードは今、終焉に瀕している」

「……えっ?」


 何だか現実感に乏しいその言葉に、唯華は瞬きを繰り返した。シィがジョークでも言ってるのではないか、と他の皆の表情を伺ったが、確かな絶望感を滲ませる彼らの顔に、唯華は軽く狼狽える。


「事の起こりは三日前、丁度ムゥ君がキミに無体を働いた日だ。その日に、“ネームレス”がムゥ君の精神を支配し、同時にある“異客”が持ち込んだ技術と、“禍神”の破片を利用した術式を、発動させた」

「“禍神”って……またあんな事が引き起こされてしまったのですか!?」

「いんや、アレよりももっと悪い。この現状は、アルシード史上最悪と言っても差し支えないかもしれない。

 “禍神”だけなら、まだボクたちでも対抗が出来たんだ。犠牲は多々出たかもしれないけど、封印や追放という手段が取れたんだから。

 だけど、アレは……封印も追放も出来ない。“ネームレス”という、この世界に強く結びついている存在が軸になっているからね。ならば破壊するくらいしか対処法が無いんだけど、それすらも不可能にさせられているんだ」


 シィは先ほどまでのどこかおちゃらけた笑みを消し、打って変わって苦虫を噛み潰したかのような顔になっている。先ほどの軽口は、この抜き差しならない現状を急に押し付けてしまうのを躊躇った故の、清涼剤としての言葉だったのだろう。

 流石の唯華でも、目覚めたばかりで正体が定まっていない状態でこんな事を言われたら、理解出来ずに何度も聞き返してしまうなり、絶望感から再び寝込んでしまうなりした筈だ。頭を抱えながら、何とかシィの台詞の意味を咀嚼し終えると、続きを促す様に口を開く。


「不可能にさせられている、って……どういう事ですか?」

「ああ、そこにムゥ君が関わってくる。詳しい事は端折るけど、あの子はね、“王権”っていう、竜を有無も言わさず従える権利を持っているんだ。“ネームレス”は彼にそれを使わせて、『“ネームレス”に手を出すな』と命令させたんだ。

 ……ボクたちにとって、“王権”の令は絶対なんだ。どんな理由が有っても、ボクたちはそれに反する行動を起こす事は出来ない。

 だから現状、ボクたちはこのまま……“ネームレス”の変容が終了するか、竜王様が“シードディア”を終わらせるかするまで、ただ傍観する事しか出来ない。

 ま、どっちの結末になるにせよ、今有るこのアルシードは消えるだろうね。人間にも、アレを破壊しきる事は不可能だし」


 世界が終わる。真実で有る事を裏付ける皆の態度や、出任せというには詳細過ぎるシィの説明が有っても、悪い冗談の様にしか聞こえない。そうして引き攣った表情を浮かべる唯華に、白矢はまどろっこそうに眉根を寄せると、徐にその細い指で窓の方を指差した。


「外を、空を見てみろ」

「空、ですか?」

「ああ。そーすりゃ、嫌でも分かる」


 言われるままに窓の方へ身を伸ばし、外を覆い隠しているカーテンを引き開ける。そして空の方を見上げると、彼女の目に信じ難い景色が飛び込んできた。


「……理解、しました。現状が、退っ引きならないって事を」


 その空には、朝の明るい日差しも無ければ、青い色も白い雲も無かった。何故ならば、無数の歯車の様なものが組み上げられ、空を塞ぎきってしまっていたからだ。

 様々な模様、様々な形、様々な大きさの歯車たちは、それなのに綺麗に噛み合い互いを回し合っている。そんな、幾多の歯車によって形成された謎の構造物によって、文字通り天に蓋がされてしまっているのだ。

 また、地面の方から新たな歯車が発生し天蓋に組み込まれてゆくさまが、遠くにちらほらと見える。如何せん離れているのでよく分からないが、中には人型をしたものが、いくつかの歯車に変換されながら飛び上がってゆくのも有った。

 いくら異世界だとはいえ、これは尋常の光景ではない筈だ。これまでこの世界で暮らしてきたが、ここまで異常な光景が現れた事は一度も無いのだから。

 あまりの事態に言葉を失った唯華に、シィは底抜けに明るい声を作って言ってくる。一先ずは閑話、と言わんばかりに。


「なら、一旦休憩にしよっか。ほら、唯華ちゃん、起きれるなら着替えた方が良いだろうし、食べれるならちゃんと固形物食べた方が良いだろうしさ」

「あ……そ、そうですね。分かりました」

「よっし! なら、野郎どもはさっさと出てった出てった!」

「……何故?」

「唯華ちゃんが着替えるからに決まってんでしょ! さ、ラシェちゃん」

「あいあいさ! 力を合わせてっ!」


 本当に意味が分からないと言わんばかりに首を傾げるテナを、シィとラシェがずりずりと引きずる様に退場させる。白矢もそれに追随する様に、ちらりと唯華に視線をやりながら部屋を出た所で、彼女はふらふらと立ち上がり着替えの準備を始めた。

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