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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第一章・異世界漂着
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第四話・受容するのは新たな日常


 臼木皇国。大陸の近くに浮かぶ『臼木列島』を治める国で、波瀾万丈有ったが、二千年もの間同じ国のままで有り続けた歴史を持つ。

 四方を海に隔絶されて育った独特の文化の中、各地で独自の魔法体系を確立させていったが、数百年前異邦からやって来た黒船の来訪により、ここも科学文明に染め上げられる。

 そこから現在に至るまでにも、山も谷も沢山あったが、今もこの国は臼木皇国であり、民はおおよそ平穏な日々を過ごしている。

 しかしその平穏は、数多の犠牲の柱によって支えられている。その事を自覚している者は、今となってはあまりにも少ない。




 彼らが部屋から出て行って暫く、唯華は様々な事柄を少しずつ整理していた。

 あの緑色の夕焼けと共に、空が落ちた日。死にかけていた所為か所々記憶が抜け落ちているが、あそこまで本気で恐怖したのは生まれて初めてだった。最初に地割れの中へ落ちていった松本さんの悲鳴が、今も耳にこびりついている。

 濁流に流されて、大きな大地の割れ目に放り投げられた時、彼女は死を受容し絶望した筈だった。だが、如何なる偶然か、“異触”なる現象に巻き込まれ、異なる世界での生を与えられた。

 生き残った。だから、彼女は希望を持ってしまった。それが取り返しのつかない程に成長する前に、あの竜族の少年が切り捨ててくれたが、彼女の落胆は著しかった。


「……お母さん、お父さん……」


 家族は、どうしているのだろうか。あの大災害に巻き込まれてしまったのだろうか、それともなんとか生き残ってくれているのだろうか。彼女の知らない所でも良いから、生き残っていて欲しい。

 もっと妹を可愛がってやれば良かった。もっと兄に甘えたかった。もっと母の手伝いをしてあげたかった。もっと父を労っていたかった。

 次に、クラスメイトや友達の顔が思い浮かぶ。唯華のすぐ側で死んだ彼女たちは、生き残った唯華を妬んだり恨んだりしているのだろうか。それとも、彼女の僥倖を祝ってくれるのだろうか。

 涙の零れるままに、彼女は咽び泣く。突如として奪われた全てに、彼女は哀愁を感じて止まない。家族の無事を確認する術も、友人の言葉を知る手段も、最早どこにも存在しない、それが何処までも悲しかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい! お願い、許して……!」


 嗄れた声で、彼女は許しを乞うていた。誰に許して欲しいのか、何を許して欲しいのか──様々がごちゃ混ぜになって、彼女には分からなかった。ただひたすら悔しく、ただひたすら虚しく。

 咽び泣きはやがて号泣となり、発する言葉は意味を成さなくなる。どろどろと溜まった感情の全てを、とにかく発散する為に、彼女は泣いた。声が枯れる程に泣き叫んだ後、荒く息を吐きながら顔を拭う。

 一頻り泣いて落ち着いた後、先ほどより随分とスッキリした意識を、これからの現実の方へ向けた。これまで非現実的な事実を続けざまに押し付けられていた所為で、オーバーヒートを起こしかけていた思考回路は、大泣きしたお陰で随分と冷え切ってくれた。


(……悲しいのは変わりませんが、悲嘆に暮れ続けていたら、それこそ何も生み出せません。一先ず、落ち着いて……現状を受け入れましょう)


 一先ず深呼吸し、布団を跳ねてベッドから降り、立ち上がる。多少ふらついたが、問題なく立つ事が出来た。床にはカーペットが敷かれており、冷たさに飛び上がる羽目にもならずにすむ。

 布団を元に戻そうとそちらに手を向けた所、足元に湯たんぽが入っていた事に気付く。どうすれば良いのか迷ったが、一先ずそのまま布団に入れておく事にした。


(あの人たちは、きっと善い人たちなのでしょう。こんなに気遣ってくれるのですから。……確かに、怪しさは拭えませんけど)


 彼らの顔を思い浮かべる。落ち着いた事を報告するのと、これからの事をもっと話し合うのの為に、彼らの元へ向かおうと足を踏み出す。彼女の認識からすると随分と広い部屋を横切り、冷たいドアノブに手をかけた。




 その昔、風上家の“御柱”の為に建てられた、当時最高の魔法技術の組み込まれた館。魔力を供給する事で、空調や明かり等が機能するようになっている。本来ならここの主も白矢である筈なのだが、今はテナが勝手に住み着いてしまっていた。


「はぁー、ったく……ギルメンにどう説明しよ……今日はでっかい捕り物する予定だったのに……」

「ネットゲームとは、不健康デスねぇ。長生き出来マセンよ、そんなんだと」

「放っとけ、僕の人生だ。ああもう、どうしてこんな事に巻き込まれなきゃならんのだ!」


 突き当たりの部屋にて、白矢は埃っぽいソファにふんぞり返って座り、苛々と愚痴を零していた。スマホを両手で弄りながら、更に文句を言う。


「どーして、よりによってこの烏山に流れ着くかねぇ。どうせなら道の真ん中とかに出てこいよ。人の敷地に入ってくんじゃねーっつー話だよ……」

「そんな事を言っても、“客”には流れ着く先を選ぶ事すら出来マセンし。ま、アナタの入浴中とかに風呂場に出て来るよりかは、ずっとマシだったんじゃないデスか?」

「何だよ、その『もしも』の話は……」


 先ほどから彼の愚痴にちょっかいを出し続けているのは、糸目を更に細めて笑うムゥ。リュックの中からポッキーを一箱取り出し、袋を開けてぽりぽりと齧っている。


「しっかし、あんな小娘が“大惨事”のトリガーになるかぁ?」

「……引鉄になろうとならなかろうと。なんともアワレではないデスか」

「何がだよ」

「ニシキノユイカの存在が公になれば、彼女を巡って諍いが起こるのは、避けられないデショウ。故郷を永久に失って、流された先でもいざござに巻き込まれ、平穏から何処までも遠ざかる……そんな未来は、あまりにも可哀想デス」

「そこまでになるかねぇ……」


 いまいち釈然としない様子の白矢。スマホの画面をねめつけて、欠席の連絡に対して流れて来るゲーム仲間の返信に、大きくため息を吐いた。

 そこで、先ほどからすみっこの椅子に座って黙り込んでいたテナが、顔を上げた。そこから数拍程間が空いて、彼は口を開く。


「……何故、ユイカの故郷がどうなったのかを知っている?」


 話の流れをぶつ切りにする、唐突過ぎる質問に、白矢は暫く真顔になり、ムゥは一瞬それが自身に向けられた言葉だと気付けなかった。

 ややあって、ようやくテナの質問が己に向けられていると理解したムゥは、口の形を三角形にしながら首を傾げつつ、こう応えた。


「ま、ワタシとて竜族の端くれデスから。異界の一つや二つ、覗く事だって出来マスよ」

「……なら、その竜族の力で、彼女を元の世界に帰せないのか」

「それとこれとは話が別デス。言ったデショウ、滅んだ、と。それをどうこうするのは、竜王様でも無理デスよ。それに、彼女自身……」


 そこまで言いかけて、ハッとして黙り込んだ。わざとらしい笑顔を張り付けて誤摩化そうとするが、テナは険しい視線を送り続ける。

 数分もの間、無言が流れた。テナもムゥも互いに折れず、普通の神経の持ち主なら、一秒たりともこの場に留まる事の出来ない雰囲気が満ちる。そんな中、白矢はスマホのゲームで暇つぶしを開始していたが。

 そして、その無言を先に破ったのは、意外にもテナの方であった。


「……帰せないのは、本当なんだろ。もし帰せたら、もっとそういう話が有る筈だ」

「ええ、そういう事デス。ご理解感謝いたしマスよ」


 緊張が解ける。もし本当に“異客”を故郷へ帰す事が出来るのなら、彼らがこの世に骨を埋める事も無かっただろう。竜族にそんな力が有ったのならば、この世界の有り様はもっと別の物になっていただろう。テナは、そう納得したのだ。

 同時に、白矢が長い耳を少しピクピクと動かした。遅れて、彼の視線が部屋の扉の方へ向けられた。ひたすらにソリティアを繰り返していた手を止め、スマホを仕舞う。

 ガチャリ、とドアノブが回された。その音で、テナとムゥも白矢と同様に扉に目を向ける。やがて開かれたドアの向こうから、遠慮がちに立つ錦野唯華の姿が現れた。


「あの、落ち着きました。なので、話の続きをしたいです」




 唯華が寝かせられていた部屋よりも広い、しかし全体的に寂しいふうな部屋。広さに見合うだけの家具が無い所為でか、どうにも寂しく感じられる。埃の被った一つのテーブルを囲む様に、バラバラのソファや椅子が三つ置かれていて、今テナが四つ目の椅子をどこかの部屋から持って来た所だ。

 テナは椅子を置き、軽く埃を払う。それで舞い上がった塵を吸ってしまったらしい白矢が、ゲホゲホと苦しそうに数度咳をした。そんな白矢を少し怖く思いながら、唯華はおずおずと椅子に座ると、ぐるりと机を囲む三者の顔を見渡す。

 右手側のソファにもたれる痩身のエルフは、既に唯華に鋭い視線を送る事すらせず、どこか明後日の方向を見上げている。左手側に置かれた椅子には、猫背で座る首輪付きの“神”。その赤い眼は、何故だかこちらに向けられ続けている。対面側の長椅子に腰掛けるのは、銀髪糸目の竜族。

 不思議と、彼らが人外である事にさほど恐れは抱かなかった。寧ろ、これまで想像上の存在でしかなかった憧れが、間近までやって来てくれたような気がして、緊張と期待が綯い交ぜになった感情を抑え切れずに居る。

 とはいえ、白矢がなんだか怖いのは変わらないし、ムゥの得体が知れたわけでもないのだが。


「それで、なんですけど。どうしても、役所に届け出するのは駄目なのですか?」

「ワタシとしては、止めて頂きたいデスね。ま、言って聞かないなら、ワタシは強硬手段をとりマスが」


 相変わらずどこまでも茶化すような声音だが、その顔から一瞬完全に笑みが消えたのを見て、唯華も、これは冗談ではない、と理解した。

 ちゃらり、とテナの枷にぶら下がる鎖が鳴る音がし、彼の目が険しく歪められ、ムゥの方へ向けられた。彼は牽制するような視線を投げながら、唯華を庇う様に軽く腕を上げる。

 しかし唯華は、ムゥに対して頷いた。テナの無表情が彼女に振り返り、じっと見つめて来る。それに少し居心地の悪さを感じながらも、唯華は口を開く。


「……分かりました。その方が皆の為だってのは、理解出来てますから」

「一番はアナタの為でもあるのデスがね。ま、良いデス。ご理解、ご協力に、心からの感謝を」

「そんな顔で言われても、説得力が無いですよ……」


 そんな顔、それは即ち口を三日月のような形にした浅薄な笑顔。悪巧みをしているそれにも見えて、『心からの感謝を』等と言われても全く一致しない。

 唯華の皮肉にも、ムゥはへらへらと笑うばかりだった。気を悪くしたふうでもなく、わけの分からなさが心地悪い。


「……安心して。少なくとも、オレはユイカの味方」


 赤い片目を向けて、表裏の感じられない優しい声をかけてくるのは、無表情なままのテナ。その無表情さと謎首輪が有っても、この三名の中では一番信用出来そうだ、と唯華は思った。


「えっと、わたしは暫くはここに隠れ住まわせて頂く……という事、でしたっけ?」

「ええ、そうなりマス。当面の生活費は、ワタシが支援しマスので、ご安心を。ああ、気負わないでくだサイね、ワタシがアナタにやろうとしている事は、実質軟禁のような物なのデスから」

「……不自由は、なるべくさせない。オレが頑張る」

「ケッ、毒喰らわば皿までだ。隠すのくらいは手伝ってやる」


 眉間に皺を寄せながらも、白矢も協力する事を明言する。自身の置かれた状況を理解しつつ、唯華はほんの少し安堵する事が出来た。少し息を吐き、次に話す言葉を練り上げて口を開く。


「わたしを助けてくれて、ありがとうございました。それと、親切にしてくれて。

 まだまだ沢山手をかけさせる事になると思いますが、よろしくお願いします。いつか、この恩は返しますから」


 深く頭を下げる。下げた頭の上で、彼らがそれぞれ微妙に表情を動かした、そんな気配がした。それぞれ、一抹の満足感を、一握の慈しみを、一片の同情を、その顔に紛れさせていた。


 この日、錦野唯華は新たな生を選んだ。

 帰れない、もう戻れない旅路を、時折振り返りながらも、ゆっくりと進む道を。

 同時に、危うい均衡を保っていた様々が、彼女という一滴の雫を受けて揺れ動き始める。そして訪れる変遷は、善きものなのかそれとも。

一章はここまでです。

続きもどうかゆっくりお待ちください。

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