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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第七章・浮き世と正夢
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第四十七話・狂信者の奏でた音色


 人類が認識している旧竜は、“ネームレス”、ラァ、ゾォ、以上の三柱だけだが、実際にはもっと多くの旧竜が存在しているのではないか、と言われる事も有る。

 彼らはその気になれば、簡単に人の手が及ばない所に隠れてしまう事が出来る。普通の竜であっても、誕生してから何百年と経って、初めて人間に発見された、なんてケースも有るのだ。有史以前から隠れ続け、そのまま発見もされずにいる旧竜が居てもおかしくはない。

 とはいえ、あくまで『居てもおかしくはない』程度であり、第四の旧竜が実在するという証拠は、何一つ存在しない。時折、竜たちはその存在を匂わせているような気がする言動をするが、それだけだ。

 この幻の旧竜という物は、オカルトマニアたちによって様々な推測がなされたり、またよく創作の題材にもなっている。人間界に姿を現さず、隠され続けているその旧き竜とは、一体如何なる存在なのか、と。その謎は、絶えず人々を惹き付けている。




 一体どれ程の時間が経ったのか、ムゥにはよく分からない。通常ならJレイヤーを参照出来るから、何時でも何処でも正確な時間を把握する事が出来るのだが、施された魔術によって、今はそれすらも不可能になっていた。

 角と羽根と四肢を奪われた状態で、魔法の産物らしい光の帯に拘束され、杖を持った人間たちが代わる代わるに唱える呪文を聞き続ける。苦痛も不快感も何も感じない事に、彼は吐き気を覚えていた。

 最初はこれから発動されようとしている術式の解析を試みていたが、今はそれについて思案を巡らせるのも気怠い。帯の戒めにより、思考能力すらも奪われているようだった。同胞の気配が一切感じられないのが、酷く心細い。自分の身にこれから何が起きるのか全く分からないのが、甚く恐ろしい。

 自分は殺されてしまうのだろうか。まだ、彼は何も為せていない。何一つ成せてもいない。死にたくない、まだまだ生きたい。

 幾度目か、そんな強い望みを抱いた、その時であった。


「……? ねぇ、何か変な感じしない?」

「え? む……確かに」


 人間たちが、何やらきょろきょろとしながら、怪訝げな声音で言葉を交わした。呪文とは違う響きのそれに、ムゥは薄く目を開ける。すると、丁度人間たちがバタバタと倒れてゆく場面を視界に収める事が出来た。


(な、何……?)


 全ての人間が倒れ込んだ所で、部屋に異質な足音が響き渡った。それは二種類有り、片方はぺたぺたという裸足で歩くような音、もう片方は普通の物と思わしき間隔の短い靴音。その足音の主たちは、やがて彼の前に姿を現す。


「……見つけた」


 現れたのは、頭に布をぐるぐる巻きにした長身の女性と、目立つ水色の髪を持つエルフの少年の姿。それを一目見ただけで、ムゥはすぐに二人の正体が竜である事を悟る事が出来た。同時に、その声を聞いた瞬間、彼の心は希望に満ち溢れた。助けが来たのだ。


「ひ、酷い……うっぷ」

「ちょっと、人間の事嫌いになりそう……ね、あなた、わたしたちの喋ってる事は分かる?」


 女性の方の台詞のイントネーションから、自分に質問をぶつけているらしいという事は分かったが、肝心のその質問の内容等は全く分からなかった。暫く目を困った様にぱちくりとさせていると、少年がちらりと女性へと目配せしつつ、短く息を吐く。


『思念は伝わるかな? Bネットワークは大幅に制限されてるけど、Sレイヤー上での距離がこれだけ近ければ……』

『し、ね、ん』

『よし、伝わる様だね。良かった』


 その思念波を伝えて来たのは、少年の方であるようだった。ムゥがそれを理解する事が出来るのをみとめると、彼は怒濤の勢いで無数の情報を流し込んでくる。


『ぼくはヤァ、ヤースロムフルレイト。こっちはキュゥ、キューブレールナコフム。今日はきみに連絡をしに来たんだ。

 まず、きみが置かれている状況だけど……あの人間たちは、生まれたてで自衛手段の無い幼い竜を捕まえて、それに“王権”を植え付けて利用する術式を実行しようとしていたみたいだ。

 今の術式の進行度だと、“王権”の植え付け自体はもう止められそうにない。だけど、その他はいくらでも阻害出来る。あの人間たちに気付かれない様に、ちょちょっと術式を改ざんしてしまうんだ』


 絶え間なく思念を送りながら、ヤァと名乗った少年は床の紋様に手を触れる。彼はまずその紋様のいくつかを擦って消してしまうと、別の紋様をすらすらと描き足し、その上から幻影の魔法を被せ、その改ざんを覆い隠してしまった。

 その一連の所作を見守りながら、ムゥは思案を巡らす。“王権”。それは、竜ならば誰もが知っているものだ。竜王を王たらしめる絶対の力、竜を統制し世界を支配する権限。アルシードの管理者権限とも呼べる代物だ。

 それは確かに強大な物だが、人間にはその存在すら知られていない筈なのに何故、自分にそんな力を植え付けてどうするのだ、等々、様々な疑問が浮かび上がって交錯する。

 ムゥの困惑はきっと伝わっているだろうに、ヤァは淡々と連絡を続ける。あまり悠長に話をする時間は無いのだろうと、キュゥと呼ばれた方が険しい目つきで辺りを警戒している事から察した。


『今すぐきみを助けたいのは山々だけど、きみがここから逃げ出した事が人間にバレると、色々と厄介な事になる。ぼくたちが接触した事も隠さないとならないから、治療も出来ない。

 色々戸惑ってるだろうけど、その辺は全部終わったらゆっくり話をするよ。だから、今は我慢して大人しく待っていて。すぐに皆で準備を終えて、きみを助けに来るからさ。大丈夫、竜は決して同胞を見捨てたりしない』


 もの凄い勢いで情報を押し込まれた為、少しムゥは混乱するが、すぐにそれを正確に処理し合点する事が出来た。五感からの情報にはまだ不慣れだが、思念で送られてくるものならば、これまでにも散々味わって来ていたから。

 ムゥが恙無く理解出来た事を察したヤァは、少し笑顔になりつつ頷く。


『幼いとはいえ、流石ぼくたちの同胞だね。作戦開始は、今から約20時間後。後もう少しだけ、ここで耐えていてくれ』


 全ての事項を伝え終えた彼は、キュゥに対し声をかけた。彼女は警戒を緩めないまま頷き、ヤァの手を握る。そうして、二人は何処からともなく飛んで来たシャボン玉のようなものに触れ、それが弾けるのと共に姿を消した。

 間もなく、倒れていた人間たちがよろよろと起き上がり始め、一体何が有ったのか、と言わんばかりに言葉を交わし始める。暫く彼らは不審そうにしていたが、やがて杖を構え直すと、呪文の詠唱を再開した。


(“王権”……)


 そんな中、暫く考えた事で、彼は先ほどの疑問の答を見出しつつあった。確か、今は人間同士で戦争をやっていた筈だ。もしかして、その戦争に竜の“王権”を利用しよう、等と考えているのではないか。

 身震いがした。もしこのまま全ての術式が実行されきってしまっていたら、と考えると。恐らく、ヤァが細工をする前の術式には、ムゥを洗脳するなり服従させるなりする魔術も含まれていたのだろう。そうなれば、“王権”が実質的に人間に掌握されてしまう事になる。

 そんな事になったとしても、すぐに竜王が対抗策を施すだろうが、それでも甚大な被害は免れられまい。もしかしたら、竜王が動き出すより早く世界が終わるかもしれない。あまりにも恐ろしい事を平気で成そうとする人間が、ムゥは怖くて仕方なかった。

 ヤァとキュゥは、すぐに助けが来ると言った。20時間、というその時間の長さはよく分からなかったが、そう遠い未来ではないだろう。でも、何だか見捨てられてしまったように思えて、怖い。先ほどまでは、漸く見えた光明によって歓喜に打ち震える程であったが、今はもうその光も恐怖によって塗り潰されてしまった。


(早く、助けに、来て)


 早くここから解放されたい。ヤァの改ざんによって、“王権”が人間の手に落ちる事はなくなったのだとしても、それでも早くこの恐怖から逃れたかった。




 シドイのとある都市。人々が行き交い、戦時とは思えない程穏やかに楽しそうにしているそのど真ん中に、二つの人影が出現した。

 お伽噺に出てくる魔女のような装いをした女性と、何とも耽美的な容姿を持つ金髪碧眼の男性。唐突に現れた非現実的なその姿に、道を行く人々がその足を止め振り返り、俄にざわつき始める。


「主様。時間です、起きてくださいませ」


 しかし、女性のそんな言葉を聞き、男性がその海の色に染まった双眸に意志の光を取り戻した瞬間、辺りの喧噪は幻であったかの様に消え失せた。人々の顔から生気が消えてゆき、目から光が失せる。

 その異変は人々だけではなく、辺りの建物や街路樹、道路を走る車等にまで及んでいる。周辺の全ての“意志”が、彼によって塗り替えられてしまったのだ。


「……今でも、大分抑えているのだがな。それでも、半径数kmは私に染まるか……」


 呟いたその険しげな声すらも蠱惑的だが、最早それを聞く者は、傍らに控える“クイーン”以外には存在しない。少し寂しげに表情を歪める男性、ベェは、本来の高い知性を宿した瞳で、自身の力によって生ける屍と化した人々を見渡す。


「ゾォ、結界を」

「もうやっている。お前の思念波の範囲内は覆った筈だ」

「そうか。流石、仕事が早いな」


 ベェが虚空に向けて呼びかけると同時に、空からゾォの姿が舞い降りて来た。人型の背から生えている半透明なゼラチン質の青い翼を閉じながら、彼は一つのビルを指差す。


「あれの地下が、大きな実験場になっているようだ。ベェたちはそこへ行って、“六つ羽根”の救出に向かってくれ」

「承知した」


 説明をし終えると、ゾォは再び翼を広げて、空へと飛び立ってしまった。それを横目に見送りながら、ベェは目を閉じ深呼吸をする。

 そして、彼の強烈過ぎるテレパシーによって、Wレイヤーの境界線を破壊されてしまった辺りの全てを、ベェがその手で掌握し統制をした。全ての精神を統一し、集中させ、命令する。


『我が雑兵どもよ、剣を手に取れ。そして、我にまつろわぬ者を殺してしまえ』


 その主命が思念波に乗せられて発せられた瞬間、まず人間たちは一斉に武器になりそうな物を探して手に持った。その辺の石や街路樹の枝、バールやハンマー等の工具、分厚い本やシャベル等々。中には、車のハンドルを握り直して応える者もあった。

 武器を手に取った人間たちは、四方八方へ駆け出し始める。そして、ベェの洗脳に抵抗し自我を保っている者を見つけ出し、数の暴力でしばき殺す。車ではね飛ばしたり、銘々の武器で執拗に殴打を繰り返したり。殺された者は、間もなくベェの臣下として生まれ変わり、ボロボロの身体を引きずりながら、生ける屍の列に加わるのだ。

 中には、先ほどゾォの指差したビルの中へ入ってゆく者も居た。彼らは隠された地下階への入り口を見つけ出し、獲物を求めて歓声を上げながら突き進んでゆく。

 自身の配下となった者たちが、忠実に命令に従っているさまを見守りながら、ベェは傍らで虚ろに佇む“クイーン”に声をかける。その声つきには、先ほどまでのそれと比べると、どこかに気遣うような色が含まれていた。


「レゼナ、往くぞ」


 しかし、彼女は応えない。光の失せた翡翠の瞳を、ぼんやりと中空に向けているだけだ。その無反応にベェは眉根を寄せて、どこか自責するような表情を浮かべる。


「……もう、この名では反応しない、か。“クイーン”」

「はい、主様。何か御用でしょうか」

「往くぞ、付いて来い」

「仰せのままに」


 二人はそんな会話をした後、件のビルの入り口を目指して歩き始めた。驚く程に揃った靴音を響かせながら、隠された旧竜とその忠実な従者は進む。




 遠くから響いて来た足音と、呪文を唱えていた人間たちが不安げに交わす会話を聞きながら、漸く助けが来たのだろうか、とムゥは虚ろな意識の中で思った。


「何が起きている……? こんな強力な洗脳魔法、一体誰が……」

「新型の兵器? でも、それにしては何か変よね──ひッ!?」


 壁が破壊される音と共に、人間の悲鳴が上がった。気力を振り絞って目を開き、そちらに顔を向けると、壊れた壁の穴をくぐり抜けて来る二つの人影を視認する事が出来た。片方は同胞であると分かったが、もう片方はよく分からない。


「……よくも、私の同胞を」


 人影の一人は、多分に憤怒を伴った声でそう言うと、ゆらり、と片手を手近な人間の頭に当てた。当てられた人間がそれに反応するより早く、掌から衝撃波が発せられ人間の頭が吹き飛ぶ。骨や肉の破片や大量の血飛沫、豆腐の欠片の様なものや潰れた目玉等が壁や床を彩るのを見て、残った人間たちは悲鳴を上げる。

 しかし彼らが逃げ出すより先に、二人は次々と手際良く皆殺しにしてしまった。無惨な死体たちを、まさにゴミを見るような目つきで一瞥した後、同胞と思しき方の人影がムゥに歩み寄って来る。


『初めまして、同胞。私は旧竜ベェ、ベーオーウールクツファム。ムーンシュレルトーラ、貴様を助けに来た』

『たす、け』


 思念波を使って挨拶をしながら、ベェは一言二言何やら唱えた。すると、彼を戒めていた帯が千切れる様にしながら消滅し、切断された四肢や羽根、角等が再生してくる。同時に全身の感覚が復活したので、上手く動かない六つ羽根を弱々しくはためかせて、その場に滞空し始めた。


「レゼナ──いや、“クイーン”。コイツを狭間の世界に。私は新たな臣下たちを、神殿へ連れて行く」

「かしこまりました」


 何かの問答の後、同胞でない、“クイーン”と呼ばれた方がムゥの元に進み出て来て、懐から小さなシャボン玉の様なものを取り出し、それを握りつぶした。すると、辺りの空間が一瞬歪み、そして別の光景へと変化する。

 転送魔法か何かだろうか、と考えながら、ぺたりと柔らかな芝生の地面に降りる。すると、飛び跳ねるような動きで真っ白な髪の少女が駆け寄って来て、彼の前に立ち止まった。


「“ネームレス”様。主様の命によって、ムゥ様をお連れいたしました」

「うん、サンキュ。さて、ならシィやらラァやらに連絡入れないとね……ふーん、コイツが“六つ羽根”ねぇ……まんまじゃないか」


 少女は何やら言いながら、ムゥの身体を抱き上げ運び始めた。自分で飛ぶ体力も殆ど残されていなかったので、大人しく運ばれる。しつつ、本当に助かったのだろうか、これからどうなるのだろうか、不安と恐怖に摩耗しきった思考回路をのろのろと動かしていていると、徐々に意識が不明瞭になっていった。




「さて、と」


 ベェの洗脳から何とか逃れた者も全員殺され、そして生ける屍と化してゆくのを見下ろしながら、ゾォは薄青の翼を羽ばたかさせた。やがて、ベェが無事に“六つ羽根”の救出を終えたのだろう、臣下たちが次々に姿を消してゆく。ベェが彼らを海底神殿へと転送し始めたのだ。


「そろそろ頃合いかね」


 静かに呟きながら、ゾォは透明感の有る青い瞳を彼方の結界へと向けた。それは、滅茶苦茶な強風を範囲内へと向けて吹かせ続けるタイプの結界である。絶対に外には出られないし、近づいたものも引きずり込んで逃さない。

 そんな凶悪な結界の内側から、やがて人の気配が完全に消滅する。ベェや“クイーン”たちが恙無くここから居なくなった事を確認すると、彼は滞空した状態のまま両腕を軽く広げ、そして竜の姿への転変を開始した。

 人と何ら変わりない姿が、膨れ上がる。そして衣服の隙間という隙間から、水色のゼリー状の物体が溢れ出し始めた。皮膚が露になっている部分がゼラチン質になって、その輪郭を膨張させ続ける。

 やがて衣服ごと人型の痕跡が消滅し、ゼリーが半透明の竜の姿を象る。ぷるぷるとした質感を持ち、全身が薄青に透き通っている事を除けば、その姿はオーソドックスな竜のものと言えた。

 何とも涼しげな外観になったゾォは、そこだけやや濃い色になっている目を細めながら、低く響く声で穏やかな旋律を奏で始める。その音色は結界内で反響し、空気をごうごうと振動させる。

 やがて、その呼び声に応えるかの様に、地面が揺れ雨雲が現れ始めた。ゾォは雲の上まで飛び上がり、自身が呼び寄せた災害たちが街を滅ぼし終わるのを待つ。


「……カモフラージュの為に、後二、三くらい街滅ぼした方が良いかな」


 彼は平気で物騒な考えを口に出し、それを実行に移す為の思案を開始する。手頃な都市の位置をリストアップして思い浮かべ、そこからいくつか選択すると、そこにも同じような災害を引き起こす為に声を上げた。

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