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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第五章・メメント=モリ
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第二十五話・“死”を憶う


 竜は、人間より正確に“意志”という存在を認識し、現象や概念などの高次存在の“意志”とも、限定的ながら対話を可能としている、らしい。

 “意志”たちだけではどうしようもない、重大な不具合がアルシードに発生した時には、竜がその解決に手を貸す事もある。この事から、彼らは何らかの連絡手段を持っているとされているのだ。

 しかし、その事に関して竜たちに訪ねても、彼らは揃って閉口する。“意志”と正しく対話する手段を教えてくれ、と言っても、竜は首を振るばかりなのだ。


『我々が教える事は出来ない。人類にはまだ早過ぎるのだ』


 そう言って。




 片手に持っていた杖を、あの毛糸のバッグの中に仕舞い込みながら、彼は口を開く。杖が無くても平気なのか、と思ったけれど、何か追加で呪文を唱えたのを聞いて、成る程それも魔法で補えるのか、と理解した。普段から魔法で支えていないのは、単純に節約とかなのだろう。


「丁度良いや、この前の意趣返しをさせてもらおうじゃねーか」


 そう言って白矢がニヤリと笑ったのはほんの一瞬で、すぐにいつもの無愛想な表情に戻った。彼の言葉の真意を汲み取れず、ぱちぱちと瞬きしていると、やがて唯華に謎の浮遊感が襲いかかった。

 ぐるりと視界が90度回転し、思わず舌を噛みそうになってしまう。背と膝の裏に骨張った腕の感触が有り、また重力を身体の側面に感じる事から、唯華はようやく自分が横抱きにされた事を理解した。

 誰にされているのか、といえば、この場には白矢しか居ない。つまり、自分は──数秒の思案を経て、彼女は思い出した様に羞恥に顔を赤く染めた。


「な、な、何をするのですか!? 確かにくしゃみは出ますが、怪我してるわけじゃないですし、歩けますよ──はくちっ!」

「うるせーな、黙ってろ」

「じゅ、17にもなって、恥ずかしいですよ……!」

「こちとら21で、それもあんたみてーな小娘にお姫様抱っこされたんだぞ! 少しは僕の気持ちを思い知れってんだ!」


 いつしか彼の家を訪ねた時の事を、未だに根に持っていたらしい。言い返せないので、大人しく身を縮め込まさせる。身体の前側に垂らされている白い鬢が、自身の手の甲に触れるのを眺めながら、頼りない程に細い腕の感触に気を傾ける。


「……こんなに細いのに、よくわたしを持ち上げられますね」

「あ? 魔法だよ、魔法」

「やっぱり、すごいんですね、魔法……ふぇっくし。わたしに使えないのが残念です」

「ケッ」


 この雨を逸れさせている魔法だって、見事な物だ。普及しているわけではないようだが、何百年も傘から進歩しない雨具に、革命を齎す事だって出来そうな技術だ。とはいえ、そうなってないという事は、やはり本格的な魔法を日用品に応用するのは、色々と難しいという事なのだろう。白矢の毛糸のバッグがそうであるように。


「はぁ、ったく、ただでさえ“異客”なんだ、妙な病気にでも罹ったらどうすんだよ……」


 そんな白矢のぼやきを聞いて、唯華は猛省する。病院に行かなければならない程の体調不良を患って、それでここまで隠し通して来た事が無駄になるのは、避けなければならない事だ。

 先ほどの思いつきを口にするタイミングを見失いつつ、唯華は目を閉じる。それをするのは、彼が持って来たという報せを聞いてからでも、然程問題はないだろう。大人しく運ばれている間、唯華は思考を取り纏める事に耽った。




 館に戻ると、大体予想していたらしい顔をしたムゥが出迎えた。唯華が泣きながら走り出すのも、おおよそ予測通りだったようで、もう少ししたら探しにいこうと思っていたらしい。白矢に抱えられながら帰って来るのは、流石に予想外だったようだが。

 建物の中に入った所で、唯華はようやく地面に降ろしてもらえた。相当に恥ずかしかったが、この前の白矢はもっと恥ずかしかったのだろう。文句は、全て呑み込む事にした。


「アナタがた、いつの間にそんなに仲良くなったのデスか?」


 やや引き攣り気味の笑いと共に、そんな事を言われて、唯華の羞恥心に更に追い打ちをかけられた。とはいえ、恥ずかしいと感じる事が出来る程度に精神は回復している、と、そう考えておく事にする。

 まずは濡れた服を着替えた後、いつも集まるあの部屋に、白矢やムゥにも手伝って貰いながらお茶やおやつを用意し、そして三人で集う。普段ならテナが隣にいる筈の作業をしていると、また寂しさが湧いて来たが、唯華はそれを真摯な決意で押し殺した。


「それで、白矢さん。報せって、何ですか? ──へめしっ」

「ああ。コイツを見ろ。……つーか、本当に大丈夫なのか、あんた」


 くしゃみを両手で抑えつつ唯華が問うと、白矢は懐からスマホを取り出し、その画面を見せた。ここに来る前に予め表示させておいたらしい画面は、右上に『Cwitter』というロゴが入ったものだ。


『なんか空中に人が浮かんでるんだけど……』


 画面には、誰かの投稿したそんなコメントと共に、画像が映し出されている。窓越しに、人影のような物を写した写真の様だ。豪雨の所為でか写りが悪く、いまいち人影の特徴を掴む事が出来ない。しかし確かに、その人影は空中に浮かんでいる様に見えた。


『すごい! どこで撮ったんですか?』

『コラージュだろ』

『最近の画像編集ソフトはすごいな』


 いくつかリプライがくっついてるのを捉えつつ、唯華は写真に目を凝らす。すると、かなり朧げながらも、顔の左側を隠すあの髪型と、右だけ露になっている赤い眼を捉える事が出来た。そうしてみれば、成る程白いTシャツの模様も、『トランペット』という文字に見えて来る。


「コレは……」

「て、テナさん……!?」

「ああ。で、次に、これだ」


 唯華が当惑しながら声を上げる中、白矢は画面を切り替える。すると、次に出て来たのは、どこかで見たような動画サイトだった。『ミーストロー』というらしい。

 動画のサムネイルは、撮影した場所は違うようだが、先ほどの画像と大体似たようなアングルだ。再生ボタンを押すと、雨がぼぼぼぼぼと降る音と共に、撮影者と思しき人物の声が聞こえ始める。


『やっべ、マジで人が飛んでるー! アレが魔法なのかな、初めてみたー!』


 動画自体は短い物で、二分にも満たないうちにシークバーが右端に辿り着いてしまう。しかし、その短い再生時間の間に、唯華は一抹の違和感を覚えた。

 なので、別の画面に切り替えようとする白矢の手を、唯華は両手で掴んで止めた。ビクッとなって止まる彼に視線を合わせながら、彼女は要請をする。


「もう一度、再生してくれますか。音量を最大にして──はくしょん!」

「あ? まぁ、別に良いが……ちと待ってろ」


 端末の画面を操作し、出せる最大音量に引き上げて、再び再生ボタンが押される。すると、耳が痛くなる程の爆音が部屋に鳴り響き、白矢は空いている片手で片耳を塞ぎ、ムゥは驚きのあまりに菫色の瞳を見開いてしまった。


「うっわっ……ビックリした! こんなデカい音出るのかよこれ!」

「み、耳が馬鹿になるかと思いマシタ……」


 しかし、そんな男二人のぼやきなぞ聞こえないかの様に、唯華は爆音に全神経を集中させた。雨の音、素人らしく滑舌の悪い声、それらに覆い隠されてしまっている、小さな小さな叫び声。聞き慣れた筈の、しかし聞いた事も無い色の入った声。


「……聞こえた。聞き取れました!」

「は?」


 ただでさえうるさい大音量に、全力で集中していたからか、かなり耳が痛い。キーンという耳鳴りに顔をしかめながら、唯華は声を上げる。


「テナさんの声です! 随分と大声で叫んでいた様ですが、雨の音とかで打ち消されてしまってたのですね……」

「ま、マジか。僕、全然聞き取れなかったが」

「ワタシにも分かりマセンでしたよ……本当にテナサンの声なのデスか?」

「間違い有りませんよ、昨日まで飽きる程聞いていた声です。……へーちょっ」

「フム……ま、ここはアナタの聴力を信じマショウ。で、何と言っていたのデス?」


 少し唾を飲み、耳を労る様にしながら、唯華は一息吐く。そして、ムゥの質問に返答をした。


「ええとですね、全部を聞き取れたわけじゃないので、断片的な単語だけですが……『いやだ』とか、『消えたくない』とか……それと、『ユイカ』って、わたしの名前も呼んでました」

「フム……」

「で、それで何かあんのか?」

「いえ。ですが、これで色々と自信を持って行動出来ます。テナさんは、少なくともまだ消えたくない、って言ってくれてるのですから」


 唯華は、少し胸を撫で下ろす。もし本当に、ムゥの言った様に、彼が“総意”への回帰を至福としており、育んだ絆が全てまやかしものなのだとしたら、流石の彼女とて迷いが生じただろう。

 しかし、向こうの気持ちも、氷山の一角といえど、こうして聞く事が出来たのだ。胸の中でとぐろを巻いていた惑いも、強固になってゆく決意によって打ち払われる。


「行動、って。何かやる事のアテが有るのデスか?」

「はい。ええと、その事は後で言いますので、白矢さん、続きをお願いします」

「へいよ」


 不承不承といったさまで、彼は音量を通常の物に戻しつつ、次のページに切り替える。そして出て来たのは、どこかのニュースサイトの画面だった。見出しには、『新西都大学病院にて35名が突然死』と書かれている。

 どうやら今朝、首都の大きな病院で、何人もの人が原因不明の突然死を遂げたらしい。それに、その病院に限らず、他の病院でも沢山の人が唐突な死を迎えたらしく、故にこうして一大ニュースとなっているようだ。

 概ね、大病の末期患者や、年を経た病人などを中心に死亡しているらしく、何らかの魔法によるテロなのではないか、と捜査が進められているらしい。とはいえ、事情を知る唯華は、すぐにその理由を察する事が出来た。


「“死神”が還り、生命の巡りが正しく動き始めたから……今までギリギリ生きていた人たちが、死んだのですね──っぷし!」

「そういう事デスね。少しの間は混乱するデショウが、その内落ち着くデショウ」

「フン……ま、良いけどよ」


 白矢は、どこか複雑そうな表情で、端末の画面をロックし仕舞った。どうやら、見せに来たものはこれで全部らしい。眠たげにサングラスの隙間から目をこすりつつ、彼は言葉の続きを語る。


「どうやらあんたの様子を見るに、おおよそ状態は察してるようだな。話が早くて助かるよ、ゆ、ええと、ゆっ……錦野唯華。

 で、あんた、これからどーすんだ。“死神”が首尾よく解放されたんなら、僕は今いる家を引き払って、こっちに引っ越しさせられる事になるが……そうなると、あんたを隠し通すのは難しいぞ」

「え、あ、そうなのですか? ……どうしましょう、わたし、行くあてなんて──う、ふぇっぷし!」

「結論を急ぎ過ぎデスよ、ローングロング白もやし。それよりもユイカサン、アナタが先ほど言った『行動』のアテとやら、教えて頂けマスか?」

「なんで最初の『ロング』だけ伸ばしたんだよ!? つかもやし路線再開かよ、いい加減にしろよな!」


 恒例のやりとりに、唯華は吹き出しそうになって、どうにかにやけるのみに留めた。そろそろ彼女の表情筋は限界かもしれない。

 慌てて表情を引き締めつつ、唯華は適切な言葉を考え出し、そして口にする。自分の腕をねめつけながら口を尖らせる白矢と、こちらを見てにんまりと笑うムゥの姿の双方を視界に捉えつつ、ちらりと左の空席に目をやった。


「ええと、まず。白矢さん、あなたは『ファーストアーミー計画』について、どこまで知っていますか? 歴史じゃなく、理論とかそういう方面で」

「あ? んー……あんま詳しくは知らんな。おおよその筋書きは知ってるが、専門的な部分はめんどいから覚えなかった。ただ、詳細な資料の場所は知ってるぞ」

「じゃあ、その資料を見せて頂けないでしょうか。わたしの思いつきが実現可能かどうか、確かめたいのです。へ、へくちぷっ」

「……一体、何を思いついたというのデス?」

「コホン。テナさんを連れ戻して、“死”も元に戻す方法です」


 白矢とムゥが、驚き半分興味半分の視線をこちらに向けて来るのが分かった。あくまでただの思いつきですがね、と断りつつ、唯華は説明を開始する。


「“死神”は、本来無形の存在で、わたしたち人類にはまともに観測すら出来ないもの……そうでしたよね?」

「ええ。あの方も、ああして人間の身体に封じ込められるまでは、アナタたちでは触れる事すら叶わない存在デシタ」

「だけど、テナさんは封印されてしまった。前例のない事です。だから、何か予想外の事が起きてもおかしくない。

 現に、ムゥさん、あなたの予想とは違う事態が起きました。テナさんは、『消えたくない』と叫んでいたのですから」


 そこまで一気に喋った所で、唯華は息継ぎをした。その間、二人は無言で視線を向けつつ、静かに待つ。相手にそんなつもりは無いのだろうが、プレッシャーがかかって、少し呼吸が乱れてしまう。


「ですけど、きっと、ムゥさんの考えも間違ってはいないんです。ただ、あなたの指していた物は“死神”であり、テナさんでは無かった、そう言う事なんだと思います。

 確かに『“死神”さん』は、回帰を望んでいるのでしょう。だから、わたしの前から消えてしまった。

 ですけど、『テナさん』は消えたくない。だから、ああして叫んでいる。

 ……これは、専門知識のせの字もない、浅学な異世界人の推測ですけど。テナさんは人として生きる内に、“死”のそれとは別の“意志”を作り出してしまったのではないか、と思うのです。

 だから、“死”とテナさんを上手く切り離せれば、みんな笑顔で大団円の結末を迎える事が出来る……そう思うのですよ──へ、ふぇちぷっ!」


 話すべき言葉を全て紡ぎ終えて、唯華ははぁー、と大きく息を吐いた。最後のくしゃみで、色々と台無しになった感も否めないが。

 すると、耳を張りながら黙して聞いていた白矢が、きょとんとしたふうだった表情を、慌てて普段通りに歪める。こんな風に眉間に皺を寄せていたら、いつか皺が消えなくなりそうだ、と思ってしまう。


「よくアレだけの情報から、ここまでの推測を導き出せるな……」

「あはは。お褒めに与り、光栄です」


 少し照れくさくなって、軽く笑う。元々、ファンタジーやSFものを嗜んでいたのが、今回功を奏したのかもしれない。人造人間や高次的な神様などの話も、彼女は好んで読んでいたから。

 過去の自分に『グッジョブ』と言いたい気分になりながら、唯華はムゥの方へ視線を移す。そして、“意志”に関して詳しい筈の、彼の言葉を促してみる。


「どうですか、ムゥさん。わたしの推理は正しいのでしょうか」

「……ウウム。『ファーストアーミー』とやらの仕様次第、デスね。一先ず、その資料とやらを見せて頂けマスか? Weißer Spargel」

「は、ヴァイサー……? ……って、ンだよ、わざわざシドイ語で『ホワイトアスパラガス』かよ! 一瞬真面目に考えて損したわ!」


 無駄に流暢な外国語に、唯華もきょとんとしてしまった。少しの間神妙な表情になり、その後白い顔を真っ赤にして地獄の鬼のような顔になる白矢を見、ちょっと笑い声が漏れてしまう。彼自身の大声によって、それはかき消されたが。


「まぁ、それは置いといて、だ。資料を閲覧してーなら、すぐにでも案内してやるが……その前に、だ」

「へむちっ……な、何でしょうか」

「さっきからの、あんたのそのくしゃみ。不愉快だ」


 そう言いつつ、白矢はがさごそとバッグを漁り、中からねじくれた杖を取り出した。先端部の宝石──“魔水晶”という、魔力の伝導体になる鉱石らしい──が、唯華の胸元に突きつけられる。


「他人の風邪を治療するのは、やった事ねーが……なに、こんくらい軽度ならいけるだろ。すぐに終わるから、動いたり抵抗したりすんじゃねーぞ」

「そんな事も出来るのですか、魔法って……」


 興味津々で、あれこれ触ったり質問したいのを我慢しながら、大人しくじっとしている。清麗な声で唱えられるまじないの言葉に呼応し、杖の宝石がやんわりとした光を帯びる。

 しばらくその光の明滅を眺めていると、さっきから鼻の奥でむずむずしていた物が消え去っていることに気付いた。少し熱っぽかったのも、完全に消えている。


「うわ、本当に治っちゃった。流石ですね、白矢さん」

「おう、もっと褒め讃えるがいい。さて、そろそろ行くぞ」

「何処に向かうというのデスか?」

「この館の地下だよ」


 白矢は杖を仕舞いつつ、人差し指で下を示す。地下にそれらしい部屋は無かった筈だが、と、唯華は少し首を傾げた。

シドイ→ドイツ


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