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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第五章・メメント=モリ
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第二十四話・溢れ出る亡失


 ファーストアーミー計画の、“命”の無い人造人間に“意志”を吹き込む研究。これは、中々に難航したという記録がある。

 まず、既存の人間を犠牲にし、その“意志”を切り分けて使う方法。それは、あまりにも人道に悖る、という事で実用化はされなかった。とはいえ技術自体は完成し、試作品が数体生み出されもしたのだが。

 代わりに考案されたのは、時に“神”とも呼ばれる類いの、現象に宿る“意志”を切り取って使う方法。これを実現する事が出来れば、その現象すらも操る事が出来る様になる。災害の“意志”を支配すれば、その災害そのものさえも支配出来るのだ。

 同時に、そういった現象の“意志”という物は、人間とは比べ物にならない程の巨大な意識を持っている。その意識にパーティションを設け、人間サイズに切り分ければ、一つの“意志”で数百もの人造人間に“命”を宿らせる事が出来るのだ。

 一度“意志”が宿りさえすれば、それがどんなに小さく曖昧な物でも、いずれ成長し確固とした自我を得る。自我が生じた後であれば、種となった“意志”は抜き取っても問題なく、他の所で再利用出来るのだ。

 とはいえ、“意志”については分かってない事も多く、これを実現するためには、まず適当な“意志”を捕まえて、その研究をする必要が有った。そうして、操る事が出来れば強力無比であり、意識も十分に巨大である現象として、“死”に白羽の矢が立ったのだ。

 ……しかし、そんなファーストアーミー計画は、完成しなかった。完成する前に“大惨事”が勃発し、そのまま竜たちによって潰されてしまったからだ。




「テナ、さん?」


 不意に強い圧迫感が消えて、唯華は当惑した。驚きのあまり高鳴る鼓動を抑えつつ、くらくらと数歩後ずさる。しかしそうして見回しても、先ほどまで間近に──近過ぎる程に感じていたテナの気配は、もう何処にも無かった。

 急に深刻そうな顔をして帰って来たかと思えば、いきなりあんな風に抱き締めて、そのまま消える様に居なくなってしまった。尋常でない事態の臭いを感じつつ、唯華は大きめの声を上げる。


「おおい、テナさーん。隠れてないで、出て来て下さいよ。朝ご飯作るので、テナさんが居ないと何も出来ないのです」


 返答は、ない。


「テナさん、お願いします、姿を現して下さい。わたし、困っちゃいますよ」


 ただ、館内に反響する自身の声のみが、返って来る。


「……あの、本当に、どうしたんですか? 何か悪い所でも有るのですか? こちらの世界の人は、いきなり声も姿も無くなってしまう、そんな病気に罹ったりするのですか?」


 我ながら、随分と必死さが滲み出た声だ、と思った。半開きの玄関から飛び出し、そして外を見渡しても、やはり彼の姿は無い。館内の全ての部屋を探しまわっても、どこにも見つからなかった。

 そうしていると、お腹がぐうぅと鳴り、彼女は空腹である事を思い出した。浮かない顔で台所に向かい、冷蔵庫に手をかけるが、開かない。


「……どうしよう」


 渦巻く心細さと不安が、この現実的な問題に直面した事により、一気に爆発した。水道も使えないから、このままでは餓死してしまうかもしれない。その事を考えたら、一気に食欲が消え失せてしまった。

 特にムゥからの連絡は無かったから、恐らく今日も来てくれるだろう。一先ず、それを待つしか無い。彼なら、テナの消滅についても、何か知っているかもしれないから。

 空きっ腹を抱えたまま、唯華は自室に戻り、そのまま横になった。そして、ムゥに借りて来てもらっていた本を開き、昨日の続きから読み始める。同時にメモ帳も横に置き、重要だと思った所を書き留めていく。いつものように。




 数時間経ち、二冊目の本を読み終えた所で、玄関からムゥの呼び声が聞こえて来た。それを聞きつけた唯華はばたばたと起き上がり、彼の元へ走り寄る。


「ムゥさん! お待ちしていました」

「おはようございマス、ユイカサン……っと、どうやら随分と憔悴しておられるようデスね」

「はい、あのね、テナさんが、テナさんが居なくなってしまったのです」


 フム、と顎に手を当てたムゥへ、今朝の顛末を話す。とはいっても、『急に抱き締めて来たかと思ったら、いきなり消えてしまった』としか言い様が無いのだが。


「あの野郎……これは、『手を出してない』の範疇なのデショウか……」

「え?」

「イエ、なんでも」


 一瞬目を開きかけたりしながら、彼は少しの間首を傾げた。そしてやがて、大体合点した様に大きく頷く。すると、彼は唯華の隣を通り抜ける様にしながら、笑顔とともにこちらを振り向いた。


「その様子では、空腹デショウ。ワタシが手伝いマスので、まずは朝飯にしたらどうデスか?」

「あ……」


 そう言われると、思い出したかの様に再びお腹がきゅるると鳴る。一刻も早く彼の話を聞きたいのは山々だったが、このままでは集中力も保たないと思ったので、唯華はこくりと頷いた。


 昨日作った煮物の残りと、小分けにして冷蔵しておいたご飯をレンジでチンして、海苔と共に遅い朝食とした。テナの分は、ムゥに乞われたのも有り、彼の為に振る舞ってしまった。いきなり消えてしまったのだ、朝食抜きは当然の制裁だろう、等と思う事にしながら。

 食べ終え、食器を片付けた後、唯華とムゥは台所のテーブルで向き合って座った。ムゥは、リュックからクッキーの箱を取り出し、それを唯華にも勧める。


「いえ、遠慮しておきます。あまり食べたら、太っちゃいますから。お昼も入らなくなっちゃいますし」

「フム、そうデスか……確かに、アナタが太ったのは見たくありマセンねぇ」

「それより、聞かせて下さい。テナさんの事、あなたは何か知っているのでしょう?」

「ええ……分かりマシタ」


 箱から、クッキーの二つ入った小袋を一つ取り出し、それを破って一枚を取り出す。サク、とそれを齧ると、ムゥは静かに語り始めた。


「……アナタは、“意志”がどういう物かはご存知デスか?」

「ええ。本で読みましたし、知ってます」

「随分と勉強熱心デスねぇ、感心いたしマス。……知っているのなら、話は早いデス。あの方は、本来有るべき所に戻られたのデスよ」


 そこまで言うと、彼は大口を開け、齧りかけのクッキーを一口に食べてしまった。次いで、袋に残るもう一枚のクッキーを手に取る。その所作を視界の端に捉えながら、唯華は狼狽えた。


「それって、どういう……」

「あの方の本性は、“人の死”という現象に宿る“意志”、“死神”。愚かなニンゲンどもの手により封じられていマシタが、今朝遂に解放されたのデスよ。

 そうなれば、最早人間界に留まる必要は有りマセン。間もなく彼の“意志”は有るべき場所に戻り、そして生命の巡りを紡ぎ出すデショウ」

「……つまり、テナさんの封印が解けた、って事なんですね?」

「そうなりマス」


 ムゥは二枚目のクッキーを数口食べたかと思うと、やはり大口で丸かじりにしてしまった。指についた残りかすを舐めとりつつ、彼は二袋目を取り出す。それを眺めつつ、唯華はコップ一杯の麦茶を一気飲みにする。


「質問、良いですか」

「どうぞ?」

「また、テナさんと会う方法は有るのでしょうか」

「いいえ、有りマセンね」

「……どうしても?」

「どうしても、デス」


 にべもなく答えられてしまった。しかし、唯華は諦め切れず、自分の語彙と会話力を総動員して、彼へとぶつける言葉を考える。


「それは、わたしが元の世界に帰る方法と同じくらい、有り得ない事なのでしょうか? そうじゃなくて、少しでも可能性があるなら、教えて下さいよ」

「……アナタ、そんなにテナサンの事が好きなのデスか?」

「ええ、好きですとも。テナさんは、わたしにとって、家族同然の人なのですから」

「ならば、諦めなサイ。真にあの方を思うのならば、ね」

「何故です?」

「“死神”にとっては、回帰こそが僥倖、正しい姿に有る事こそが至福。……確かに、アナタとの生活に、かりそめの幸せを見出していたのかもしれマセンがね。

 それに我々としても、“死”は元の場所に戻って頂いた方が、何かと都合が良いのデス。この世界の均衡の為には、ね」


 ムゥの台詞を聞く度に、唯華の顔色はみるみる悪くなっていった。テナのあの優しげな笑顔も、築き上げた信頼関係も、全てまやかしだったというのか。無意味だったというのか。


「そんな……そんなのは有り得ません。だって、ただの嘘や誤摩化しで、あんなに優しい笑顔は作れません」

「それはただ単に、アナタの目が曇っていたのデショウね」

「でも、でも……だって……」


 諦めずに執着するさまは、何とも見苦しいものだっただろう。しかし、例え自分が今どんな醜い姿をしているのだとしても、唯華は吹っ切る事が出来なかった。泣きたい気分を抑制しようとしたが、溢れる涙は抑えられなかった。


「大丈夫デスか? ……案ぜずとも、これからはワタシが付き添って差し上げマスよ。安心してくだサイな」


 俯く彼女に、ムゥの優しげな声がかけられる。ありがとう、大丈夫です、と答えたかったけれど、喉が詰まって声が出ない。

 この別れも、割り切らなければならないのか。元の世界との別れは、自分でも驚く程あっさり受け入れられたのに、テナの喪失は受容し難かった。

 声が出そうになるのを押し殺していると、いつの間にか背後に回っていたムゥが、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。その振動に身を任せながら、稼働を拒む思考に鞭を打ち、動かそうと試みる。


「少し、外の空気を吸って来ます」

「ン、分かりマシタ」


 しかし、このまま黙っていても、何も良い事は思いつきそうになかった。彼女は何とかそう言うと、立ち上がり、ふらふらと歩き始める。そして見送るムゥの視線を背に感じながら、唯華は外に出た。




 玄関の辺りから、庭を見渡す。テナと二人して整備した甲斐あり、そこにはもう雑草の姿は存在しなかった。代わりに、砂利が敷き詰められている。

 土が剥き出しになったままの庭がなんだか寂しかったけれど、芝生は難易度が高いし──そこで、沢などから小石を拾って来て、庭に敷く事にしたのだ。

 拾って来た石を洗って乾かし、そして土を覆う。小石と言えど大量に運ぶとなると相当に重く、テナの力が無ければ到底実現しようとは思わなかっただろう。そんな庭を眺めていると、ますます哀愁が湧いて来た。

 どうやら唯華は、テナという存在に自覚以上に依存していたらしい。今まで両親と兄妹に求め向けていた家族愛を、彼一人に向け求めていたのだから。そんな相手を失ってしまえば、こうなることは目に見えていた。


「……はぁ。とにかく、落ち着かないと……」


 自分に言い聞かせる意味も込めて、口に出す。まだ昼には早い時間だが、真夏の陽気は容赦なく照りつけ、気温を上げてくる。とはいえ、新聞の天気予報によれば、今日は昼前から雨が降る事になっているので、そうなれば少しはマシになるだろう。

 と、思った瞬間、ぽつ、と頬に水滴が落ちた。間もなく、ぽつぽつと雨粒が砂利を濡らし、その色を暗くしていく。やがて、ざあざあという音を立てて、土砂降りの雨が降り始めた。

 傘も持たずにいる唯華は、たちまちのうちにびしょ濡れになってしまう。それでも、彼女は結論を弾き出せず、雨音の中に立ち尽くしていた。やがて、何を思ったか、外へ向かう門を抜けて山の中へ駆け出す。


「──テナさん! 出て来て下さいよ! 封印が解けたなら、一緒に外に遊びに行くって、約束だったじゃないですかぁ!

 この、時期ならっ……アイス屋さん、今、キャンペーンやってて……テナさん、好きそうな味も有ってっ……!!」


 届く事の無い声で叫びながら、唯華は道なき道を駆け巡った。そうしていると、止めどなく涙が溢れ出す。何時しか彼女の喉は意味の有る言葉を発せなくなり、ただ悲愴な叫び声を上げるのみになった。


 一頻り泣くと、随分と思考が晴れ上がって来た。理不尽なもやもやが解消出来ない時には、泣く事で何もかも流し去ってしまうのが一番である。雨に打たれたお陰で、随分と頭も冷えた。


「へ、ふぇっくしっ!」


 冷え過ぎた感も否めないが。

 冷静になった頭で考えると、何故自分は館から飛び出し、あまつさえこんな山中に駆け出してしまったのか、全く以て理解不能であった。

 どうしようか。帰り道なぞ、分かる筈も無い。迷子になった時の鉄則は、その場から動かない事だが、こんな所で立ち往生していたら本格的に風邪をひいてしまう。一先ず雨宿り出来る場所を探そうか、そう思った時であった。


「あぁ? 気のせいかぁ? なーんか、人間の声が聞こえた気がするんだが」


 聞き慣れた、ひねくれたふうの有る男の声。そちらの方を見ると、確かに人影が見えた。


「へくちっ……こ、こっちです! すみません、来てくれますか?」

「チッ……気のせいじゃなかったか」


 声を向けると、人影はカリカリとしたふうに言いながらこちらに歩いて来た。間もなく、ハッキリと視認出来る距離になる。そこに居たのは、いつもながらの不機嫌さを顔に浮かべた白矢であった。


「クソが、何でこんな所に居やがんだよ」

「それは、あなたもお互い様──はくしっ!」

「僕はあんたらに報せが有って来てンだよ、ったく……」


 彼が傘も差していないのに、あまりにも濡れていない物だから、唯華は少し疑問に思った。だが、彼の周囲に降り注ぐ雨粒が不自然に逸れていってるのをみとめ、成る程これも魔法か、と思い至る。

 そんな白矢の元に歩み寄りつつ、彼の顔を見上げていると、唯華の頭の中にある一つのアイデアが浮かび上がった。すぐさまそれを言葉とし、形にしておこうと、彼女は白矢に話しかけようとする。


「へぷしっ……あ、あのね、白矢さん」

「ハン、風邪ひきかけてンじゃねーか……馬鹿じゃねーの、こんな雨の日に山の中飛び出すとかさ。僕が通りかからなかったら、どうするつもりだったんだ」

「そんな事はどうでも良いんです、実は──」

「どうでもよくねーわ、アホ。風邪こじらせたらどーすんだ」


 しかし、彼女の言葉が本題に入る前に、白矢に肩を掴まれて引き寄せられてしまった。その時、彼の口角が、まるで妙案を思いついた策士のようにつり上げられていたのを、唯華は捉える。

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