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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第七章・浮き世と正夢
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第四十話・異境の作り事

 竜の名前には、有る程度の法則性が有る。竜の証言や人々の研究から、その法則性は少しずつ明らかにされて来ている。

 通称にもなる伸ばした一音節に、長ったらしい音のランダムな羅列を加えた物が、彼らの個人名になる。ランダムな方の規則性はまだ殆ど明らかにされていないが、一音節の方は割と解明されて来ている。

 まず、この一音節は必ず頭に子音が来る。故に、母音だけの通称になる事は有り得ないようだ。

 また、竜が長生きをして古竜となると、この一音節の部分が長くなる。一音節では無くなるのだ。この付け足される音節には、頭に子音がつかない。限度は二音節程度であり、それ以上長い名前を持つのは旧竜くらいしか居ない。

 同時に、この伸ばした音節の部分によって、彼らの持つ超常の能力の種類を有る程度区別する事が出来るらしい。「ウー」と伸びる名前ならば、強大な腕力や魔力。「イー」と伸びる名前ならば、植物や大地へと渉る力、といったふうに。

 とはいえ、一見この分類とは関係のないような力を持つ竜も居たりもする。だが人間には全く別の事に見える事であっても、竜の認識からすると全て関わり合っている事なのだ。




 唯華は、市街へ買い出しに出掛ける為に、ムゥの背に乗って空を飛んでいた。初めての時はおっかなびっくりで、必死になって彼の首にしがみついていたものだが、今となっては慣れたもので、脚だけでバランスを取り両手を自由に使う事も、普通に顔を上げて下界を見下ろす事も出来る。

 また、方上市の人々の反応も変化した。当初は契約者珍しさに写真を撮られたり、時折追いかけられては振り払ったりもしたが、今となってはめっきりその頻度も減った。彼らも、唯華とムゥという存在に慣れたのだ。知らない人に話しかけられるのは怖かったので、落ち着いて来て良かった、と心底思う。


(本当に、わたしたちは見世物じゃないのに……)


 そんな事を考えながら視界を巡らすと、以前の“禍神”の件の時に押し潰されてしまった辺りの地面が目に入った。木々は無惨になぎ倒され、田畑だったらしい場所も、最早その面影を残していない。


「明るい時に見ると、やっぱり酷いですね……」

「そうデショウか? 微々たる被害だと思いマスが」

「何百人も亡くなられてしまったのでしょう? これが酷くないわけないですよ」

「フム……そういうモノなのデスかね」


 ムゥの感覚からすると、この程度の被害は『軽微』の内に入るらしい。自分は人間で相手は竜なのだから、こういう感覚の相違は致し方ないのだろうが、何だかちょっとぞっとした。

 “禍神”の一件は、世間に大混乱を呼んだ。わけの分からない存在が出現し、多くの人々が犠牲になった上、一時的にとはいえ、この世に住まう全ての竜族が一堂に会したのだ。空前絶後の異常事態である。

 だが、この竜族が集まった、という事実が功を奏した。旧竜ラァは世間に対し、突如として出現した白い泥の塊は、季節より少し早く起きた“異触”により漂着した、正体不明の敵性ある“客”である、と説明した。対話や和睦は不可能であると判断したため、竜族全ての力を合わせて“異触”を発生させ、そして追放した、と。その事に疑問を持つ者は、殆ど存在しなかった。

 間違いなくこのアルシードの生物ピラミッドの頂点に立つ竜族が、そうまでして対処しなければならない事態だったのだ。彼らの足元にも及ばない種である人類が、そんな一大事に口や手を挟める理由は無い。結果、“禍神”という固有名詞が世間に知られる事は無く、“御柱”という存在が表れる事も無かった。

 とはいえ、封印の守人であった風上や、その風上の守人である上月には、事の詳細が語られた。勿論、白い泥の正体を聞かされていた上に、白矢の友人でもあった唯華たちにも。

 何らかの綻びから“禍神”が復活してしまった。故に竜族を総動員して“異触”を起こし、世界の外へと追放した。もう“禍神”の封印を保つ必要は無く、“御柱”という生け贄を用意する必要もない、と。

 その綻びについて何か心当たりでも有るのか、白矢は微妙に気まずそうな表情をしながらも、おおよそは嬉しそうであった。唯華も、これで彼の気苦労が減るのだなと思うと、喜ばしい気分になれた。

 ついでに、もう封印を維持する必要も無いから、館からの引っ越しも不要となった。準備していたのが無駄になってしまったが、こちらの世界における自身のホームから離れずに済んで良かった、という気持ちの方が強かった。


「……ユイカサン、そろそろ図書館に着きマスよ。降下しマスから、注意してくだサイね」

「あ、はい。分かりました」


 下からムゥに声をかけられ、唯華は意識の方向を追憶から現実へと変えた。そう、今日は図書館にも寄って、借りてた本を返し新しい本を借りるのだ。片手に持った、手作りの布のトートバッグを落とさない様に気を付けつつ、空いたもう片方の手をムゥの背につける。

 そうすると、ムゥは唯華の両脚を自分の前脚で支えつつ、首を下げ緩やかに高度を落とし始めた。上空からだとミニチュアにしか見えなかった街並みが、やがて現実感を伴って巨大化してくる。

 平日のこの時間帯は利用者が少ないらしく、駐車場も空いているのが目に入った。そんな図書館の駐車場の一角に降り立ち、唯華がムゥの背から降りると、彼は人型に変身する。


「そういえば、なのデスが。ユイカサン、アナタ少し痩せマシタか?」

「そ、そうでしょうか?」

「エエ、以前より大分軽くなりマシタし。大丈夫デスか、毎日ちゃんと食べていマスか?」

「大丈夫ですよ、健康には気を遣ってます」


 何だか唐突なムゥの言葉を受けて、唯華は自分の身体を見下ろす。最近全く体重等は測っていなかったが、こっちに来てから色々身体を動かす様になり、インドア派でなくなったから贅肉が落ちたのかもしれない。その内代わりに筋肉が付き始めて、段々体重が増えるのかな、等と考えつつ、自分の腕を揉んで確かに柔らかさが減って来ているのを感じた。


「それなら良いのデスが……そうデスね、アナタ、好きな食べ物とかは有りマスか?」

「え? そうですね、鶏の唐揚げとか、焼き魚とかでしょうか……何故急に?」

「いえ、特に深い意味はございマセンよ。さ、行きマショウ」

「あ、はい、分かりました」


 乱れた前髪を軽く整えながら、唯華はムゥと共に図書館の入り口へと向かった。そして中に入り、返却口も兼ねている受付の方へ向かう。最中、ムゥが器用に羽根を使ってリュックの中を探り、中からこの図書館の貸出カードを取り出して、唯華へと手渡した。

 何だかぼんやりしている受付の人に話しかけ、手に提げているバッグの中から本を取り出し、貸出カードを差し出しつつ返却する。カードや本についているバーコードがスキャンされ、受付の人が何やらパソコンに入力する。

 そうして無事に手続きが完了し、返されるカードを受け取りつつ、いくつもの書架が並んでいる方へ目を向ける。どの本を借りようかな、と学問書のコーナーへ歩き出そうとした時、ムゥがそれを引き留める様に声を上げた。


「少し、良いデスか?」

「はい、何でしょう」

「実はデスね、少し用事が有ったのを思い出したのデスよ。すぐにそれを済まして来マスので、暫くここで待っていて頂けマスか?」

「用事、ですか……でも、どの本を借りれば良いのか、ムゥさんと相談したいし、後でじゃ駄目なのですか?」

「今でなければ駄目なのデス。相談は後で承りマスので、それでは」


 彼はそう言うと、ちゃっちゃと出口の方へ足早に向かっていってしまった。その背中を見送りながら、唯華は少ししょんぼりとする。彼にだって色々事情も秘密も有るのだろうから、仕方ないのだろうが。

 いつまでもぼーっと突っ立っていても何も出来ないので、唯華は書架の方へ向かい出した。この世界を知る為の学問書はムゥが戻って来たら選ぶ事にして、まずは小説のコーナーへ向かう。


(なんというか、奇妙な異世界ですよね。こういうのを見てると、本当にそう思います……)


 自慢ではないが、彼女は元の世界では相当の量の書籍を読んで来ていた。著名なファンタジーやSFなら殆ど読み尽くしてあるし、人外が出て来る作品ならば、かなりのマイナーどころまで知っている。

 故に、この世界のファンタジーものの金字塔であるという小説を手に取った時には、愕然とすると同時に落胆した。その小説の内容が、呪いの腕輪を小人とその仲間たちが捨てに行くという、どこかで見たようなあらすじの物だったからだ。

 その展開や文章までもが似通っているのを確認した唯華は、何だか悪質なパクリを見ているような気分になってしまった。いや、こちらの世界では間違いなくこの小説がオリジナルで、唯華の良く知るそれの方こそ模造品なのかもしれないが。

 他の小説も大体同じような物で、ベストセラーだとか言われている物は、大抵どこかで読んだような内容であった。ただ、彼女の心を惹く設定等もちらりと目に入って来たため、こちらの世界の創作物における異種族を知りたかった唯華は、延べ十数冊程メジャーどころを借りて読み込んだ。

 その結果、いくつかの興味深い事実が明らかになった。例えば、エルフの扱いだ。

 エルフといえば、唯華の知る限りでは所謂チート種族であった。最もスペックの高いものだと、殺されるか自殺でもしない限りほぼ永遠に生きる事が出来る上に不老、魔法技術もさることながら、剣術や弓術、果てには様々な加工技術までもが全て一級品。更には男も女も美形揃いだとか、夜目が利くだとか、滅茶苦茶に頭が良いだとか、とにかく『人間では遠く及ばない種族』であった。

 だが、この世界に実際に存在し、そして人種の一つとして溶け込んでしまっているエルフは違う。確かに人間よりスペックは高いかもしれないが、チートと呼べる程ではないのだ。だから、創作物に登場するエルフも、基本的に現実の物に準拠しており、そこまで最強と呼べる存在では無い。

 その代わりのチート種族として存在しているのが、竜だ。こちらの世界の竜は、名実共に最強最高の種族だ。竜の姿と人の姿の双方を自在に切り替える事が出来る、というのもポイントが高いようで、読んだ小説の殆どに竜という存在が登場していた。

 また、地球ではクリーチャーとしての竜という存在もメジャーだったが、こちらではそれは殆ど無いようであった。この世界の人々にとって、竜は高い知性を持つ上位種族であり、そんな彼らを知性の無い化け物として登場させるのは、やはり憚られるのだろう。竜の特徴を持つモンスターは登場していたが、それは『竜』や『ドラゴン』等と呼称される事は無く、別の名前で以て呼ばれていた。

 確かに作品のあらすじ自体は被りまくっていたが、こういった設定の相違はとても面白い物であった。そういう視点で読むと、どこかで見たようなストーリーでもこれ以上無く楽しく見えてくる。それにこの分だと、現実を舞台にしたホラーやサスペンスものの中にも、唯華の琴線に触れる作品が有るかもしれない。流れ着いたのがこの世界で良かった、と心底唯華は思った。


(……とりあえず、この辺を借りていきましょうか)


 頭の中で現在までで得られた知識等を反芻しつつ、目についた物を数冊本棚から引き出し、腕の中に抱える。そうして一度受付の辺りに戻ってみたが、まだムゥは戻って来ていないようだった。どうやって時間を潰そうか、と考えて、唯華はふらふらと心理学の本が有る辺りへと向かう。

 ずらりと並ぶ背表紙の文字を見比べながら、唯華は顎に手を当て眉根を寄せる。このコーナーに来た理由は、恋愛心理学についての本を探す為だ。

 以前の白矢の告白に、彼女は未だに答を弾き出せずにいた。己の抱く感情が恋情なのか、それとも友情なのか、全く判別出来ずにいたのだ。自分一人で悩んでいるだけでは収拾がつかない、と思ったので、こうして本を読んで答を見つけ出そうとしている。


(どれが良いのかな……)


 あまり沢山になると持ち帰るのに苦労するから、数冊程度に厳選したい。暫く悩んだ後、自分の勘を信じて二冊程選び取った。

 そうして再び、受付の方へ戻る。すると、丁度ムゥが出入り口からこちらに向かって来る所だった。彼は目敏く唯華の姿を見つけ、迷惑にならない程度の速度で駆け寄ってくる。


「はぁっ、お待たせしマシタ。今日はどんな本を借りるのデスか?」

「まずはこの子たちと、あと、Rレイヤーでしたっけ? アレに関する本をちょっと借りたいかなって」

「フム、でしたら良い本を知っていマス。ここに有るかどうかは分かりマセンが、一緒に探してみマショウ」


 にこやかに言って歩き出すムゥに追随して、理系の本が並んでいる方へ向かう。そうして進んでいると、何処からとも無く微かな甘い匂いが漂って来て、誰かがお菓子でも持ち込んだのだろうか、ここは飲食禁止の筈なのに、と少し疑問符を浮かべた。

 だが、それは本当に微かな物だったので、気のせいだろう、と唯華は結論付けた。ムゥに探す本のタイトルを教えて貰いつつ、目を擦って本棚を見上げる。

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