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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第七章・浮き世と正夢
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第四十四話・祝いの夜


 この世で最も旧い竜、“ネームレス”。まるで大理石のように白い肌に、硝子を束ねたような白い髪、そして血の紅をそのまま映す透き通る双眸を持つ、何とも不思議な少女の姿をしている竜である。

 どの言語においても、所謂男口調を作って喋るのが特徴だ。常にへらへらとした中身の無い笑顔を浮かべており、実を伴った感情を浮かべる事は滅多に無い。その精神性や人格は、典型的な竜族そのものである。

 そんな彼女の持つ筈の竜の姿は、誰も見た事が無いのだという。空を飛ぶ時も身一つで飛び、力を振るう必要が有る時もシャボン玉のようなものを駆使するだけだ。彼女の竜の姿の正体は、美しいアルビノの竜だとも、あのシャボン玉のような球体の集合体だとも、様々に推測されている。

 また、本人曰く、彼女はこのアルシードという惑星が始まった時から生きているらしい。その割には大昔の事についてあまり語らない辺り、実際はそこまででは無いのではないか、と言われている。

 とはいえ一番の年長である事は間違いないらしく、ラァやゾォにも敬意を払われている。広大な視野とその深識、そして竜族最強の名を恣とするだけの強大な力を以て、彼女は竜の長として長年君臨してきている。

 だが彼女は、五十年前の“大惨事”以降、ふつりとその行方をくらませていた。全く表舞台へ露出をしなくなったので、死亡説がまことしやかに囁かれる程であった。

 だが、つい最近臼木皇国で発生した、大規模な“異触”災害。これの鎮圧の際、彼女は五十年の沈黙を破って再びその姿を人々の前に現した。消える前と何ら変わらぬ浅薄な笑顔と、どこか窶れたような雰囲気を纏って。




「おい、バレてねーだろうな」

「……現状、は。だが、今日は……ユイカ、何だか……様子が、おかしかった」

「それはどういう風になのデス?」

「ずっと、上の空……怪しまれている、のかも……」


 テナに白矢、それからムゥの三人が、顔を突き合わせて会話をしている。テナが唯華の観察結果を報告すると、ムゥは少し頭を捻らせた後、短く溜め息を吐いてこう言った。


「ま、バレていたとしても、記憶操作とかはしたくないデスしね。それに、この時間帯はユイカサンは地上には居ないのデショウ?」

「……ああ。夕刻には、ユイカは……部屋に籠るか、地下室。今日は、地下……部屋に、書き置きも用意した……」

「なら、問題は無いデショウ。それに上の空という事は、注意力も散漫になっていると思われマスしね」

「僕が話しかけても、なーんか生返事だったしな……」


 そんな会話と共に、互いに牽制し合うような視線を交わしながら、彼らは扉の方をねめつける。その向こうから、待ち人の足音が聞こえてくるのを、今か今かと待ち構えて。




(今日って、何か有りましたっけ)


 くきりと首を傾げながら、唯華は緩慢な所作で廊下を歩いていた。テナのある意味個性的な筆跡──要するに汚い字──の書き置きに有った様に、いつも皆で集まる為の部屋へ向かう為に。

 『あつまるへやでまっている』、そう書かれていた。漢字を読む事は出来ても書く事は出来ないらしく、ひらがなばかりで慣れていないと解読するのにちょっと手間取る程度に崩れているこの文字は、間違いなくテナの物だ。署名は無かったが、唯華には確信出来る。

 そういえばこのところ、彼に限らずムゥや白矢も不審な挙動をする事が目立っていたな、と思い出す。今回のこれも、その一環なのだろうか。

 などなど様々考えている内に、唯華は件の部屋の扉の前に辿り着いていた。妙な静けさを感じながら、彼女はそのノブに手をかけ捻る。


「何の用事ですか、テナさ──」


 入室しながら発したその台詞は、突如として響いたクラッカーのような音によって遮られた。同時に、彼女の周囲にいくつも花火を模した幻影が形成される。先ほどの音はその幻影の出現に伴われる物だったのだ、と悟ると同時に、バラバラな三つの声が耳に届いた。


「誕生日、おめでとうございマス、ユイカサン」

「……おめでとう、ユイカ」

「ゆ、ゆ、唯華……た、誕生日おめでとうっ! ああもう、言ったぞ、言ったからな!」


 突然の事に、唯華は呆然としてしまう。何やら飾り付けられた室内に、机の上に並べられた、沢山の豪華な料理。18本の蝋燭が立てられたケーキのチョコプレートには、唯華の名前がひらがなで書き込まれている。

 呆気にとられた彼女の前に歩み寄ってくる三人は、皆パーティー用のあの三角帽子を頭に乗せていた。そこまで認識した所で、彼女は漸く今日が十月十九日、自身の誕生日当日である事を思い出した。


「……お、覚えててくれたのですか……?」


 正直自分でも忘れていたのに、彼らが覚えていてくれるだなんて思わなかった。一ヶ月前ぽろりと零しただけの台詞を、ずっと忘れないでいてくれたのだろうか。

 驚きのあまり目をまん丸にしていると、やがてまずテナが進み出て来た。今日のTシャツは『素水』、確か真水という意味だっただろうか。そうして唯華の目の前に来た彼は、後ろ手に隠し持っていた物を彼女に差し出す。その掌の上に有ったのは、一つの髪結い紐であった。


「……オレからの、プレゼント。付けて、あげる……」


 黒に赤のあしらいが添えられたその紐を、彼は一旦握り込むと、唯華の背後へと回った。そうして彼は一旦唯華のサイドテールを解き、そのまま器用に結い直す。

 先ほどまで使っていた方の紐をテナから受け取りながら、次に進み出てくる白矢の方へ視線を移す。彼はやや乱暴に唯華の右腕を取ると、わりかしシンプルな、しかし表面に複雑な紋様の刻まれた金属製のアームレットを取り出し、彼女の上腕部に填めさせた。


「ぼ、僕からの誕生日プレゼントだ。わざわざこの僕が手作りしてやったんだからな、感謝しろよ!」


 ひんやりとした金属の感触を味わいながら、唯華は最後にムゥが進み出てくるのをみとめた。彼のその両腕には、大きなクマのぬいぐるみが抱えられている。


「ワタシからはこちらを。アナタの趣味に合うかは分かりマセンが、アナタにも少しくらいはこういった私物が有った方が良いデショウ」


 手触りの良いそのぬいぐるみを受け取りながら、唯華は今一度瞬きをした。すると、眦に溜まっていた涙が頬を伝った。彼女がいきなり泣き出したのに、テナが慌てた様に声を上げる。


「そ、その……嫌だった、か?」

「そんな事有りません! ただ、とても……とっても、嬉しくて……ちょっと、嬉し涙が……」


 不意打ちだった。テーブルの上に置かれた料理たちや、渡されたプレゼントたちは、一日やそこらで準備出来る物ではないだろう。前々からこっそりと準備し続けて来たのだろうか、このところ妙な行動が目立ったのはその為だったのか、等と思索を巡らせるうちに、自ずと涙が零れてしまったのだ。

 目を擦りながら、改めて三人に向き直る。大切な友人たち、大好きな人外たち。ただ人外だからというだけではなく、彼らのこういう面にも自分は惹かれているのだな、と彼女は自覚した。


「本当に、ありがとうございます。嬉しいです……誕生日を祝ってもらえるだなんて……」


 何だか、感慨深くなってしまう。あの日、“異触”に巻き込まれて地割れの中へ落ちて行った時、彼女は死を覚悟していた。だが、如何なる偶然か彼女は生き延び、18歳の誕生日を迎えるに至っている。そしてその日を、こうして異界の住人たちに祝ってもらう──なんて不思議なのだろう。


「そんなの、当たり前だろ。と、友達、の誕生日祝うのは……当然の事だしよ」

「エエ。今宵はアナタの為の宴デス、思いっきり楽しんでくだサイな」


 そんな台詞をかけられながら手を引かれ、そうして席に着く。終始、唯華は頬が綻びっぱなしであった。




 並んでいた品々が全て皆の胃の中に収まり、ムゥが買って来ていた誕生日ケーキも半分食べ、残りは冷蔵庫に仕舞っておいて明日食べよう、という事になった所で、唯華はお腹を擦った。彼女が好きな物ばかり並んでいたので、少し食べ過ぎてしまったかもしれない。

 今は、飲み物やお菓子等をつまみながら、だらだらと過ごしている。たまには食後の気怠さに身を任せ、ぐうたらに過ごすのも悪くない。年に一度の自分の誕生日なのだ、少しくらいは気を抜いたっていいだろう。


「……大体、ユイカはいつも……オレに心配を、かけ過ぎ……この前も、片手をぼろぼろにして帰って来た時……オレがどれだけ、肝を冷やしたか……」

「うはははは! 全く、その通りだな! 僕を助けるためだからって、片手使えなくしてどーすんだっつー話だよ! あっはははは!」

「結果オーライだったから良いじゃないですか。ていうか、皆さん、すごく酔っ払ってますよね……?」


 ムゥがアルコール類も買って来ていたようで、男性陣は銘々にそれらを飲んでいる。もう大分酔いが回っているようで、主に白矢の言動が普段と変わり始めていた。

 彼は笑い上戸であったようで、普段の無愛想さからは想像も出来ない程の大笑いをしていた。テナも普段より大分饒舌になっているし、顔もほんのり赤く染まっている。ムゥの変化は良く分からず、普段通りに見えるのだが、やはり竜族だから強いのだろうか。

 以前、色々唯華がやらかした事をまだぐちぐち言われるのはちょっと疲れるが、酔っ払ってる相手に真面目に反論したって意味が無いので、適当に受け流しておく。そうしていると、白矢がまた一口缶から酒を飲み、そうしながらまた笑い始めた。


「わははっ、酔っ払ってない、酔っ払ってないぞォ……ひっく、あの露出狂古竜に散々脅されてたろうによ! うぇっ、それでも立ち向かうとか、バカじゃねーの! グワハハ!」

「Albae et asparagiを支持するのは些か不愉快デスが、それにはワタシも同意デスねぇ。本当、ユイカサンは自分の命を軽視し過ぎデス。アナタが死ねば、悲しむ人が大勢居るのデスよ」

「わざわざテルン語で言う必要ねーだろ……」


 性格が変わる程酔いが回ってる状態なのに、外国語を聞き取ってすぐにその意味を理解出来る白矢は、やはり言語に相当通じているのだろう。翻訳業だとかで食べていく事だって可能なのではないか、と唯華は推測する。

 そんな事を考えながら、唯華はコップに注がれていたオレンジジュースを飲み干し、一息吐いた。そうしながら、開けられた酒類の缶の数を見ていると、少し不安になってくる。ムゥはまだしも、テナや白矢は大丈夫なのだろうか。


「皆さん、そんなにお酒飲んで大丈夫なのですか? 潰れたり吐いたりしないで下さいよ」

「あー? んな無様な真似すっかよ、ひっく、あんたの前で……」

「……ちょっと、気持ち悪い……かも」


 テナはそう言うとぴたりと手を止め、ゆらりと徐に椅子から立ち上がった。どうしたのかな、と唯華がそれをぼんやりと見守っていると、彼はそのまま唯華の元に歩み寄ってくる。


「なら、無理はなさらないで下さいね。わたしが言うな、って言われるかもしれませんけど、心配しちゃいますから」


 何だか具合悪そうにしているテナに、唯華は労る言葉を差し伸べる。聞いているのかいないのかよく分からない頷き方しながら、彼は唯華の席の横でしゃがむと、彼女の左腕を引っ掴みそれを抱き込んでしまった。突然の行動に、唯華は瞠目してしまう。


「わっ、ちょっ、何ですかっ!?」

「ユイカ……」


 表情や立ち振る舞いが普段と変わらなかったので油断していたが、彼はとっくにべろんべろんに酔っ払っていたらしい。普段より大分高い体温に触れ、柄にも無くどぎまぎしてしまう。先刻裏付けられたばかりの恋心をまだ表に出す予定は無いが、自覚した所為か若干挙動が怪しくなってくる。


「や、やっぱりすごく酔っているんですよね? なら、今日はここまでにして、早く横になった方が良いですよ。わたしの腕は枕じゃないですし」

「……そんな事は、どうでも良い。今はユイカを、食べたい」

「寝ぼけているんですか? わたしは人間で雑食ですから不味いと思いますし、人肉食べると病気になるって聞いた事が有りますし、止めた方が良いですよ」

「違う……そう、じゃない……」


 唯華は至極冷静な口調で、彼の願望を制止する。いくらこちらの世界の治癒魔法が素晴らしい物なのだとしても、バリバリと食べられたら堪った物ではない。しかし、何故いきなり食べたい等と言い出したのか、カニバリズムに目覚めてしまったのだろうか。

 テナは何故だか彼女の言を否定しつつ、腕を放さずそのまま自身の頭を押し付けてくる。よく分からないが噛み付かれたりする気配も無いので、一先ず放っておいても害は無いだろうと断じ、腕を放してもらうのを諦める。


「今の言葉に迷わずそういう応答が出来るアナタは、やはり相当に訓練されていマスよね……?」

「え? あの、何か間違った対応だったでしょうか?」

「いえ、正しい回答だと思いマスよ。少なくとも、アナタとワタシにとっては」

「は、はぁ……」


 ムゥは割と通常運転の様で、いつも通りの真意の読めない台詞や笑顔と共に、何だか鋭い視線を送りつつこちらを見守っていた。大方の予想通り彼はそこまで酔いが回っていないようなので、後での片付けは彼に手伝って貰えば良いだろう、等と考える。

 そうしつつ、テナの酔いが大分深刻である事が露呈した為、彼を部屋まで連れて行く必要が有るだろうか、等と思い始めていた所、今度は視界の右側に白い長身がぬっと出現した。そちらを見上げ向くと、何ともだらしない笑いを浮かべた白矢の顔が目に入る。


「クハッ、僕だって食いてーよ唯華の事! ずりーぞこのフレッシュゴーレム!」

「は、白矢さんまでカニバリズムに目覚めたのですか……?」

「ンなわけ有るかバカ! そこまで落ちぶれてねーわ!」


 そう言いながら、彼は無遠慮に唯華の肩に片手を置いてくる。今ここでいつかの時の様な事が繰り返される事は無いだろうが、少しびくついてしまった。そんな唯華の反応を知ってか知らずか、白矢はずいっと顔を近づけてくる。息が酒臭い。


「つーか、あんた酒飲んでねーのかよ……」

「そりゃ、わたし未成年ですし。後三年……いえ、二年は待たないと」

「うははっ、クソ真面目なこったな! だが安心しろ、ここは異世界だ! あんたが飲酒しようと咎める奴は何処にも居ない! あっはははは!」

「……言っておきマスけど、臼木でも未成年の飲酒は罰せられマスからね?」

「んなもん全員が黙れば問題ねーだろ。今僕たちが唯華を隠しているようにな! フハハハハ!」


 そう言いつつ、白矢は未開封のビールを一つ手にとり、そのプルタブを念動力の魔法で引き缶を開ける。そして彼は、それを唯華の前に半ば押し付けるかの様に差し出して来た。


「ほらよっ」

「そ、そんな事を言われたって、駄目なものは駄目ですって。また二年後の誕生日に、ね?」

「ハッ、この僕様の酒が飲めねぇってのか?」

「そうじゃなくてですね……!」


 頑として受け取らない態度を貫いていると、白矢も痺れを切らしたのか、缶の口を唯華の口元に押し付けようとし始めた。席から離脱して逃れようとするものの、先ほどから左腕を抱き込んだまま放してくれないテナに阻害され、動く事が出来ない。


「ほ、本当に止めてくださいってば! テナさんも放してくださいっ!」

「ユイカぁー……」

「んもうっ、ムゥさんも笑ってないで、助けてくださいよっ!」


 少し声を荒げて腕を振り払おうとしても、テナは強い力で抱き締めながら頬ずりをしてくるばかりである。助けを求める様に右腕を差し伸ばすと、ムゥは漸く腰を上げてこちらに歩み寄って来た。

 しかし、彼が唯華の元に辿り着いてくれるより先に、白矢の片手が彼女の頭を捕まえて、そして缶の飲み口を押し付けた。そのまま缶が傾けられ、ビールが唯華の口の中に流し込まれる。


「おらおら、飲みやがれっ、グハハハハハ!」

「んうっ、ぐっ、やっ……く……んんっ」


 吐き出すか大人しく飲み込むかの二者択一を迫られ、唯華は後者を選んだ。行儀悪く噴き出してしまうよりは、その方がまだましだと思ったからだ。未知の味に泣きそうになっていると、やがてムゥが彼女の前に歩み寄って来て、白矢の手から缶を引ったくった。


「あっ、この野郎!」

「何をやっているのデスか」


 缶を奪い返そうとした白矢の手をひらりと躱し、ムゥは素早く残っていたビールを飲み干してしまった。片手でぐしゃぐしゃと缶を握り潰してしまいながら、ムゥは唯華の方へ視線を移す。


「大丈夫デスかね? 対応が遅れて申し訳ありマセンね、まさかこの白ガリがここまで常識知らずだとは思わなかったもので」

「だ、大丈夫、です……」


 口元を抑えながら俯く彼女の頭を、ムゥがぽんぽんと優しく叩く。しつつ、彼はコップ一杯に麦茶を用意し、それを唯華へと差し出した。有り難くそれを受け取り、妙な味の残る口の中を洗い流す様に呷る。

 そうすると、ムゥは唯華の頭をゆるゆると撫でながら、覚えたてらしい辿々しい発音の呪文を唱え始めた。酔い覚ましの類いだろうか、等と予測しながらその詠唱の音色を聞いていると、何だか胸の奥から熱いものが湧き上がってくる。それに呼応するかの様に、本日二回目の涙が頬に筋を作った。

テルン語=ラテン語。

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