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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第七章・浮き世と正夢
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第四十一話・ミステリアスエレメント


 竜の名前の頭に来る、伸ばした音節の母音は、五種類。『ウー』『イー』『オー』『エー』『アー』、この五つだ。この中の内どんな母音を持っているかによって、竜の持つ能力を有る程度区分する事が出来る。

 『ウー』は、桁外れの膨大な魔力や、竜族の平均を更に超えた頭おかしいレベルの身体能力。一番分かりやすく、また一番例外的な能力が現れる可能性の少ない分類である。シンプルだが強力で、戦闘力だけで見れば最強であるようだ。

 『イー』は、曰く『地』の力であるらしい。大地に渉って地震や噴火を引き起こしたり、木々や草花、動物たちを繁栄させたり、逆に死滅させたりも出来る力だ。この力を持つ竜たちは、神様の真似事をしている場合が多いようだ。

 『オー』は、曰く『天』の力。おおよそは天候操作の力である様だが、この辺りからわけの分からない能力が頻出し始める。最もこの力を掌握している者である旧竜ゾォは、隕石を落とす事すらも可能としているらしい。

 『エー』は、テレパシーやエンパシー、様々な共感覚等、目に見えない能力が中心だ。この辺りになるとわけの分からなさが増し、竜に対し造詣が深い人間でも、これを完全に理解する事は出来ていない。

 そして『アー』。これは、最もわけの分からない区分だ。この名を持つ竜たちの能力を挙げれば、影を自在に操る力、有り得ない程に鋭敏な第六感や、更に超次元を観測する感覚。実は所謂『その他』なんじゃないか、という説が出るくらいに、正体不明の力である。




「テナさん、ただいま戻りました!」

「……おかえり」


 目的の本の借り出しや、消耗品の買い足しも終え、唯華たちは無事に館へと帰還した。買って来た物の中には生ものも含まれているため、早急に冷蔵庫や冷凍庫へと仕分けて保管しなければならない。その為に台所に向かおうとした所、『鰯』という文字が入ったTシャツを着たテナが、少し慌てた様に声をかけた。


「食べ物関連は、オレがやる……ユイカは、他を……」

「え、ええと……?」

「……いいから、任せろ」

「はぁ、じゃあ、お願いします」

「デシタら、ユイカサンはワタシが手伝いマショウ」


 テナがこう言う事を自分から言い出すのは珍しいので、唯華は少し虚を衝かれた気分になった。だがたまにはそういう日も有るのだろう、と軽く納得し、ムゥを伴って他の作業へ移行する。

 そうして日用品をそれぞれ適当な場所に運び、借りて来た本を自室に置いた所で、ようやく彼女は一息吐いた。使い込まれた肩掛け鞄をポールハンガーに掛け、その中から懐中時計だけ取り出して服のポケットに移す。今日はシィたちが来る予定だとも聞かされているし、多分白矢も来るだろうから、その準備をしなければならない。

 最近になって、ますます白矢の来訪の頻度は高くなった。大体二日に一度は必ず来て、チラチラと何か言いたげに唯華の顔を見てくる。まだ答は出ていないから、そんな事をされても困るだけなのだが。

 集まる部屋は買い物に出る前に軽く掃除しておいたし、後は来訪者たちの到着を待つだけだ。懐中時計を覗き、その針たちがおよそ二時半を指しているのをみとめると、丁度外からバサバサという羽音が聞こえて来た。


「シィサンが来たようデスね」

「みたいですね。なら、行きませんと」


 今日は先にシィの方が来たようだ。“禍神”の封印に気を遣う必要が無くなったからか、彼女の来訪の頻度も前より大分増えた。やがてラシェの元気の良い声が聞こえてくるのに合わせて、唯華は小走りで階段を駆け下り玄関に向かった。

 すると、先に玄関に来ていたらしいテナの陰から、ぴょんっとラシェが飛び出して来て唯華の元へ駆け寄って来た。高い脚力で唯華に飛びつき抱き着いてくるのを受け止めつつ、ぺたぺたと歩み寄ってくるシィの方にも目を向ける。


「こんにちは、シィさん、ラシェちゃん」

「こんにちはっ、こんにちはっ!」

「うんうん、こんにちは、唯華ちゃん。元気してる?」


 ラシェの頭をよしよしと撫でるついでに猫耳にも触りながら、唯華は挨拶をした。随分と発音が正確になったラシェの言葉を聞きながら、彼女を床に下ろす。すると、幼女は唯華の両手を掴みながら、耳をぴこぴことさせてこう言って来た。


「ナァ……チガウ、ねぇっ、お庭に有る『ミフィーネ』の花、きれいだね!」

「みふぃーね、ですか……? ああ、此岸花の事ですね」


 聞き慣れない単語に疑問符を浮かべてしまったが、庭に有る花と言えば此岸花しか無い筈だ。もしかしてラシェの故郷の世界にも存在していたのだろうか、と唯華は推測する。

 咲いてから結構経っている筈だが、あの此岸花たちは一向に萎れる気配が無い。“ネームレス”に貰った育て方メモによると、一度咲いたら雪が降る頃まで保つらしい。流石は異界の花だ。


「ラシェちゃんは此岸花──いえ、ミフィーネの事が好きなのですか?」

「うんっ、ファルメル……大好き!」


 大きな瞳をキラキラと輝かさせ、母語が出てしまったのを修正しながら迷い無く答えるラシェの声。それを聞いた唯華は、幼女の小さな肩に手を置きながら微笑みかけた。


「なら、鉢植えを一つくらい持って帰ります?」

「え……いいの?」

「ちゃんとお世話してくれるなら、ですけれど」

「するよ、ちゃんとする! シィ、良いよね?」

「仕方ないなぁ……ま、良いよ。じゃあ帰りにお願いね、唯華ちゃん」

「了解いたしました」

「プラック……じゃなくて、やった!」


 此岸花は異界の花だから、あまり広めるのは良くないかもしれないが、ラシェの場合シィも一緒に居るから、管理の方は大丈夫だろう。喜びを全身で表すかの様に飛び跳ねるラシェを見ながら、唯華は少し首を捻った。


「それにしても、ラシェちゃんの臼木語の上達、すごいですねぇ……やっぱり若いからでしょうか」

「いや、キミも十分若いでしょーが」

「でも、もう頭は大分固くなっちゃいましたし」


 もし自分がラシェと同様に全く言葉が通じない状態だったとしたら、この短期間でここまで言葉を上達させる事は出来なかっただろう。英語の成績はそれなりに優秀だったが、それは充実した教材と教育が有ったからであって、何の手がかりも無い異世界語を理解する事は、恐らく不可能だ。


「んま、この子の言葉、前例が有ったからね」

「えっ」

「人称とかアクセントとかが違ったから最初は気付かなかったけど、暫く観察してたら分かったんだ。以前この世界に流れ着いた“客”の母語とそっくりだ、ってね」


 唯華の疑問に対し、シィはラシェの手を取りながら答えた。という事は、ラシェと同郷の“客”がこの世に存在しているという事なのか、と目をぱちくりとさせる。


「ああ、そいつはとっくに黄泉の客さ。それに、言葉が同じだからって同じ世界って事は、多分無いと思うんだよね」

「それは、どういう事なのでしょうか?」

「ホラ、キミもこの世界の住人じゃないけど、臼木語を喋れるだろ? 全く別の世界でも、似たような言語を使ってる場合が有るって事さ。実際、こういう例は他にもいくつか有る。中には平行世界とか、そう呼ばれる物も有るね。

 まぁそう言う事で、他の竜がその“客”と会話し、言葉を解析した記録が、ラシェちゃんにこちらの言葉を教える助けになったんだ。相手の母語を使って教える事が出来れば、出来ないよりずっとやりやすいからね」


 成る程、とその説明に納得した。教える側が教えられる側の母語を話せれば、異世界語であろうと指導するのは大分易くなる筈だ。

 ふむふむと関心して頷いていると、新たな足音が庭の方から聞こえてくる。半ば反射的にそちらに目を向けると、白矢が玄関に向かって歩いてくるのを捉える事が出来た。


「あ、白矢さんも来たんですね。こんにちは」

「おう、来てやったぞ」

「ドウモ、白ロウソクサン」

「……よ、白ネギ」

「あんたらな……いい加減に人の悪口を言うのは止めろよ……!!」


 いつもいつも恒例だなぁ、と唯華は乾いた笑いと共にそのやり取りを見守った。以前より幾分か血色が良くなった白矢の顔を見上げつつ、そろそろ部屋に向かうべきか、と思い立つ。


「では皆さん、部屋に向かっておいて下さい。わたし、お茶とか作って来ますから」

「……いや、ユイカ……それも、オレがやる」

「え? そ、そうですか? なら、お願いします」


 台所へと向かい始めたのを、テナに立ち塞がられるようにされながら言われて、少し驚いてしまった。何か思う所でも有ったのかな、と思いつつ、大人しく彼に任せる事にする。

 何だか引っ掛かるな、と唯華は首を傾げる。何か大事な事を見落としている気がするのだが、その正体を見出す事が出来なかった。やがていつもの部屋に到着した所で、彼女はその思考を打ち切ってしまった。


 この部屋の椅子は、四つから六つに増えた。白矢とシィたちの来訪が重なる事も出て来たので、机もより大きなものにして、ついでに軽く模様替えもしたからだ。

 そうして少し様相を変えた部屋で、シィは白矢の診療をしていた。“禍神”の封印や侵食の後遺症が出ていないか調べ、出ていたら適切な処置を施す必要が有るからだ。テナが淹れて来てくれたミルクティーを口にしながら、唯華はそれを見守る。


「……うん、今んとこ後遺症らしい症状は出ていないね。でもまだ分からないから、何か異変を感じたらすぐに言うんだよ」

「承知している」


 現状、彼の身に何か起きている事は無いようだ。友人の無事に、ほっと胸を撫で下ろしながら、シィが今度は自分の方へ向かってくるのをみとめる。何か、と問う前に、すっと右手を取り上げられた。


「唯華ちゃんも“禍神”に触れたんだよね。全く、ボクの忠告を聞いてなかったの?」

「いえ、そういうわけではないんですって。ただ、どうしても白矢さんを助けたかったのですよ」

「だからって、腕を丸ごと突っ込むとかさ……呑み込まれてもおかしくなかったんだよ? もうこんな無茶するのは止めてよね、本当に心配したんだから。白矢君を助けてくれたのには、感謝してるけれど。

 ……うん、こっちも異常は出てないみたいだ」


 シィはぶつくさと説教混じりに、唯華の腕を撫でる様にして触診をした。あれから彼女と会う度に、毎回こういう事を言われる。きっととても心配しているのだろうな、と何となくシィの姿を母親に重ねた。

 一通り診終えた後、彼女はぽんと唯華の肩を叩いて自分の席へと戻ってゆく。そうしながら、シィはウサギの様に長い耳をひょこひょことさせつつ、束の間の沈黙を破って声を上げた。


「さて、と。色々と歓談を続けたい気持ちも有るけど、今日はちょっとボクたちの調査に協力して欲しいんだ」

「調査、ですか?」

「ん。キミの故郷だっていう世界の宇宙……素粒子宇宙、だっけ? それについて、知っている事を話して欲しいんだよ。キミの故郷がどんな所なのか、キミは何者なのか、そういうのを知る為にさ」

「知っている事、と言われましても……何をどう言えばいいのやら」


 唯華は眉間に指を当てて考え込む。彼女にはあくまでも普通の高校で習う程度の事しか分からないし、それにあまり科学の成績も良くなかったのだ。赤点を恐れる程では無かったものの、他の得意科目と比べるとやはり劣る。


「そうデスね……ユイカサン、アナタこの前『ゲンシ』だとか、そんな単語を口にしていマシタよね。それの意味は分かりマスか?」


 そう悩んでいると、ムゥがミルクティーを飲み干しつつ、唯華へと助け舟を差し伸べた。有り難くそれを受け止めて、暫く使っていなかった暗記科目用の脳みそを起動させる。


「ええっと、原子ってのは……野原の原の字に子供の子で、原子って読みます。とっても小さな、肉眼ではまず見る事の出来ない程小さな粒みたいなもので、原子核と電子っていうので構成されていて……ええっと、筆記用具貰えますか?」

「エエ、どうぞ」


 口頭だけで説明するのは無理だな、とそう要請すると、ムゥがリュックの中からスケッチブックとペンを取り出し、唯華に渡してくれた。彼女はそれを受け取ると、スケッチブックをめくり白紙のページを探し当て、教科書の図解や文言を思い出しながら描いてゆく。


「原子核ってのは、いくつかの陽子と中性子っていう素粒子から構成されている、文字通り原子の核になっている物です。その周りに有る電子は、基本的には陽子の数と同じだけ存在します。

 で、この陽子の数によって、原子は様々な元素になる……んだった、筈です。それで、ええと……」

「待て。元素ってのはアレか?」

「アレ、とは?」


 白矢に遮る様に言われ、唯華は一旦手を止めた。疑問符を浮かべながら顔を上げると、ややこちらに身を乗り出させながら唯華の描く図を覗き込む白矢と、サングラス越しに目が合う。


「こう、何だっけな……そう、水平リーベ僕の船……」

「あ……な、七曲がるシップスクラークか! 知ってるんですか?」

「おうよ、これでも学校に通えなかったなりに勉強はしてたんだぞ……って、違うか。ゲンシだかヨウシだかは分からんが、元素って概念はこっちの世界にも有るからな」


 懐かしい覚え歌を聞き、唯華は俄に声量を大きくしてしまった。故郷と異界との思わぬ共通点を見つけて、少しときめきのような物を感じる。


「そ、その辺詳しく……は、後でに回しましょうか。ちょっと待っててくださいね、今描きますから」

「ん。ゆっくりで良いよ」


 異世界の元素について気になるのは山々だが、それは後でゆっくり聞く事にして、今は自分の知っている事をなんとかして説明する事に尽力する。原子の構造の図を描くのに四苦八苦しつつ、何とか見れる物を描き上げる事に成功した所で、唯華は顔を上げ続きを語ろうとした。


「コホン、お待たせしました──」


 その瞬間、まずほわほわと微笑んでいたシィが表情を強張らせ、耳をビシリと張り詰めさせ橙の瞳を見開いた。それとほぼ同時に、ムゥが菫色の瞳をくわっと開き、椅子を鳴らしながら立ち上がる。尋常でない彼らの雰囲気に、唯華が驚いて目をぱちくりとさせていると、間もなく正体不明の高音が辺りに響き始めた。

 きぃぃぃん、という、耳の奥が痛くなるような音。あまり音量は大きくないように思えるのに、喋ってもどういうわけかかき消されてしまう。負けじとシィが大声を張り上げているのに、何か言っているという事以外分からなかった。

 頭の芯がじわじわと痛くなってくるのに、両手で頭を抱える。暫くその高音を耐えていると、やがて徐々に音が止み始め、そして通常の聴覚が戻って来た。何だかくらくらするのに眉根を寄せながら、シィが神妙な表情で告げる言葉を聞く。


「……“異触”だ」

「へ……?」

「ちょっと季節より早いけど……“異触”が起きたんだよ。今のは、それの付随現象だ」


 “異触”。その固有名詞を聞いた唯華は、心臓が跳ね上がる様な思いになった。興奮や緊張からではなく、湧き上がった本能的な恐怖によって。

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