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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第一章・異世界漂着
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第三話・おいでませアルシード


 惑星アルシード。恒星ソユガを巡り廻る小さな岩石惑星であり、地球と同様に水と緑とをたたえる蒼玉の星である。

 陸と海の比率は三対七、空気の組成は8割弱が窒素で、残りは酸素とその他。このように、非常に地球と酷似している。細かい相違はある物の、全体的にほぼ同一と言っても差し支えない程に、相似している。

 そんなアルシードだが、地球には有り得ない要素も混在している。それは、魔法の存在と竜という種族、そして“異触”の事だ。




「申し遅れマシタ。ワタシは“六つ羽根”のムゥと申しマス。竜という種族デスガ、まぁこの説明は後回しに」


 名乗った銀髪の少年は、ぺこりと慇懃にお辞儀をした。それを眺めながら、聞こえた『竜』という単語に少しときめきを感じていた。


(本当に異世界なんだ。竜にエルフに……後、何だろ?)


 夢にまで見た異世界への来訪。もちろん不安も有ったが、それ以上の期待と希望に胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。目覚めたのがその辺の森の中とかで無く、敵対者ではない人物に囲まれたベッドの上だったのも、この楽観視に拍車をかけているのかもしれない。


「……そろそろ、僕にも分かる様、そこの男の正体を教えてくれないか」


 黒ロン毛を指差しながら、そんな言葉を発したのは、険しい顔をしたアルビノエルフ。彼は、言いながらサングラスをかける。そうして隠される前に、睫毛や眉毛まで白いのを、何となく目に留めた。


「“封印された神”デスよ。アナタならそれで分かるデショウ?」

「……あー。成る程、合点した」

「あの、わたしが分からないんですけど……」

「アナタは、まだ知らなくて良い。それより重要な事が、山ほどありマスし」


 エルフは勝手に納得する。いまいち飲み込めず、軽度の錯乱が起こりかけている唯華は、ムゥにばっさりと切り捨てられて頭を抱えた。そこに、ぼそりとした小さな声が届く。


「ユイカ。……テナ、だ」

「え?」

「……オレの名前。テナ」


 いつの間にか顔を上げていた黒ロン毛が、唯華の疑問に答える様に名乗った。赤々とした右目が、こちらに向けられている。何となく、竦みたくなるような眼差しだった。


「ま、テナサンも悪いヒトでは有りマセンよ。このムゥの名にかけて、保証しマス」

「は、はぁ。さいで」

「デハ、閑話休題と──」

「待て、僕にも名乗らせろ! 僕だけ名無しのままとか、不公平だろ! このままじゃ、ホワイトアスパラガスとか呼ばれるじゃねーか!」


 ムゥの言葉を遮る様に、アルビノエルフが声を上げた。自虐ともとれる彼の言葉に、唯華は思わず吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。


「別に、何と呼ばれようが良いデショウ? 白長」

「白長って呼ぶな、僕の自尊心が傷つくんだよ! 良いか、竜族にロン毛、そして錦野唯華!」

「は、はいっ!?」

「僕の名は風上白矢かざかみはくし。風下の対義語の風上に、白い矢と書いて白矢だ。覚えておけ!」


 見た目はファンタジックだが、名前は日本語らしかった。ついでにだが、ムゥやテナに比べて、唯華の名前の発音が流暢に感じられた。二人の発音は何となく、『とても流暢な外人』といったふうのものだったから。

 そこから生まれた疑問を、まずはぶつけてみる事にする。とにかく、今の唯華には情報が必要だった。


「えっと、ここは……日本、ですよね? 日本語ですし……」

「ニホンゴ? イイエ、ワタシたちが話しているのはウスギ語デスよ」

「う、うすぎ……?」

「石臼の臼に、樹木の木で、臼木。……ニホンというのは地名デスか?」

「はい。日曜の日に、読む本で日本。元の世界で、わたしが住んでた国です」

「なんかアナグラムみてーな相似だな……」


 呆れる様に白矢が言う。音で聞くとそうでもないが、字にして並べると相当に似ている。ムゥがバックパックからメモ帳とペンを取り出し、『臼木』と『日本』の文字を並べてみたのを見て、改めてそう思った。


「ここは『臼木皇国うすぎおうこく』。の、『真郡県まぐんあがた』の『方上市』の『烏山』デス。文字はどうデスか?」


 ムゥはさらさらとメモ帳に文字を書き加えていく。音のみならず、文字すらも殆ど同じであるようだった。とめやはねがおかしい部分が有るが、それはムゥの癖なのだろう。

 大丈夫、と言葉にする代わりに頷く。それをみとめたムゥは、メモ帳のページをめくり、また新たな単語を書き付け始める。


「アルシード──ああ、これはカタカナデス。外来語で、臼木語だと『地種ちしゅ』と呼称されていマシタが、今は殆ど使われていマセン。

 コホン。この惑星では、異世界との接触──“異触”が時折発生しマス。アナタがここへ来たのも、大方それの所為デショウ。普通はこの時期には発生しないものなのデスが……。

 “異触”によってこの世界に流れ着いた人は、“異客”、あるいは“客”と呼ばれマス。その昔は有り難がられたそうデスが……」


 その勿体振り方に、唯華は些か不安を覚えた。まさか、この場で火あぶりの刑にされるのではないか、等という悪い想像が脳裏を過る。彼女がさあっと青ざめたのを見て、ムゥは申し訳なさそうに目尻を下げて首を振る。


「イエイエ、昔程有り難がられる事が無いというだけで。少なくとも臼木では、魔女狩りみたいな真似をされる事はありマセンよ、ニシキノサン。見た目は普通のニンゲンと変わりない様デスし」

「臼木では、って……他の場所だと、どうなんですか?」

「大体の先進国なら、まぁ殺されはしないデショウ。運が悪いと、幽閉されたり、拷問されたりは有るやもしれマセンが……」

「な、何それ怖い」

「アッハッハ。アナタは運が良かったのデスよ、ニシキノサン。

 一に、生きてココに辿り着けた。二に、辿り着いた場所が臼木であった。三に、親切な人に保護された」


 悪い具体例を挙げられて、唯華は思わず顔が引き攣った。だが、ムゥに最悪の想像を否定されても、まだ不安は晴れない。なぜならば。


「あの、わたしはこれからどうすれば良いのですか? お金なんかも殆ど持ってないですし、戸籍だとかも無いし……」

「その辺は役所に届け出れば良い。戸籍も作って貰えるし、最高十年間の生活保護も貰える。アンタの場合言葉通じてるし、すぐに自立の目処が立つだろ」

「あ、そうなんですか……そういう法律も、あるんですね」


 疑問に答えたのは、アルビノエルフの風上白矢。成る程、“客”なんて固有名詞が生まれる程異世界人が来ているのであれば、それらに関する法整備もされているだろう。

 ならば一刻も早くそうしよう、と、先ほどより大分動く様になった身体を起き上がらせる。いつの間にか制服ではなく、『ねこ』という文字が入った、ぶかぶかの長袖Tシャツに着替えさせられていたが、誰かが着せ替えてくれたのだろうか。恐らく、あのテナという人物の所有物なのだろうが。


「……それに関して、なのデスが」


 顎に手を当てながら、ムゥが笑顔を消して言った。糸目は相変わらずで、何処をどう見ているのかは分からないが、その視線は唯華にぐさぐさと突き刺さっているような気がする。


「ワタシは、役所に彼女を届け出させるのには反対デス」

「は? 反対も何も、身分保証が無けりゃ、コイツが苦労するだろ」

「臼木にて公的に登録された“異客”には、異界の知識を洗いざらい提供する義務が発生しマス。パッと見た感じ、危険性は低いかと思われマスが……何が『起爆剤』になるか、ワタシには予想出来ない」

「……りめんばー、“大惨事”」


 ムゥの話の直後、テナが短く呟いた単語。それに、白矢はピクリと長い耳を動かし、ムゥもかすかに目を開きかける。あまりにも物騒な響きに、唯華も空恐ろしさを抱かざるを得なかった。


「そうデス。50年前の再来は、誰だって嫌デショウ?」

「だからと言ったって、どうするんだ? 色々と面倒だぞ」

「ココに隠せば良いではないデスか。聖地なのデスから、勝手に他人が入り込む事も無いデショウ……違いマスか? それに、ワタシにも貯金が有りマスし」

「あのなー、そんな事したら封印が……イヤ、だが……んー……」

「……オレは、構わない」

「え、ええっと……?」


 いまいち話が見えない。どうやら、ムゥは“大惨事”とやらを恐れている為に、唯華という“客”を公にしたくないらしい。しかし、白矢はそれに対して渋い顔をしている。テナは、現状中立の立場のようだが。


「僕の立場的に、封印が乱れるのを見過ごすわけにはいかないんだよな……」

「そんなの、我々が全員口を噤めば、誰にだって分かりマセンよ。いざと言うときは、竜族全員が味方をしマスし」

「何それ怖い……だが、なら良いか。どーせ封印が解けたかどうかなんて、僕にしか分からんのだし……」


 白矢は暫く頭を悩ませた後、不承不承と言った様子ながらも首を縦に降った。一連の会話の間に、唯華はなんとか質問の文章を練り上げ、彼らの会話が途切れた所で口にする。


「あの、何で封印されてるんですか? 悪い事したとか……? というか、そんな適当で良いんですか?」

「いーんだよ、別に。それに、アンタみてーな小娘一人が混入したくらいでどうこうなる程、ここの封印は脆弱じゃねー」

「ま、そういうワケデス。アナタの持つ知識が危険でないと確証が持てるまで、ココで隠れ暮らして頂きマス」


 一先ずの結論らしいものが出来上がる。しかし、ハッとなって唯華はある事柄に思い至った。これまでの彼らの口調から予想される結果を覚悟しつつも、その質問を発する。


「あ、あの、今頃なのですけど……わたし、元の世界に帰る事とかは──」

「無理デス」

「えっ」

「それは無理デスよ。どうあがいても、アナタを元の世界へ帰す事は出来マセン」

「……六つ羽根の。そこまで断言しなくても。可哀想じゃないか」

「中途半端に期待させる方が残酷デショウ。僅かでも希望が有ると、それに縋りたくなるモノデスから」


 似ている世界だから、“異触”が日常茶飯事であるようだから、帰る手段も当然の様に存在するのだろう──そんな風に思い込んでいた心は、完全に叩きのめされた。頭を思いっきり横殴りにされた様な衝撃が来る。


「そ、それは、本当に……? 万が一にも、有り得ないのですか?」

「ええ。それに、覚えているデショウ? アナタの故郷は滅びマシタから。仮に戻る手段が有っても、残っているのは延々と続く廃墟のみデス」

「……そ、そう……です、か……」


 先ほどまで、危うい均衡の中回転し続けていた思考が、帰れないと言う事実によって、一気に錆び付き動きを止める。辛い事も有った人生なのに、思い返せばどれも輝いて見えて、どうしようもない悔しさが、底なしの沼の様に彼女の心を沈める。

 気持ちが悪くなって、その汚濁を吐き出す様に大きく息を吐く。どうしようもない憎悪や怒りが渦巻き、この場で暴れ出したい衝動に駆られた。しかし、彼女はそれを否定する様に首を振り、どうにか我を保つ。

 その次に、何もかも忘れてわんわんと泣きたいという感情が鎌首をもたげる。小さな嗚咽が漏れ、涙が一筋零れた。なんとかその波もやり過ごし、唯華は今一度息を吐いた。


「大丈夫……?」


 優しくかけられた低い声は、テナの物だ。しかし、唯華はその声に応える事すらすぐには出来ず、顔を俯かせたままぼんやりと布団を眺める。


「……ごめんなさい。少し、一人にして貰えますか」

「ん、分かりマシタ。テナサン、案内して頂けマス?」

「ああ……廊下を右に、突き当たりの部屋に。何か有ったら……呼べ」

「あ? 僕はもう帰るぞ。さっさとネトゲにログインしねーと」

「良いからアナタも待機するのデス。首根っこ引っ掴んででも連行しマスよ」

「おい、馬鹿、やめろ! 本当に引っ掴むな! 首っ、絞まっ……折れっ……ぐふっ」


 若干一名が気絶したようだが、三人の人外は快く承諾してくれて、一先ず退室した。部屋に残された唯華は、少しの間、彼らが閉めた扉を眺めていた。

 頬を強く抓ったり、布団を手で触ったり、顔を軽く叩いてみたりしながら、心地よささえ感じる思考の停滞に身を委ねる。稼働を拒む彼女の脳が、再び動き出すまでに、数分程の時間を要した。

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