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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第六章・忌まわしき遺産
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第三十話・結果の業

「結果」は「かくなわ」と読んでください。


 ある一定の動作をしつつ、定められた通りの言葉を唱えると、不可思議な現象が発生する。アルシードにおける魔法というものは、この多重レイヤー構造宇宙特有の現象である『レイヤーの相互干渉』を利用した技術である。

 基本的に、別のレイヤー同士は衝突し合わない。しかし、その種類によっては密に干渉し合う事が有る。この干渉現象が有るからこそ、Wレイヤーの意識によってSレイヤーの肉体が動いたり、肉体の破損により「痛い」と思ったりする事が有るのだ。

 勿論、Nレイヤーにもこの相互干渉が働く。SとWレイヤー程密接ではないが、頑張れば思い通りに操れる程度に。このNレイヤーとの相互干渉を可能としている器官が、“晶臓”だ。

 S、W、そしてFレイヤーからNレイヤーへと入力し、Nレイヤーに存在するエネルギーである魔力を媒介に、Fレイヤーへと目的の現象を出力する。これが、アルシードにおける『魔法』の原理である。

 更に、Fレイヤーに出力した後、SやWレイヤーに干渉したりも出来る。それによって、破壊や創造の魔法、精神操作の魔法という物が成立する。これら以外にも、もっと他のレイヤーへ干渉したり、出力先自体をFレイヤー以外にしたりする事も出来るが、そういう物はあまりメジャーではない。




 黒環神社近くに有る上月家の屋敷にて、二人のエルフが向き合っていた。

 片方は、地味な普段着を着た、気の弱そうな青年。その顔には溜まりに溜まった疲労が浮かび上がっており、何故だか近頃増えた人死にに伴われる神葬祭に駆り出されて、てんてこまいだった事を雄弁に物語っている。

 もう片方は、髪を金に染めたケバケバしい印象の女性。その顔立ちは何となく青年と似通っているが、浮かべられたむすっとした表情により、醸し出される雰囲気は別物と化している。


「……で、わざわざ私を呼び出した理由はなぁに? 西都からここまでだって、結構時間かかるのよ? ねぇ、お母さんを妊娠させた人?」

「そ、その呼び方はやめる様に言っているじゃないか、深鈴みすず。『父さん』と呼びなさい、と」

「アンタを父親だと思った事なんて無いわよ。アンタは私やお母さんに何もしてくれなかったじゃない。ま、さっきの呼び方はあんまりだし、変えるわ。それなら満足でしょ、さとるさん」


 彼女が消えない怒りを声音に滲ませると、対する彼は何も言い返す事が出来なかった。女性、上月深鈴は、エルフの長い耳を力なく項垂れさせつつ、呆れたような表情で上月悟の言を待つ。


「深鈴を呼び出した理由は……父様が居なくなった、その事を伝える為だ」

「はぁ?」

「死体が見つからないから、行方不明って事になってるけど……ああ、あんな事が有って生きているわけが無い! ううう、神様、許してください……!!」

「……つまり、あの糞爺が死んだ、ってこと?」


 トラウマに崩れ落ち咽び泣き始める悟とは対照的に、深鈴の表情は一気に明るい物になっていった。ピコピコと忙しなく耳を動かしながら、両手を天に突き上げて高らかに叫ぶ。


「よっしゃー! 完・全・勝・利っ! やっとあの糞爺から解放されるのね!」

「い、いや……死人をそんな風に言うのは」

「アイツだって私のお母さんが死んだ時、『やっと上月から人間が消える』って言ってたじゃない。そんな事言う奴が死んだからって、敬う必要なんか無いわ!

 ホンット、子供の頃から大っ嫌いだったわ! クチャラーだし臭いし声はデカイし食卓に唾飛ばすしきったねぇ靴下置くし腐ったもん喰わせようとするし! どんな惨めな死に様だったのかしら……無惨だったら良いわよね!」


 そのまま立ち上がって小躍りしつつ、思いの丈をぶちまけまくった後、彼女は再び畳の床に座った。嬉しいのを隠し切れない表情で、話の続きを吐き出させようとする。


「で、それだけ?」

「いや、他にも有る。ええと、『ファーストアーミー』の“死神”の封印が解けたのが、確認されたんだ。それで滅茶苦茶忙しくなって、父様の死を伝えるのが遅れた……」

「あら、それも片付いたのね。随分と面倒ごとが色々消えてくれて、良かったじゃない。……これで、白矢君の負担が少しでも減ると良いのだけど」


 打って変わって真剣な表情になった深鈴は、遠い遠い親戚である風上の末裔、白矢の名を口にした。幼くして両親を失った彼に、この社会で生きるのに必要な知識や技術を与えた人こそが、この上月深鈴であるのだ。

 とにかく風上を嫌悪していた勇五郎や、父を恐れて従うばかりだった悟とは違い、彼女や彼女の母親は美矢や白矢の事を常に気にかけていた。今も、深鈴は白矢の事を心配し続けている。


「そういや、白矢君はどうなの? 元気?」

「え? あ、いや、その……多分?」

「……アンタに聞いた私がバカだったわ。後で直接会いにいった方が良いわね」

「いや、そうだ、その白矢に関する事なんだが。“死神”が解放されたら、館は再び無人になって使える様になるし、そっちに戻れって言ったんだけど……『色々有って無理』とか断られてさ」


 そこまで彼が言った所で、深鈴の表情が一変した。呆れと憤慨と僅かばかりの憐憫を伴った声で、彼女はまず罵倒を口にする。


「は? バッカじゃないの? アホでしょアンタ? 生まれ育った家を離れて、あんな陰気な館に行けとか、私でも拒否するわよ。美矢さんならまだしも、白矢君にとってはあの家こそが生家なんだから。ああ、本当呆れる」

「で、でも」

「デモデモダッテうるさいのよ、このハゲ!」

「禿げてない……」


 白髪の一本も無い黒い髪を撫でながら、悟はしょんぼりと耳を垂れさせる。しかし深鈴は謝ったり撤回したりする気配もなく、よっこいせと座り方を変えた。


「それで……その『色々』の事を説明するって、今日ここに来る事になってるんだ……」

「主語が抜けてるんだけど。白矢君が?」

「はい、その通りです……」

「ふーん……会いにいく手間が省けるわね。あとどれくらいなの?」

「もうすぐ来る、筈です……」


 そこまで言った所で、玄関の方から人の呼び声が聞こえて来た。それに深鈴はパッと立ち上がり、部屋のふすまを開けて廊下に顔を出す。


「来たわね! ほら、行くよ!」

「アッ、ハイ……」


 何故かしゅんとしたままの悟を引き連れ、彼女は玄関に向かう。そして引き戸を開けると、予想より随分と多い数の人影が、彼女の青のカラーコンタクトを入れた目に映った。




 ムゥが立てた作戦は、こうだ。

 まず、唯華が変装する。良くも悪くも普通な服装ではなく、まるで人形に着せるかのようなゴシック調の衣装を着て、素だと大分長い髪も下ろしておく。そして化粧をして顔立ちをこれでもかと整えれば、人形がそのまま動き出したかのような姿の完成だ。帽子を深く被れば、粗も見えなくなる。

 そうして、ムゥの作った設定に合わせて演技をする。今ここでは、唯華はムゥの契約者で、外国からやって来て烏山の館に住み着いていた異邦人だ。先住人であったテナと同居していた所、白矢とも出会って……といった筋書きだ。

 “異客”だとバレてしまうと面倒なので、その事は徹底的に隠し通す。それで尚かつ、上手い事上月家の者たちに言い訳をしなければならない。普段と変わらぬ笑顔を浮かべるムゥの姿を横目にしつつ、唯華は固唾を飲んだ。

 演技の方針を脳裏で何度も反芻しながら、彼女は目の前に聳える立派な屋敷を見上げる。緊張やら何やらで自ずと表情が強張るが、それではいけないと両手で頬をぐにぐにと揉んだ。


「おーい、誰か居るかー? 僕だ、風上白矢だー!」


 玄関扉の前で、インターホンを押す代わりに白矢は声を張り上げる。そして暫く待つと、ガラガラと音を立てて引き戸が開け放たれた。中から、何ともケバケバしい、化粧の濃いエルフの女性が現れる。


「おおっ、久しぶり、白矢君! 元気してた? ちゃんとご飯食べてる? 毎日歯磨きしてる?」

「ああ、うん、こんにちは。元気なので心配は要らない、です」


 彼が微妙に敬語になっているのに、唯華は思わず驚きを顔に浮かべてしまった。シィに対した時のような口調に、この女性は目上の人なのだろうか、と考える。


「で……随分と賑やかな同行者が居るようだけど」

「上月の……あの人に聞いているよな? 烏山の館に戻れない理由が有る、って。コイツらが、その理由だ」


 白矢が少し顔をこちらに向けるのに合わせて、ムゥが軽く会釈をした。それに追随する様に、唯華とテナもぺこりと頭を下げる。


「初めマシテ、エルフのお方。ワタシは“六つ羽根”のムゥと申しマス。そしてこちらはユイ、ワタシの契約者デス」


 彼の言葉につられて、思わず日本語──否、臼木語で挨拶しかけたが、今ここでは唯華は外国人なのだ。慌てて声を押し殺し、代わりにエルフの女性の目を見て笑顔を作る。


「えーっと……と、いう事は、貴方は竜族。成る程、随分と複雑な事情が有るのね」

「そうなる。だから、説明をしたい、です」

「分かったわ。じゃ、上がって上がって、お茶くらい出すわ」


 女性に勧められるままに、唯華たちは玄関を潜る。靴を脱ごうとして、いつも履いているスニーカーと同じようにしかけて、慌てて止めた。お行儀良く踵を揃えて脱ぎ、年季の入った床に上がる。

 すると、奥の方からもう一人のエルフがやって来るのが目に入った。彼はまず白矢の姿をみとめ、次に唯華に訝しげな視線を向ける。

 不意に、こんな格好をしているのが滅茶苦茶恥ずかしく思えて来て、気持ちテナの後ろに下がった。彼の今日のTシャツは、背中側に文字が入っている物で、そうするとその『吹っ飛び系』という謎の文字列が目に入る。


「あ、あれ? 白矢? この人たちは誰……?」

「だーもー、二度手間……僕が館に引っ越さない理由だよ!」


 そんな会話が交わされるのを眺めながら、案内を始めるエルフの女性に追随する。染めたものの様に見える金髪だが、あまり似合っていない。もっと黒い髪の方が、彼女には馴染みそうに思えた。

 そうして暫く進み、客間に通される。女性がお茶とお菓子を持って来るのを待って、白矢が口を開いた。


「あー、コホン。……簡潔に言うと、こいつらが館に住み着いてるから引っ越せない。後、僕としても、生まれ育った家から離れたくないしな」

「まぁ、貴方が引っ越したくないってのは良いんだけど……住み着いてる、って」


 女性の表情が、一気に鋭い物になる。それもそうだ、勝手に人の敷地に住み着いたら、怒られるのが当たり前だ。唯華が肌で居心地の悪さを感じていると、彼女の隣に座るムゥが、軽薄な笑みを浮かべながら口を開いた。


「まぁまぁ、まずは自己紹介としマショウ? 先ほども言った通り、ワタシはムゥ、こちらは契約者のユイ。それで、さっきから黙り込んでいる彼はテナ──『ファーストアーミー』の産物デスよ」

「ファーストアーミー、って事は……! いえ、名乗るのが先よね。私は上月深鈴、気軽に深鈴って呼んでね」

「……上月、悟です」


 少し剣呑な雰囲気が和らいだのに、唯華は少しほっとして胸を撫で下ろした。あまり、こういうのの耐性は高くないから。互いが名乗り終えた所で、ムゥが言葉を続ける。


「ユイとワタシは遠い国の生まれで、わけ有って生国を離れ臼木にまでやって来マシタ。しかしどうにも宿が無く、どうするべきかと悩んでいた所、烏山の館に辿り着いたのデス。

 先住していたテナサンや、“御柱”の方とも話し合い、一先ずあの場に住まわせて頂いていたのデスが……」


 そこまで話した所で、ムゥがその腕を唯華の肩に回した。事前の打ち合わせには無かった演技に、少し取り乱しかけるが、何とかその困惑を押し隠す事に成功する。代わりにテナが謎の殺気を放ち、白矢が険しい視線を向けて来たが。

 近い温もりを感じながら、演技の指針通りに、昔の悲しかった出来事を思い出して、思いっきり心細そうな表情を顔に浮かべる。うっかり洒落にならない程悲しかった事──くろが亡くなったあの朝の事とか──を思い出してしまって、本当に少し涙目になってしまったが。


「……どうしても出て行って欲しいと言うのであれば、我々は従いマショウ。デスが、そうなれば、ユイは住む場所を失ってしまいマス。

 ホテルなんかに部屋を取れば、一時の宿は確保出来るデショウ。しかし、ワタシの財力も無限ではありマセン。いずれ、駄目になる時がやって来マス。

 彼女に野宿をさせたくないデスし、ようやく得られた安住の地から離れさせたくもありマセン。……どうか、我々があの館を使う事を、認めてはくだサイマセンデショウか?」


 よくもまぁ、ペラペラとでっち上げられる物だ。演技の一環か、ムゥが元気づける様に唯華の肩を撫でてくるのに、少しくすぐったい等と思う。

 彼が一通り語り終えた所で、テナがゆらりと顔を上げた。背中に謎文字の入ったTシャツの前面は、ちょっとしたワンポイントが有るだけで普通なのが、余計に笑いを誘っている。


「……オレも、出て行けと言われると……とても、困る。確かに、“死”は元に戻った……だが、オレという存在は……残った。

 面倒だから失せろ、と……そう言われれば、オレに反論は出来ない……元々、生まれる筈の……無かった命。だけど……まだ、オレは消えたくない……」


 緊張気味な声音で言いながら、彼は唯華の片手を握る。いつの間にか謎殺気は消え失せていたが、代わりに白矢の視線がますます鋭利になった。何か知らないうちにヘマをやらかしていたのだろうか、と不安になる。

 だが、その不安は杞憂だったようだ。二人の言を聞いた深鈴は、うんうんと頷く動作をしてみせる。


「貴方たちに、止むに止まれぬ事情が有るのは分かったわ。特に、『ファーストアーミー』の産物だっていう彼に関しては、上月として責任を取らなくちゃいけないし。

 ……ねぇ、白矢君、貴方はどうなの? あの土地は貴方の物なのだから、最終的に決めるのは貴方よ」


 そうして話を振られた白矢は、ぴくりと耳を動かすと、眉間に寄せていた皺を解した。その状態で、彼は唯華の方を見やる。キッと一文字に引き結ばれた口と、濃いサングラスによって隠されている目元からは、彼の真意を及び知る事は出来ない。


「僕は、別に良い。これまでもそうだったしな。……それに、あの館も、人が住んでた方が手入れもされて良いだろ」

「なら、決まりね。私たちは、これからも貴方達の存在に目を瞑り続けてあげる」

「ありがとうございマス。アナタのそのご協力に、心からの感謝を」


 意外にもあっさり承諾された。もう少し悶着が有る事を覚悟していたから、拍子抜けだな、と唯華は目をぱちくりさせてしまう。

 ムゥが唯華の肩に回していた腕を離し、そして慇懃に頭を下げるのに合わせて、彼女も無言のままお辞儀をする。一安心して、何か喋りたくなってしまうのを慌てて堪えて、キリリと表情を引き締めた。

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