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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第一章・異世界漂着
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第二話・“異客”と三人の人外


 “異触”。この世界では時たま異界との接触が発生し、大嵐や地震、隕石等と共に異界のモノが漂着する。大抵はある時期にまとまって発生するものであり、この国だとおおよそ11月から翌1月にかけて頻発する。それ以外の時期に発生するのは、極々稀な事だ。

 生き物がまともな状態で流れ着く事は滅多にないが、生きて辿り着いた知的生命は“異客”、あるいは単に“客”と呼ばれ、地域によって応対は様々だが、間違いなく一般人とは一線を画した扱いを受ける事になる。

 その昔は異界の知識を伝えてもらい、“客”を擁する事の出来た国はそれだけで国力が付く、とまで言われた程であったが、現代科学も魔法も大方発展しきり、新しい知識を持ってくる“客”が少なくなった。

 とはいえ、時折信じられないような叡智と、その産物を携えて訪れる“客”も居る。そんな知識を巧みに吸収しながら、この世界は他と比べたら目覚ましい程に発展をしてきた。ほんの、50年程前までは。




 “封印”の本体が目の前に現れた。百年以上前に建てられたとされる、ゴシック建築の小さな洋館。しかし老朽化は殆ど見られず、封印魔法の副作用によって維持され続けている事が伺える。

 この館の住人──つまり、ここに封印されている存在が手入れしているのか、建物の周辺はそれなりに整備されていた。薮や枝が払われ、多少通りやすくされている。風上の末裔はそれに険しい顔をし、杖の光をあちこちに向けていた。


「まるで人間の庭みてーだな……」

「そりゃ、彼の肉体は人の物デスからね。ある程度その性質を帯びるでしょう」

「アンタ、何処まで知ってんだ?」

「彼とは先の大戦からの知り合いデス。“大惨事”被害者の会・人外部、なーんて」


 苦い顔になった相手を見、口元をいたずらっ子のように歪めると、シシシと竜族の少年は笑った。背中をわざとらしく丸めて大げさに肩を竦めて、やれやれと言わんばかりに両掌を上げる。


「それにしても、変わってマセンねぇ。さすがはエルフの魔術」

「ここに来た事が有るのか?」

「ええ、アナタの母上が“御柱ミハシラ”だった頃に。アナタは……その様子デスと」

「山に入る事自体、殆どねー。みだりに入るな、と釘も刺されたしな。ここまで来たのは、今日が初めてか」

「そうデショウね」


 うんうんと頷きながら、少年は館の周囲を巡る高い柵に近づき、そのままひょいっと乗り越えてしまった。翼を使った気配も無く、支柱の半ばを片手で掴んで身体を持ち上げ、その勢いで残った手を柱の先端に届かせ、そのまま腕の力で上る。降りるときはもっと単純で、普通に飛び降りて普通に着地した。


「……成る程、確かに竜族」

「壊すのは忍びないデスからね。あ、アナタ、入れマス?」

「鍵くらいは有る。埃を被っていたがな」


 柵と同様のゴシック調の装飾が施された、年季の入った鍵。風上の者はそれをポケットから無造作に取り出しつつ、門の錠を開ける。それに伴い、封印の術式が一部崩れ、少し弱まったのを感じた。反射的に門を元に戻そうとしかけたが、少し考えてそれを止める。


「おンや、よろしいノデ?」

「別に、僕は“御柱”に使命を感じているわけじゃねーし」


 ささやかな反骨心からか、彼は門扉を大っぴらに開けっ放しにした。確かに封印は緩くなるが、その程度で致命的な綻びが生まれる程、風上の封印はヤワではない。鼻で笑いながら、開かれた門をくぐり抜ける。

 その間、最低限草が刈られているだけで荒れ放題の庭を、少年が進んでいた。一部の館の窓からは明かりが漏れており、そこに誰かが居るのであろうという事を窺う事が出来る。


「50年経ちマシタが、まだ封印は健在の様デスね」


 小声で呟きながら、彼は六つの羽根を広げる。淡い紫の燐光が、雑草たちを照らした。




 動く度に、枷にぶら下がっている引き千切られた鎖が鳴る。その音が堪らなく疎ましくて、彼はすっかり癖になったため息を吐いた。

 倒れていた女学生を持ち帰ったのは良いのだが、彼女を目覚めさせる為にはどうすればいいのか、彼には皆目見当がつかなかった。ひとまず服を着替えさせたり、冷えているなら温めれば良いだろう、と使っていない寝室の一つに運び込み、暖房やら布団やら湯たんぽやらを総動員してみた。

 摂氏28度に設定した暖房は、上着を脱いだとしても長居すると段々暑く感じられる。看病と言っても、何をすれば良いのか分からないけど、他にやる事もないので彼女に付き添っているが、額から汗が流れる。少し外の空気でも吸って来ようか、と立ち上がった瞬間、部屋の窓が数度ノックされた。

 彼がそれに答える前に、窓をぬるりと人影がすり抜けて来る。流石の彼もこれには驚いたが、態度に出す事は無かった。


「お邪魔しマスよ」


 そう浅薄に笑いながら壁抜けしてきたのは、銀髪の少年だった。彼は眉根を顰めて、目の前の人物を眺める。しばらく悩んで、ようやく相手の正体に思い至った。


「……六つ羽根の」

「ええ。理由あってこの近くを訪れたのと、探し物が有りマシテお伺いしたのデスが……おや?」


 広げていた非物質の羽根を閉じつつ、少年は部屋の中を見回す。そして、分厚い布団に包まれた存在を確認すると、一瞬目を開きかけた。


「そこの娘は……」

「拾った」

「えっ」

「……“異客”だろう? 死にかけていた。だからオレが助けた」

「アナタがニンゲンを救うとは……驚きマシタよ」

「“客”は……ここの人間とは、関係ない。故に、オレでも救う事が出来る」


 彼は赤い片目を、意識を取り戻さない女学生に向ける。数秒そこに視線を留めた後、再び少年の方へ向けた。


「お前……竜族だろ。彼女を助けるにはどうすればいいか、知ってるだろ」

「ンー、ワタシは不器用デスから、治療などという器用な真似は不得意なのデスが……ああ」


 少年が思い至った様に声を上げる。すると、廊下の方から人間の足音が聞こえて来た。それを聞いて少年はにんまりとし、彼は疑問符を浮かべながら廊下へ続く扉の方へ目を向けた。


「適任者が居マシタね」

「オイ竜族、壁抜けとか卑怯──ムガォー!! 何だこの部屋あぢぃー!!」


 同時に、扉が勢い良く開かれる。姿を現したのは、光を点した長大な杖を携える、長身の魔法使い。入って来るなり、薄い肉を貫通して全身に染み入る熱気に、左手で顔を覆いながら悲鳴を上げた。


「……黙れ、ドア閉めろ。部屋が冷えるだろ」

「うるさいデスねぇ、ホワイトロング。細かい事は良いノデ、彼女を治療して頂けマセンか?」

「ホワイトロングとか言うなよ常識的に考えて! って、彼女? 治療? つかそこの男は何だ? 何でこんな所に人間が──」

「細かい事は後デス。治療の魔法は使えマスでしょう?」

「あー、うん……おう……」


 突如として現れた魔法使いは、状況がいまいち飲み込めない様子で、渋々扉を閉める。眉間を抑えながらサングラスを外し、杖の光を消すと、彼は女学生の横たわるベッドの枕元に向かった。


「ああ、何でこの僕が医者の真似事をせねばならんのだ……」


 ぶつくさと文句を垂れながらも、その内口から出るのは詠唱の文言へとすり替わる。無数の疑問や困惑が渦巻く中、治療が始まった。




 夢の中で、何年も、何十年も、何百年も──もしかしたら、何億年も過ごしていたのかもしれない。とてもとても長い間、彼女は眠っていた、気がする。あまりに長過ぎた冷たい微睡みは、いつしか戒めとなって彼女を苛む。

 記憶、想い、自我すらも、バラバラに分解されてしまって、役割を為す事が出来ない。ただ自分の存在のみを繰り返し意識しながら、氷の棺の中で眠り続けていた。

 退屈だ、と感じる心すら失われた中、氷の向こうで声がした。誰かが話している様な、よく分からない声。その内容を聞き取る事は、今の彼女には出来なかったが、誰かが居るなら混ざりたい、という願望がしかと生まれた。

 浮かび上がった願いをよすがに、錦野唯華の記憶が、想いが、自我の破片が、急速に集結し集合し再構成される。同時に、温い光が彼女の元へ降り注いだ。微睡の戒めが解け、彼女の意識は一気に覚醒へと突き進む。


 今まで夢見心地だった視界が砕け、現実の肉体の目が開いた。金縛りに遭った後のような痺れが、身体に残っている。

 視界の焦点が合い、見た事も無い天井をまず捉える。起き上がろうと身体に力を込めたが、いまいち力が入らない。同時に、甚く不機嫌そうな声が聞こえた。


「安静にしてろ。ついさっきまで死にかけていたんだ」


 誰かが側に居る。視界を巡らせ、その声の主を探す。そいつは、唯華の寝かされているベッドのすぐ近くに立っていた。真っ白な髪と、唯華よりも白い肌、そして淡い淡い水色の双眸。所謂アルビノという奴だ。

 そして最も彼女の目を惹いたのは、その尖った耳。彼女の好むファンタジー小説では定番の異種族、『エルフ』の耳だ。もしかしたらもっと別の種族なのかもしれないが、『異種族』である事は間違いない。その上、彼の右手にはねじくれた木製の長大な杖が携えられている。コスプレか何かでしか見た事の無い、魔法使いのそれのような杖だ。


「……良かった」

「名前とか、年齢とか、言えマスか? あ──ワタシの言葉、分かりマス?」


 先にぽつりと呟いたのは、部屋の隅の方に置かれた椅子に座る、黒髪の男。前髪も後ろ髪も伸ばされており、顔も左側を中心に大部分が隠れてしまっている。パッと見は普通に見えたが、長い髪の合間から覗く真っ赤な瞳が、彼の人外を主張していた。背を丸めているのと腕が前に有るのとで見え難いが、『たわし』という文字が入った長袖のTシャツを着ている。手足と首に付いてる枷は、もしかして趣味なのだろうか?

 その次に、優しげな声で質問を投げかけて来たのは、まるで本物の銀を糸にしたかの様な銀髪の、糸目の少年。三日月を三つ並べたようなその笑顔は、如何にも胡散臭く見える。そして、その銀糸の髪の隙間から見える耳は、先ほどのアルビノエルフ程ではないが尖っていた。

 三人──人、という助数詞で良いのだろうか──の人外に囲まれるという、何ともファンタジーな風景。夢を見ているのだろうか、ここが死後の世界なのだろうか、様々な憶測が行き交う。

 言葉は通じている。敵意は感じない。銀髪糸目の問いは、彼女の記憶が飛んでいないかを確かめる為の物だろう。思索が一周巡り、ややあって彼女の声帯が紡ぎ出した言葉は、次のようなものだった。


「あの、名前は錦野唯華です。舞州高校の二年生です」

「ニシキノ、ユイカ。フムフム、覚えマシタよ」

「ウスギ風だな。平行世界の類いか?」


 久しぶりに口にした言葉は、オーソドックスな自己紹介の文言であった。こちらから話す言葉も、問題なく通じている。ここが何処なのかは分からないが、言語の通じる場所で良かった、と心の底から思った。

 しかし、アルビノエルフの発した『ウスギ』という単語が、引っ掛かる。それを問おうとする前に、糸目が次の声を発する。


「サテ、これからワタシたちが話す言葉は、ニシキノサン、アナタにとって信じ難いモノである事デショウ。デスが、どうか信じてくだサイ。

 ここは、アナタの故郷から遠く離れた異世界──『アルシード』と呼ばれる惑星デス」


 異世界。その言葉は、彼女の胸にすとんと入り込み、納得させた。目の前に、何とも非現実的な人外たちが並んでいたから、というのもあるのかもしれない。

“異客”、“異触”は、「風車」と同じイントネーションです。い↑きゃく、い↑しょく。


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