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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第六章・忌まわしき遺産
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第二十八話・大河のこちら側

これまでの固有名詞おさらい。

「“異触いしょく”」「“異客いきゃく”」

臼木皇国うすぎおうこく」「真郡県まぐんあがた」「方上市かたかみし

烏山からすざん」「月塚町つきづかちょう

「“御柱ミハシラ”」「“禍神まがかみ”」

古竜エルダードラゴン」「旧竜エンシェントドラゴン

 ミラシェフィーネ、別名此岸花。とある“客”の手により異界より持ち込まれた植物であるが、アルシードでも問題なく生育する事が出来る。

 全草有毒、特に鱗茎に猛毒を持つ、多年生の球根性植物。球根にも強い毒を含むため、間違っても食べたりしてはならない。単頂花序で、六枚の大きく反り返った花弁が放射状に付く。

 この花は、故郷の世界では良く墓地などに植えられていたのだという。その鱗茎の毒によって、墓を荒らす動物や虫を寄せ付けなくなる為だ。また、とある姫君がこの花を愛し、宮殿に咲き乱れさせたと言う逸話が有る事から、『天上人の花』等とも呼ばれていたらしい。

 このように、ミラシェフィーネは彼岸花と良く似通った特徴を持っている。故に、旧竜“ネームレス”は、この花を臼木語で『此岸花』と訳したのだ。




 庭に、新たな彩りが増えた。統一感のない様々な鉢植えに植えられた、白と紅の美しい異界の花。この秋無事花開いたそれに、唯華は微笑みながら如雨露で水を与える。乾いた環境を好む花らしいので、やりすぎない様に気を付けつつ。

 以前、奇妙な夢と共に枕元に出現した鉢植えと球根は、散々訝しがりながらも、結局植える事にした。ムゥが『大丈夫』と太鼓判を捺してくれたのも有り、球根と一緒に入っていた育て方メモを片手に、倉庫に眠っていた植木鉢たちを引っ張り出し、そして植えたのだ。

 育て方メモと一緒に、この花についての詳しい解説も同封されていた。毒が有る事や、元の世界ではどんな意味を持つ花だったのか、等と言った豆知識等が書いてあったのだ。それを踏まえてみると、これを『此岸花』と訳した“ネームレス”のセンスは、相当良いものだな、と感慨深くなる。

 そうして、風に吹かれて揺れる此岸花たちを眺めながら、唯華は奇怪だなぁ、と思う。間違いなく夢だった筈なのに、花はこうして現実で咲いており、唯華以外も見て触れる事が出来る。

 何故なのだろうか。そんな事を考えていると頭がおかしくなりそうになったので、早々に『異世界だから仕方ない』という結論に至らせておいた。

 そんなこんなで水をやり終えると、唯華は顔を上げて少し上を見上げた。大分日の出は遅くなったものの暑気は健在で、少し額に浮かんでいた汗が流れていく。見上げた空は快晴で、その青とやや色づき始めた葉の彩りが目に映った。


「もう、秋ですか……」


 ぽつり、と独り言が漏れる。こちらの世界に漂着してから、もう半年近くも経ったのだ。長かったような短かったような、本当に色々な事が有ったな、と思う。

 夕焼けが少し怖いのは相変わらずだし、家族や元の世界の友人に会いたいという切望が無くなったわけではない。だけれど、時間はそれらの傷を、少しずつ洗い流し癒していく。


「ユイカ。あっちの水やり、終わった」

「あ、お疲れ様です。じゃあ、朝ご飯にしましょうか」


 少し感慨深く思っていたら、いつの間にかすぐ隣まで来ていたテナに声をかけられた。今日は普段とは違い、その後ろ髪はポニーテールになっている。朝に、唯華が彼に乞われて結ってあげたものだ。やっぱり似合うなぁ、と思う。

 本日のテナの謎文字Tシャツは、『野菜』。この前買い物に行った時、こういうTシャツを作るセットなんて物が売られているのを見かけたが、まさかこれはそうして作られているのだろうか。とても市販されている物だとは思えない。

 謎Tシャツの真実について考えるのは一先ず置いておき、唯華は利き手から逆手へと如雨露を持ち替えつつ、彼の顔を見上げる。以前の“死神”事件が有ってから、何となく距離が近くなったような気がする。それまでも相当に近かったが、より一層近づいたのだ。

 そんな彼が、無表情ながらもどこか楽しそうに唯華に付いて来るのには、犬に懐かれている様な気分になる。いや、いくら何でも彼を犬扱いするのは酷いのかもしれないが。

 もし彼が犬だとしたら、黒のラブラドールだろうか。頭の中で、赤い眼の大型犬を思い浮かべて、自分の隣に置いてみる。……違和感が無いな、と一人こくこくと頷いた。

 そんな事を考えつつ、如雨露を玄関脇に置き、二人は館の中へ戻る。食材は何が残っていたかしら、等と思いながら、唯華は涼しい館内に少し震え上がった。




 朝食後、いつも通りに暇つぶしのボードゲームに興じていると、部屋の外側の壁から、ぬるりと竜型をしたムゥの頭がすり抜けて来た。壁をすり抜けて来るのは、何度見てもギョッとしてしまう。その反応を見て、彼は楽しんでいるようだが。


「何のゲームをしておられるのデスか? ユイカサン」

「ノルチェです。もうすぐ決着すると思うので、少し待ってて貰えますか?」

「フム……では、観戦でもしていマショウ」


 白黒の市松模様の盤上に残る駒の数は、もう大分減っており、あと残り数手で決着がつくだろう、と思う事が出来た。全身を建物の中に入れたムゥは、速やかに人型を取ると、机の横側に手を付いて戦況を眺め始める。

 長考の末、テナが白のレノース──ルークにあたる駒──を真っ直ぐ動かし、唯華の陣地に突っ込んだ。大方予想してた通りの手だな、と、残り少ない黒の駒たちの上で手をわちゃわちゃとさせる。


「そう、ですね……よし、これでチェックメイトです」

「え……、あ」


 ヨファ──ナイト相当の駒──を前進させてしまえば、もはや白のキング──これの名称はそのままだ──に逃れる場所は無かった。テナは暫く駒たちをねめつけた後、潔く負けを認めて頷く。


「……つ、次は、負けない」

「わたしだって負けませんよ」


 勝ち負けの回数は正確には数えていないが、およそ半々くらいだ。カードゲームの類いだと、ポーカーフェイスなテナが圧勝するのだが。彼がその気になって無表情を貫こうとすると、本当に感情が読み取れなくなるから。

 そんな事を考えつつ、終わりにしよう、と片付ける為に手を動かし始めた所で、ムゥが口を開いた。


「……ユイカサン、ワタシも少しノルチェをやりたい気分になりマシタ。もしよろしければ、一戦程お相手になっていただけマスデショウか?」

「へ? わたしですか? 良いですけど……良いですか、テナさん?」


 向かいに座るテナに問えば、彼は小さく頷いた後椅子から立ち上がった。代わりに座ったムゥと共に、盤の外に除けられていた駒たちを初期位置へと並べていく。

 先ほどと同じ様に唯華は黒、ムゥは白の駒を並べる。クイーンとキングの位置を左右逆に間違えてないか等を確認しつつ、唯華はぺこりと軽く頭を下げる。


「ええと、それではよろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いしマス。……ああ、少しハンデが必要デショウかね」


 そう言いつつ、彼は駒を動かし始める前に、白のクイーンをひょいっと持ち上げ、盤外に退かしてしまった。いきなりの行動に少し驚いていると、ムゥは底知れない笑顔を浮かべつつ、ボーネの一つを前進させる。


「こういうハンデの付け方で良いのか分かりマセンが……まぁ、公式の試合というわけでもなし、良いデショウ。

 自分で言うのもなんデスが、ワタシは結構強いデスよ? 覚悟してくだサイな、ユイカサン」


 ああそう言えば彼は海千山千の竜族なのだったな、と唯華はその笑顔を見て思い出した。息を呑みつつ、唯華は自分のボーネに手を伸ばす。


 ノルチェの結果は、唯華の惨敗であった。ムゥの方が、何枚も何十枚も上手だったのだ。仕方ないという諦め半分、悔しいという悔悟半分に駒を片付け始める。


「うう、どうしてそんなに強いんですかぁ。今度やり方教えてくださいよ」

「フフフ、そんな事で良ければいつでもお教えいたしマショウ。ワタシも勝負し甲斐の有る相手の方が、楽しいデスしね」

「……オレにも、教えろ」

「ハイハイ。……っと、来訪者のようデスよ、ユイカサン」

「あら。白矢さんかな、それともラシェちゃん達かな」


 ムゥがいち早く来客の気配を察知したので、手早くノルチェ盤を片付けてしまいつつ、唯華はぱたぱたと部屋を出て玄関に向かう。そして扉を開けると、そこには丁度柵の門を潜って来る白矢の姿が有った。


「こんにちは、白矢さん。今日は随分と早いですね」

「……おうよ。今朝はわりと体調がマシでな……」


 ガリガリにやせ細った身体も、安定して色の悪い顔もいつも通りに見えるのだが。とはいえ彼の言葉にやせ我慢のふうは無く、調子が良いというのは真実なのだろう、と断ずる事が出来た。

 庭の半ばまで来た所で、彼は並べられた此岸花の植木鉢に気付いたらしく、少しそちらに顔を向けた。その所作を見つけた唯華は、自慢げに声を上げる。


「この前言った、夢で貰った花です。先日、ついに咲いたんですよ」

「ふーん……不思議な事も有るもんだよなぁ」


 そんな会話を交わしつつ、彼を館の中へ招き入れる。そうして扉を閉め直した辺りで、足音も無く自身の背後に来ていたテナの姿に気付き、少し驚いてしまう。鎖の音が無くなったから、少し他の事に気を取られていると、本当に気付けない。


「ええと、それじゃあいつもの部屋に行きましょうか。白矢さん、ムゥさんと合流しておいてくれますか? わたしは飲み物とかを用意して来ますので」

「ケッ、しゃーねーな。そんくらいなら聞いといてやる」


 相変わらず無愛嬌な返答だ。そんな彼の言葉を聞き、テナがやや表情を曇らせた。今の台詞のどこかに、何か気に障る文言が有ったのだろうか、と軽く首を傾げる。


「……口が悪い、ミハシラ」

「うるせーな、アホの死神……いや、もうそれとは関係ないんだっけ。アホの元死神!」

「死神とか、言うな。……この、アスパラガス」

「あんたまで僕をアスパラ呼ばわりか!? 舐めやがって……!」


 かたっぽしかない赤い眼と、サングラスに隠された水色の瞳が、その視線をぶつけ合う。バチバチと火花が散る幻覚が見えそうな険悪ムードに、唯華は割って入る様に両手を挙げ、両者の肩を柔らかく叩いた。


「二人とも、喧嘩はやめてくださいね。お互いに相手のどうしようもないコンプレックスを罵っても、何の生産性もありませんから」

「……ユイカが、そう言うなら」

「こいつが元死神なのは事実だし、良いじゃねーか。だが僕はエルフだ、アスパラなんかじゃない」

「そういう問題じゃないですよ。それに、そうなると、ホワイトロングという揶揄は事実なのですから、甘んじて受け入れなければならない、って事になりますよ」

「ぐっ……まぁ、そこまで言うなら、改めてやらん事もねーがよ。あんたも時々辛辣だな……」


 白矢が眉間に皺を寄せて肩を落とした辺りで、ムゥが軽く片手を振りながら、唯華たちの元へやって来た。彼が上げる声に、唯華はそちらへ身体を向ける。


「ユイカサン、大きな声がしマシタけど……何か有りマシタので?」

「いえ、大丈夫ですよ。お待たせしてしまってごめんなさいね」


 いい加減、閑話に興じるのも終わりにしなければならない。唯華はテナに少し目配せすると、彼を伴って台所に向かい始める。


「ちょっとしたおやつとかを用意して来ますので、先にいつもの部屋で待っていてください。すぐ行きます」

「ええ、分かりマシタ」


 昨日焼いた紅茶の茶葉入りのクッキーが、まだ相当数残っていた筈だ。中々に美味しく出来たし、それとアイスティーを振る舞う事としよう。素早くそんな事を決めつつ、うっかり半開きのままになっていた台所の扉を抜ける。


 いつもの部屋に、四人で集う。代わり映えのしない光景だが、今日は一つ変化が有る。昨日間違って折ってしまった此岸花が、テーブルの中央に生けられているのだ。注意しなければ気付かない程度にだが、ほのかな良い香りがする。


「さて、ワタシから一つお知らせが有りマス」


 そんな異界の花を薄目でねめつけながら、ムゥはクッキーを手にする。一瞬殺気のような物が放たれた気がしたが、本当に刹那の出来事だったので、気のせいだろう、と唯華は断じた。


「はい、何ですか?」

「暫くの間、シィサンたちはこちらには来れないそうデス」

「あら……ってことは、ラシェちゃんも。何が有ったのですか?」

「烏山の本当の封印、“禍神”というモノの存在はご存知デスよね? 封印に組み込まれていた“死神”の解放に伴って、そちらの戒めが少し緩んでしまっているそうなのデス。

 その為、どんな小さな揺らぎも封印に与えたくない。シィサンがこの山に近づけば、それだけで封印が緩む。デスので、暫くはこちらには来れない、との事デス」


 “禍神”。そういえば、いつしか白矢の口からそんな名称が出たのを聞いたな、と唯華は思い出す。なら仕方ない、と頷いた辺りで、彼女は一つの重要な事実に思い至った。


「って、それって、わたしたちがここに居るだけでも、封印が揺らぐって言ってましたよね? まずいんじゃないですか?」

「まーな。極々軽微な揺らぎだが、目に見えて封印が弱ってるのが確かな今、ちと不安だな……」

「ええ。デスので、近々引っ越しをしていただく事が、旧竜会議にて決定したそうデス。一時的に、他の場所で過ごしていただきマスので、ご留意を」


 旧竜会議、と聞いて、ラァや“ネームレス”たちが一堂に会して決めたのだろうか、と思い浮かべる。そんな大事になっているのか、と少し面食らってしまった。“禍神”というのは、相当に危険なモノであるらしい。


「分かりました。でも、どこへ? あと、テナさんも行けますよね?」

「ただいま準備中との事デスが、悪い所ではないデショウ。望むのであれば、テナサンも一緒に行けマスから、安心してくだサイな」

「……そう、か」


 折角慣れ親しんだ館から離れなければならないのは、少し寂しい気分であったが、テナも一緒なら寂しさも薄らぐ。安堵して、唯華は胸を撫で下ろした。

 同時に、少し安心した様に呟くテナの声を打ち消す様に、白矢が杖──今日は普段使い用の物だ──を床に打ち付けて鳴らした。驚いて唯華がそちらに顔を向けると、甚く不機嫌そうな顔をして、空の左手の指を二本立ててみせる白矢の姿が目に映る。


「僕からは二つ程。一つは、ゆっ、ゆくっ……錦野唯華、あんたの“晶臓”の欠陥についてだ」

「何か、分かったのですか?」

「フン。……一つ検証しておきたい事が有る。動くなよ」


 是とも否とも取れない返答に、少し不審に思っていると、白矢は杖の先端を唯華の方に向け、一言呪文を唱えた。何をされるのかと一瞬身構えるが、暫く経っても別段何も起こらない。

 意図の不明な行動に、唯華はひたすら疑問符を浮かべるばかりだった。しかし、対する白矢は、眉尻をやや下げながら杖を戻す。


「ハァ、やっぱりな……あんた、Nレイヤーが丸ごと欠けてやがんのか」

「やはり、そうデシタか。となると、もうどうしようも有りマセンねぇ」

「……まじ、か」


 突然飛び出した意味不明な用語に、唯華は目をぱちくりとさせる事しか出来なかった。少し考え、似たような単語を何度か見聞きした覚えが有る事を思い出す。意味が分からずに、その都度スルーして来た単語だ。

 すっかり何かの専門用語かと思っていたが、彼ら三人が普通にうんうんと頷き合っている辺り、この世界では極一般的な知識らしい。道理で何処にも解説が無いわけだ、いちいち本という概念の意味を注釈する教科書が無いように。


「ええと……何なのですか? その、『れいやぁ』ってのは」


 とはいえ、この際スルーするわけにもいかない。思い切って疑点を彼らにぶつけると、三人は揃って拍子抜けするような顔をした。

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