表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第六章・忌まわしき遺産
48/82

幕間八・バラ色ネオニート


 九月も終わり、長時間パソコンを点けっぱなしでもフリーズしなくなって来た頃。日照時間も目に見えて短くなり、日光に弱いアルビノである白矢にとって、段々と過ごしやすくなって来る、有り難い時分である。

 そんなある日の晩方、彼はハムやらレタスやらを挟んだサンドイッチを食しながら、無気力にパソコンのモニターを眺めていた。先ほど起きて、腹の調子も良かったので、こうして固形物のまともな食事を作って食べている所だ。

 “禍神”追放の一件から、睡眠に必要な時間は随分と短くなった。だがロングスリーパーなのは変わらず、ほぼ完全に夜型だったのに、いきなり昼型に戻すのも難しい。魔法の力が無ければ、人並みに動く事も出来ない程に衰え切った身体もあり、当分社会復帰は無理だ。

 しかも、中学までは義務教育なので一応籍は置いていたものの、高校には行けていない。実際に学校に通えてたのも小学二年生の時までだったし、そんな中卒を雇おう等と言う奇特な企業はそうそう無いだろう。有るとすれば、それこそブラックだとか呼ばれる部類の物だ。

 だが、心配には及ばない。先日シィに説明された、その台詞を思い浮かべる。


『キミの人生を駄目にした大本の原因は、ボクらなんだ。キミが望む限り、キミの生活の援助は続けるって事になっているから、その辺の心配はしないで欲しい。

 ……今までごめんね、それと、ありがとう』


 その言葉で、彼は少し報われた気分になれた。それに、生活の支援が続くという事は、これからは晴れて本物のネオニート生活が出来るのだ。これまで酷い人生を歩んで来たのだから、このくらいの特典は有って良いだろう、と白矢は少しにやりと笑う。

 少しずつ生活習慣は直していこうと思うが、アルビノは治る物ではないし、と厚い生地のカーテンを見やる。ここの所外出する機会が多かったお陰で、大分眩しさにも慣れたが、しかし日焼けをしなくなるわけではない。調子に乗って長時間日光に晒されてると、後で酷い目を見る事になる。

 そこまで考えた所で、白矢はサンドイッチを食べ終えた。そうして、再びモニターの方へ視線を戻す。シイッターのタイムラインの流れも大分早くなって来ており、間もなく一番盛り上がる時間帯になるだろう。


『ただいまー、今日は涼しかった』

『脳みそにカビ生えたような気分で作業続行するこのマゾさ』

『誰だよあたしのサイダーに生肉入れたの!!』

『今日バイトしてたら店に竜族が集まって来てビビったわー』

『勉強よりポテチ食べたい。あと馬刺食べたい』

『アイス食べ過ぎて夕飯が入らない症候群』


 次々と流れていく投稿を見守りながら、彼はふと思い立って、画像フォルダを開き、更にその中の『思い出』と名付けられたフォルダを開く。その中には、二つの画像ファイルが入っていた。

 彼はその両方を選択して開けば、その全容が明らかになる。その二つは、彼の寝室の枕元に置いてある家族写真をデータ化した物なのだ。二つの思い出の写真を、彼は暫しの間眺める。

 どう贔屓目に見ても、父と白矢自身が映っている物より、両親が並んで微笑んでいる物の方が幸せそうな光景だ。双方に映っている父の表情を見比べると、その差は歴然である。

 父は、おおよそ良い父親であった、と思う。男手一つで、彼を立派に七年間育てて来てくれたのだから。ただ、時折、酔っぱらった時なんかに、恨み言を言われた記憶も有る。『お前なんて産まれて来なければ良かった』、と。

 恐らくは、それが本心なのだろう。だが、白矢を育て、曲がりなりにも愛を注いでくれたのも、間違いなく本心である筈だ。だから、思春期には父を恨んだ事も有ったが、今は感謝こそすれど憎む事は無い。

 しかし、寂しさは有った。彼に家族の夢を見せていた“禍神”は、その寂しさにつけ込もうとしていたのだろう。実際危なかった時も有ったし、もし生にそれほどの執着が無い状態だったら、もっと早くに乗っ取られて呑み込まれてしまっていたであろう。


「……んー」


 朧げな昔の記憶と、最近見せられ続けて来ていた悪夢を追想しながら、彼はショートカットキーを押してファイルを閉じた。そうして、ふと思い立って、次いで画像編集ソフトを立ち上げる。

 そのソフトの中で先ほどの二つの画像を開き、まずは範囲選択ツールを選ぶ。そして、彼自身と父親が映っている方の自分の部分を選択し、コピーのショートカットを押した。

 次に、両親が並んでいる方へペーストし、大きさや色調等を微調整する。そうして出来上がった画像を、白矢は暫し得意気に眺めた後、別名で保存しようとして、止めた。


(……クッソ虚しいだけじゃねーか……)


 ソフトを終了させるショートカットキーを押せば、編集内容を保存するか否か、というダイアログが出現する。『保存しない』をクリックして、ソフトの画面が消えるのを待ち、再びシイッターの方へ目を移した。

 すると、見慣れたIDからのリプライが飛んで来ていた。ネトゲ仲間の『髪やすり』からだ。タイムラインの方でも、彼が何やら意味の分からない呟きを投稿しているのが流れて来ている。


『もふぃん氏~、居るかいね? 居たらちょっとダンジョン回さない?』


 ふむ、と彼は顎を撫でた。まだ完全復帰する気にはなれないが、彼と組んで軽く回すくらいならやっても良いかもしれない。レベルはカンストしたが、まだ手に入っていないレアドロップは結構有るのだし。


『ウィッス、ならちょっとだけやってくわ。どこ集合?』

『おっ、生きてたか! なら5チャンネルの城門前に。あ、あとなっちゃんも来る事になってるので、了解しといてねー』

『はい、ココナッツでっす。わたしも参加させていただきまっす』

『ココナッツさんも来るのか……なんか久々だな』

『最近わたしの方は忙しかったからねー。プレイヤースキル落ちてるかもだけど、やすりちゃん、もふぃんさん、フォローお願いします』


 髪やすりが『なっちゃん』と呼ぶのは、『ココナッツ』というハンドルネームの人だ。髪やすりとココナッツは現実でも付き合いの有る仲らしく、故にこうしてあだ名で呼び合っているらしい。

 そんな彼女──恐らく女性だろう、と当たりを取っている──は、ここ数ヶ月シイッターにもあまり居なかった。どうやら仕事が忙しかったらしく、時折投稿されていた愚痴等から、相当に大変な労働であった事が窺い知れている。

 久々なのは白矢も同じなので、上手い事やれるかな、等と思いながら、ゲームのクライアントを起動した。そうして慣れた動作でパスワードを入力し、チャンネルを選んでログインする。

 前回ログアウトしたのは、ゲームに重要な施設が集まっている、プレイヤー達には『城』と呼ばれている場所の、様々な露天が集まっている地帯だ。ログイン早々大量のキャラクターが画面内に入り、ゲームの動作がぐっと重くなる。


(うっわっ、くそ重っ)


 心中でそんな事を思いながら、彼はキャラクターを操作し城門へと向かう。三頭身の、ガッチリとした鎧を纏った少女の姿をしたアバターが、キー入力に従って待ち合わせの場所へと向かう。

 走る動作に合わせて、少女の茶色いポニーテールが靡き揺れている。本来は兜も有るのだが、顔や髪型が見えなくなるのを嫌って、彼は兜を見えなくしてしまう様設定してあるのだ。

 このゲームのキャラメイクの幅はそこまで広くはなく、性別と種族を選んだら、後は精々顔つき・肌・瞳・髪型とその色を選べるくらいだ。この前、顔つき以外全部同じだったキャラと出くわし、並んで記念写真を撮った思い出が有る。

 そうして待ち合わせ場所に辿り着くと、既に髪やすりとココナッツが並んでダンスをしながら待っていた。二人はもふぃんのアバターをみとめると、ジャンプをしてダンスを止め、彼をパーティーに招待する。


『よろしく』

『よろしくおねがいします』

『はい、よろしく~。じゃあ、いつもの順で回っていこうか』


 パーティーチャットでそんな会話を交わした後、三人は銘々に乗り物アイテムを使用し、底上げされた移動速度で転送ポイントに向かった。そうして高レベルのエリアへと向かい、そこに点在するダンジョンへと駆ける。

 やがてダンジョンの入り口前に辿り着いて、装備やスキルセット、陣形の確認を始めた。役割としては、もふぃんは前衛で敵を引きつけつつ攻撃するタンクアタッカー、髪やすりはそんなもふぃんの回復を行うヒーラー、ココナッツは後衛から魔法で攻撃をするダメージディーラーだ。


『ここのボスの弱点は闇属性だっけ? ならわたしはネクロマンサーの方が良いかな』

『そのくせ中ボスは聖属性弱点だし、自分はパラディンでやった方が良いかね』

『パラディンはヘイト稼ぎ難いし、ヘイト減少バフをぼくとなっちゃんにかけとこか』


 打ち合わせを終え、回復薬等の備えがしっかり揃っている事も再確認すると、三人は銘々にダンジョンへと突入した。ロード画面を乗り越えた所で、キー一つで出来るジャンプのエモーションを合図に、もふぃんが先頭に立って駆け抜け始める。

 彼は、道中に立ちふさがる雑魚敵の塊を丸ごと巻き込む様に範囲攻撃スキルを発動し、自身にターゲットを集める。そうして敵が自分を追いかけ始めた所で、他の塊の方へ走りそちらでも攻撃スキルを発動する。そうして三つの塊を引きつけた所で立ち止まり、適当に攻撃を繰り返し始める。

 そこで、ココナッツの範囲攻撃魔法のスキルが飛んで来た。氷や炎のエフェクトが画面を彩り始めると同時に、髪やすりの回復スキルがもふぃんの体力を補給し出す。

 攻撃力と詠唱速度に重きを置いたココナッツの火力が入れば、あっという間に敵は全て沈んでしまう。ドロップアイテムを拾いつつ、体力の回復が済んだ所で、再びジャンプをしてもふぃんは走り出した。


 中ボスも難なく葬り去り、今はボスの目前で、バフのかけ直しやらをしている所だ。一定距離以内に近づかない限りボスは動かないので、のんびり用意をする事が出来る。


『さて、こいつの範囲攻撃厄介だから、互いに有る程度距離を取る必要があるね。覚えてる?』

『わりと忘れてたかも。じゃあわたしがちょっと向こうまで走っていくかな』

『うっす。じゃ、自己バフ後行きます』


 軽くチャットで確認し合った後、もふぃんは自身に効果の有るバフスキルを発動してボスへと駆け寄った。同時に画面のはじっこで、部屋の向こう側へと駆け抜けるココナッツの姿を捉える。

 ここのボスは取り巻き等を持たないので、単純に単体攻撃スキルを繰り返せば良い。ただ時折ダメージ反射のバフを自身にかけるので、そうなったら攻撃の手を止めなければならない。さもないと、あっという間に死んでしまう。

 それと範囲攻撃が強力なので、互いに距離を取って二人以上巻き込まれない様にしなければ、回復が追いつかなくなる。付加されるデバフも厄介な物なので、こうして対策をとる必要が有るのだ。

 その二点にさえ気をつければ、カンストレベル三人で攻め込めば難なく倒せるボスだ。間もなく、断末魔のボイスを発しながらボスが倒れ、アイテムをドロップする。しかしレアドロップは落とされず、まぁこんなもんか、と軽く溜め息を吐いた。


『おつ~、レアドロ無しか~』

『こんなもんだろ、小数点以下の確率らしいし』

『ざーんねん。……それにしても、だけどさ、このゲームもそろそろ斜陽よね』


 戦闘が終了し、部屋の奥に出口が出現する中、彼らは労い合う言葉を交わした。そんな中、ココナッツがダンスのエモーションを開始しながらそんな事を言い出す。

 確かに、と二人も思う。もふぃんも二年間このゲームをやり込んで来たが、そろそろ飽きが来始めていた。それに、このゲームの運営も殆ど広告を出さなくなったし、アップデートやイベントも何だかおざなりになって来ている。レアドロップ集めをしたり対人戦に精を出すのにも、いい加減に倦んでいたし。


『なら、そろそろ他のゲーム探してみる? 最近始まったのに面白そうなの有ったから、それとか』

『んー、前々から目を付けてるの有るんだけど、それの開始待つとかどうよ。もふぃんさんはどうする?』

『自分は……まぁまだリアルの都合がどうなるか分からないし。そろそろ落ち着くとは思ってるけど』

『ふーん、忙しそうだねぇ。まっ、落ち着いたらまたじっくり遊ぶとして、今日は今日でドンドンダンジョン回して行こう!』


 別のゲームへの移住も、悪くはない。実際、これまでも彼はそうして来たのだし。ココナッツが出口へと駆け出すのを追いかけながら、売るか自分で使うか悩んでとっておいたアイテムを市場に流そうか、等と企てを始めていた。




「ああー……疲れた」


 集中力が切れ、コマンドミスがちらほら出始めた所で切り上げ、ログアウトをしてゲームを終了した後、白矢は思わず声を出してしまった。両手を挙げて伸びをし、肩を回して少しでも凝りをほぐそうとする。

 久々に気心の知れた仲間とゲームをやるのは、中々に心地が良かった。だが白矢はあまり体力がないので、どんなに楽しくとも継続してやれるのは数時間程だ。


(疲れたし、布団でゴロゴロするか……)


 立ち上がっているソフトを全て終了し、パソコンをシャットダウンして、扇風機を切りスマホだけを持って部屋を出る。そして寝室に戻り、のんべんだらりとベッドの上に横たわって、眼鏡をかけたままぼーっとし始めた。


(……もう、僕は“御柱”じゃない……)


 先ほどまでゲームに夢中だった思考が、急に現実的になり、そんな事実を何度も何度も再確認する様に反芻し始める。もう彼は“御柱”等ではない、“禍神”の封印の為に人生を犠牲にする人柱等ではない。もう、“御柱”は必要ないのだから。

 故に、もう風上は必要ではない。この家系は“御柱”となるエルフを輩出する為に設けられたのだから、“御柱”が必要とされなくなれば、自ずと風上の価値も無くなる。それが、たまらなく嬉しく喜ばしかった。

 これで、“禍神”の影に怯える事も無くなる。これで、何の後ろ暗さも持たずに人生を楽しむ事が出来る。思いっきりゲームで遊んだり、もっと色々な趣味を持つ事も出来るだろう。

 それに、これで堂々と唯華と結婚が出来る。風上の血を残すため、だとか、“御柱”の後継者を作るため、だとか、そんなしょうもない理由で婚姻をする必要が無くなったのだから。風上の宿命を押し付ける事も無くなったし、純粋な好感情に雑音を混ぜられる事も、もう無いのだ。


「……って、メンッ!!」


 と、そんな事を考えて、彼はナチュラルに唯華と結婚する事を考えているのに気付き、スマホの角で自分の額を殴った。その衝撃により、思考が一時中断される。


(つか……まだアレだし! 恋人ですらねーし!! 相手の返事待ちだし……)


 その事実を思い起こし、白矢は自身の思考回路をクールダウンさせる。自分を誤摩化す様に、スマホを操作し他愛も無い発言をシイッターに投稿しつつ、彼は腹の底に溜まった突っ掛かりを吐き出すかの如く、細く息を吐いた。

 もう、自分たちを巻き込む動乱は起きないだろう。これから訪れるであろう平穏と、予想されるささやかな騒動やらに、静かに思いを馳せながら彼は目を閉じた。

作中のネトゲは、以前わたしがやっていた物を元に描写しています。

ですが、この小説はフィクションなので、実際の物とは関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ