表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第七章・浮き世と正夢
59/82

第四十八話・罰は冥々の裡に


 意外にも、竜族には『王』が居るらしい。竜王、と呼ばれるその存在は、しかし姿を現す事は一切無い。

 竜の王らしい役割を果たしているのは旧竜だし、そもそも彼らは王なんていう拠り所が必要な程弱くない。だが、竜に聞けば皆一様に竜王の存在を認める為、実在はしているのだろう、と結論付けられている。

 この竜王は、一説によれば、アルシード上に存在する総ての“意志”の根底に横たわる超巨大な魂である、とされている。その肉体はこの惑星そのもので、同時に想像も出来ない程高レベルな意識の持ち主である故に、人間とのコンタクトが取れないのだ、と。竜は、そんな竜王に代わって他と接触するための端末である、なんて話も有るが、真偽の程は不明だ。




 次に意識が明瞭になった時には、ムゥはふかふかの寝台の上に横たえられていた。弾かれる様にして頭を上げ、羽根を広げながら警戒心を露に辺りを見渡す。

 そこは、大きな寝台と椅子と机、それからいくつかの棚が有る、かなり豪奢な内装の部屋の中であった。窓からは暖かそうな陽光が差し込み、彼の尻尾を暖めている。辺りに敵性の気配は存在しなかったが、また知らない所に連れて来られた事に、軽くパニックになりかける。

 しかし、すぐにそれは収まった。何故ならば、Bレイヤーを通じて、他の同胞たちの存在を感じ取る事が出来たからだ。同時に、自由が利かなかった全てのレイヤーが、完全に自身の制御下に戻っている事に気付く。助かった、と彼はか細く鳴き声を上げた。


(助かった、わたしは助かったんだ)


 歓喜やら安心やらぶり返す恐怖やらが混ざり合い滅茶苦茶になった感情を、吐息に乗せて発散するかの様に深く深く太息を吐いた。安らかに目を閉じ、ぼふりと柔らかな寝台に沈み込む。

 ここが何処なのか、一体何が起きたのか、この際そんな事はどうでも良い。ただ、この安穏をひたすら味わっていたかった。

 しかし、俯せに横たわった瞬間、ふっと全身の感覚が消滅してしまった。彼は嗄れきった喉で、がらがらの悲鳴を上げる。チェーンソーの幻聴と、切断された脚が持ち去られて行く幻覚までもが発生し、それをどうにか打ち払おうとするかのように、彼はこの建物全体に響き渡りそうな程に慟哭した。


「わわっ、何々!?」

「え、ええーと、ううーんと、この部屋からだっ!」


 部屋のすぐ外から、どこかで聞いたような声での会話が届いたかと思うと、バタンと大きな音を立てて部屋に二つの人影が雪崩れ込んで来た。同時に魔法の気配がして、自身のWレイヤーに対して干渉をしてくる。

 最初はその干渉すらも恐ろしくて仕方なかったが、それによって荒ぶる感情がゼロに均されると、あれ程心をかき乱していた恐怖が嘘の様に消えてしまった。落ち着いたムゥは、ぽかんと目を見開きながら、現れた人影に視線を映す。


「や、やっぱ……あ、あんな酷い事、されたんだもんね……」

「無理もない。……わたしも、本格的に人間が嫌いになりそうだ」


 銘々に何か言うその二人は、いつか彼に接触して来た二人組の竜、ヤァとキュゥであった。二人はムゥの枕元へと歩み寄りつつ、思念波を送って来る。一つ一つ順序立てて、ムゥの身に起きた全てを説明する為に。


『久しぶり。ええっと、まずは状況の説明ね。

 まず、きみはぼくたちによって保護された。旧竜の方たちがやってくれたんだ。もうきみは二度とあの人間どもに捕まる事は無いから、安心して。

 怪我は旧竜の人が治してくれたみたい。Sやそれに類するものだけ、だけど……記憶に起因する心の傷ってのは、魔法じゃ治せないんだ。

 記憶ってのは、いわば精神の形状の変化なんだよね。魔法は、その形がおかしくなった所為で発生する不具合は治せるけど、おかしくなった形を正常に戻す事は出来ない。元の正常な形ってのがどんなもんなのか分からないし、下手すると精神を崩壊させてしまう危険性も有るからね。

 というか、Wレイヤーに干渉する魔法自体、かなり取り扱い注意なんだけどね……下手すりゃ、アッパーとかダウナーとか、そういうクスリ代わりに出来ちゃうわけだし』


 今出来るのは気休め程度だ、と言いながら、ヤァはムゥの額を撫でつつ、短く詠唱をした。その効果によって、不安に揺れる心が沈静化されるのを感じながら、同時に感情の触れ幅が大きく減少していく事を自覚する。彼が語っているのはこういう事なのだろうか、とムゥは思った。


『それで……きみが生まれた時から続いていた戦争は、先日終わりを告げた。竜族が終わらせたんだ。結構強引になっちゃったけどね。旧竜や古竜の皆が本気で人間どもを脅しつけたから、暫くは安全が続くと思う。

 で、きみの身柄は、古竜のシィって人に引き渡される手筈になっている。シィさんは結構古い竜で、ぼくやキュゥちゃんもシィさんに育てられたんだ。今は忙しくしてるけど、その内ここにも来る事になってる。

 後は、ええと……そう、“王権”についてだ』


 次々と押し込まれる情報に、少し付いて行けなくなる気分になるが、自分でも驚く程の平静に保たれている精神は、それらを難なく咀嚼していった。そんな中、“王権”という固有名詞を捉えた事で、静かだった心の水面がざわりと波打ち出す。


『あれは、大昔の文献と“異客”の持ち込んだ発想を、人間が組み合わせて作り上げた、新型の外道魔術、って所かな。おぞましいけれど、良く出来たものだよ。

 大分早い段階で術式を無力化出来たから、“王権”の植え付けは不完全で済んだ。まぁ、不完全にとはいえ、使える様になってしまった、って事でもあるんだけど。

 ぼくたちの仕様上、一度得た力を剥奪する事は出来ない。だから、打てる手は何も無い……みだりに使ったりしないでね。

 ふぅ、これで伝える事は全部だ。まだ色々バタバタとしてるから、暫くはここで。ぼくたちはまだ他にやる事が一杯有るから、またね、ムーンシュレルトーラ』


 そこで、絶え間なく送られて来た思念がふつりと途絶えた。とにかく量が多かったので、結構時間が掛かった様に思えたが、実際にはほんの十数秒程しか経っていなかった事に、少し驚愕する。

 そんな驚きに軽く瞠目していると、ヤァはキュゥへと目線で合図をし、そのまま彼女の手を取って部屋を出て行ってしまった。また一人で残されたムゥは、何時からかずっと頭の芯に突っ掛かっている『何か』に意識を向ける。

 彼は、その『何か』の正体に見当が付いていた。それこそが“王権”、竜王の力の一片。同時に、ベェやヤァたちに呼ばれたフルネームに違和感を覚え、少しの思案を経て、成る程名前が付け足されたのか、と合点した。

 あのおぞましい記憶も、植え付けられた“王権”も、消えない傷痕として今後彼の身に刻まれ続ける。何故人間たちはこんな事をしたのか、……何故、自分がこんな理不尽な仕打ちを受けなければならないのか、全く分からない。


(……怖い)


 感情を思考からこそぎ落としながら、事実を反芻する。戦争のまっただ中に生まれてしまった不運と、まず自衛する為の力を身に付けようとしなかった愚暗、旧き叡智と“異客”の発想が出会ってしまった因果、そして人間に目を付けられてしまった不幸を、ただ呪う。

 恐怖をそのままに湧き上がらせておけば、また発狂してしまうのは目に見えていた。故に、彼は殺し切れないその感情を呪いへと注ぐ。呪詛は恐怖を憎悪と嫌悪に変換し、彼に活力を与えた。


(憎い。嫌い。ニンゲンが、憎い。“客”は、嫌い)


 与えられた力で以て、恐怖を全て覆い隠す。刻まれた傷口から膿の様に溢れ出す恐怖を、憎悪と嫌悪で包み込み見えなくしてしまう。そして出来上がった醜悪な貌は、人間を心から蔑むものであった。

 目を細め、口元を歪め、そして嗤う。人間を嫌悪し“異客”を憎悪する、およそ健全とは言い難い感情であったが、彼はもうそれに縋る事でしか正気を保てなかったのだ。




 シィの元に保護されたムゥは、数年を掛けて人語を学び、同時に人間の常識を知った。その最中、シィは早々にムゥの抱く異常な憎しみに気付き、さりげなくそれを解消しようと様々な手を打って来たが、どれも彼の心を癒すには至らなかった。

 また、人語を知り、人間のあれこれをおおよそ学び終えた後になっても、彼は人語を話す事は出来ず人型を取る事も出来なかった。人間に関するモノ全てに、根源的な嫌悪を抱いてしまっていたからだ。

 しかし彼は一生人間とは関わらないつもりだったので、別にそれを解決しようとはしていなかった。だが、シィが執拗なまでにその解消に努めたお陰で、十歳になる頃には何とか人型を取り、不自然な発音ながらも大体の人語を話せる様になった。また、だだ漏れだった人間に対する殺意等を、水面下に沈めておく術なんかも身に付けさせられた。


「どんなにキミが人間を嫌おうと、向こうから近づいて来るのをはね除け続ける事は出来ないと思うよ。そういう時に言葉が通じないと、傷つくのはキミの方だと思うんだけどなぁ」


 シィがそんな事を言っていたのが、印象的に耳に残っている。その言葉を受け、確かに言葉が通じないと罵倒も出来ないな、と思って、そこから熱心に人語を学び始めたのだ。同胞との意志疎通も、思念をぶつけ合うより言葉を交わし合った方がスマートだと気付いたので、そこからは早かった。


 人型を取れる様になった後には、彼はシィによって彼方此方に連れ回された。行きたくもない所にばっかり行かされて、面倒くさい事この上無し、とまで思う程だったが、その中でいくつか興味深い物も見れた記憶も有る。

 例えば、“禍神”という邪神を封じるエルフの一族、風上。シィはその封印の守護者であるらしく、生け贄の役割である“御柱”の女性と、少し会話を交わした事が一度だけ有る。連れて来たシィに促されて、軽く自己紹介した程度だが。

 その“御柱”は、何とも幸せそうな顔をしていた。何でも近々結婚するという事であったらしく、聞いてもいないのに惚気話を聞かされまくった思い出が有る。正直うざかったが、風上という姓に課せられた宿命に少し同情していた事も有ったので、彼はその女性に明確な敵意を向ける事はしなかった。

 それから、ムゥに降り掛かった物とはまた別の陰謀により封じられた、“人の死”の“意志”。“禍神”の封印を利用されてしまったらしく、こちらの解決にはあと何十年も掛かるだろう、とシィは溜め息を吐いていた。

 Sレイヤー部分だけは完璧に再現された人造人間に、肉体を持たない“意志”のWレイヤー構造体を引っ張り込み、それにチェインしているFレイヤーの“死”を操れる様にする。人間にしてはよく考えたシステムだ、とムゥは感心した。

 封じられた“死神”は、何とも無口な奴であった。元々コミュニケーション機能を具えていないのだから、当然ではあるのだが。シィがしつこく話しかけていると時折反応を返す事も有ったが、それだけだ。故に、ムゥがその“死神”と言葉を交わす事は、ついぞ無かった。




 やがてムゥも成熟し、シィの元から独り立ちをする。そうして煩わしい親鳥の元を離れた彼は、数十年もの間空虚な日々を過ごした。

 シィの元に居た時は、ちょくちょく彼方此方に連れ出され、人間や様々な“異客”、世界中で暮らす数多の同胞たちに会いに行かさせられていた。だが、一人になった後は、それも無くなったのだ。

 情動を抱く事も無く世界を彷徨い、感動する事も無く世界を見下ろす。このまま自分は詰まらない一生を過ごして、百とちょっとの年だけを生きて消えるのだろう、とずっと思っていた。

 “王権”で何か面白い事が出来ないだろうか、等と考えた時も有ったが、特に普通以上の事は出来そうになかったので、止めた。植え付けられたそれは、竜の秘める力の全てを彼に与えたが、彼の技量で扱えるのはほんの一握りの部分に限られていたのだ。

 竜を統べる権限の方も、全霊を以てどうにか命令を一つ聞かせられるといった程度であった。使い様によっては大きな事が成せるのかもしれないが、同胞に致命的な不利益を生みかねないこれは、彼の中で永久に封印する事にした。

 人間に刻まれた傷はただ深く、彼に何の益も与えない。その事実は、彼に恐怖からくる物ではない憎悪を湧き上がらさせた。どす黒い悪意ばかりが溢れ出し、彼の見る全てを染め上げる。

 そんな色の無い彼の世界における、唯一と言って良い娯楽は、“異客”殺しであった。

 異世界からの漂流者である“異客”の中には、アルシードに仇するモノも少なからず存在する。それでも多くの竜は彼らとも穏健に接し、それでもこちらの世界への被害が免れられないと判断した時にだけ、殺害等の手段で対処する。だがムゥは“異客”の人格すらも一切認めず、過激な手で以て始末した。

 見た目からして凶悪な“客”は、発見次第即抹殺。常識や文化の違いにより法を犯してしまった者も、例えそれが死罪に値しなかろうが殺してしまう。時折それに感謝され、金銭での礼を支払われる事も有ったので、彼は更に積極的に“客”を殺した。流石に、何の落ち度も無い普通の“客”を殺すのは、同胞に文句を言われるので控えたが、かといって手助けする事もしなかった。

 人間を不注意に殺すと、色々と面倒が起きる。だが、“客”はそうではない。いくらでも殺した理由を後付け出来る。そんな、何とも好都合な娯楽で、彼はやっと己の虚を埋める事に成功したのだ。

 “異客”を憎み、人間を嫌う。自我も不完全なままだった彼は、手っ取り早く得られるこの悪意たちによって、どうにか自身を確立させた。その行動は、何にも勝る自己保身と言えるのかもしれない。




 あの時起きた“異触”──正確には微妙に違うのだが──の時も、流れ着いた“客”を殺してやろうと思って、烏山に訪れたのだ。だが、厄介な邪魔者が居た上、その“客”の特殊過ぎる出自が明らかになった事により、その思惑は潰えた。

 “死神”に保護された彼女を見た瞬間、彼はその正体を悟る事が出来た。彼女は“テルニア”、敬意を払って迎えなければならない客人。如何なる理由が有っても、それは殺してはならない相手。“客”が目の前に居るのに殺せないのは不満だったが、“テルニア”殺しの禁忌を犯す程の勇気は彼には無かった。

 “客”は、自身を錦野唯華と名乗った。その様子から、彼女は己の正体を自覚していないのだろう、と彼は考えた。さっさと教えてやっても良かったが、彼は何となくそれを思いとどまった。

 悶着の後、彼は他の目撃者たちと共に、この何も知らない“テルニア”の娘を保護する事になった。彼女は、ムゥの奇妙な態度に疑問を覚えるふうをしながらも、感謝と共に頭を下げた。

 唯華も、彼から滲み出る強烈な悪意には薄々気付いていたのだろう。それなのに、彼女は悪意で返す事なぞせず、それどころか善意で以て返したのだ。

 それによって、いつか折を見て殺してやろう、と思っていた心は、それでほぼ完全に失せてしまった。馬鹿らしい、と思ったのだ。こんな善人を殺して喜ぶより、他のどうでも良い“客”に刃を向けた方がよっぽど有意義だ、と。

 ムゥは、唯華に人格を認めていた。彼は初めて、同胞でない存在を意志あるものとして扱ったのだ。相変わらず“客”も人間も嫌いだったが、唯華だけは保護する価値が有る、と思い始めていたのだ。

 “テルニア”であるという事を差し引いても、彼女はムゥにとって価値ある存在であった。一先ず自分の状況を受け入れる事の出来る精神力が有り、自身の待遇を更に改善しようとする行動力も有る。

 それに、可能な限り他を救ってみせようとする気概、同時に出来ない事は出来ないと割り切れる心。見た目も醜悪でないし、寧ろ良く感情を反映して変化する顔は自分の好みである。そんな、様々な魅力を持つ彼女に好意を向けられて、悪い気がするわけが無い。

 何時しか、“テルニア”だから保護していただけだった筈なのに、ムゥは心から唯華に惹かれていた。他の者が彼女に恋慕している事や、彼女が遅々としてこちらの想いに応えない事に、はっきりとした不快感を覚える程度には。

 だが、その愛情を自覚する度、自分の中にこびり付いた憎しみが疼く。発作的に生じた恐怖を憎悪に換えようとする度、自身の中で息づく思慕に苛まれる。解く事の出来ない矛盾が、ずうっと彼の中に存在していた。




 だから彼は、その矛盾を丸ごと全て思考の水面下に放り込んでしまっていた。だが、その水面にも限界が有った様で、変換し切れなかった恐怖と消えない憎悪がその頭角を示してくる。

 そうして、意識の外に押し込み切れなくなった感情が、何とも醜悪な姿を伴って顕現し、ムゥの身体を突き動かし始めた。理性でそれを制御しようとしても、いつか“ネームレス”に告げられた言葉が阻害する。


『だから、無理にひた隠しにしたり押し殺す必要は無いと思うぜ』


 彼女の言う通りだ。自分に嘘を吐き続けても、苦しいだけ。そう結論付けたムゥは、漸く辿り着いた唯華の部屋の扉を、尻尾で器用に開け放った。しながら、暗澹たる心持ちのままに口元を吊り上げる。

 種は芽吹いた。落剥が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ