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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第一章・異世界漂着
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第一話・降って湧いた非日常


 獣道すらない、急勾配の山の斜面を、彼は淡々と上っていた。右手には鉈、左手には“何か”がタップリ入ったバケツを携えて。両手が塞がっているというのに、彼はバランスを崩しそうになる事も無く、すいすいと上っていく。

 彼は、見た目は間違いなく人間のそれであった。中肉中背、白いTシャツに黒い上着を重ね着している。古びたズボンは、枝やらに引っ掛けまくったらしく、裾が破けかけていた。中途半端に伸びている烏羽色の髪は、顔の左半分を覆い隠している。右側しか露になっていない瞳は、彼の人外を一所に凝縮したかのような緋色であった。

 そして緋の瞳と同様に異彩を放つのは、切れた鎖の付いた手足の枷と首輪であった。魔法で成形された金属に、魔法陣学に基づいた紋様が刻み込まれている。それには、形なきモノを形ある物へ押し込め、封じる魔術がかかっていた。

 もう夜も遅いのだが、周囲は夜を縄張りとする生き物たちの声に満ちている。しかし人型である彼の闖入に、その声はさっと引っ込んでしまった。その事に気付いた彼は、自身の肉体を疎ましく思いつつ、更に歩を進めた。

 暫く進むと、山中を流れる沢にたどり着く。これを上流へ有る程度遡れば、彼の目指す場所はもうすぐそこだ。彼は一旦その水辺に腰を下ろし、喉を潤そうと清水を掬おうとする。

 その指先を流れに触れさせる。すると、上流から流れて来たらしい髪の毛が指に纏わりついた。その感触に彼は疑問符を浮かべつつ、髪の毛を掬い上げて月明かりに翳す。女の物らしく長いそれは、焦げ茶色をしている。

 しばし思案した後、彼は髪の毛を再び流れに戻す。当初の目的は水を飲む事であったが、それは既に忘却の彼方に有った。バケツを持って立ち上がり、ついでに鉈を現出させ維持していた術を解く。金属で形作られていた鉈は、空気に解けて消えてしまった。

 沢を辿り、源流へ向かって歩く。相変わらず道は険しいが、木々が無い故に月と星の光が遮られないので、辺りを視覚でも鮮明に捉えられる。別に目が見えなくても平気なのだが、見える事に越した事は無い。

 人の血を糧に生きる羽虫すらも、彼を畏れて近寄らない。遠巻きに警戒する視線が彼方此方から刺さるが、彼はほんの少し眉をひそめるのみで、気を向ける事もしなかった。

 満月ではないが、大分満ちている月は夜を神秘的に照らす。太陽よりずっと近しい存在である彼女は、今宵も地を見守る。膝上程ある段差を乗り越えた後、彼は数秒程天を見上げていた。

 そして視線を前方へ戻した時、彼は倒れている人影をその目に捉えた。彼の一歩でも渡り切れない程の幅になっている沢に、それはぴくりとも動かず横たわっている。数度瞬きした後、彼は歩調を早めてその傍らへ駆け寄った。

 バケツを適当な所へ置き、彼は人影の近くでしゃがみ込む。焦げ茶の長い髪が、水を吸って顔や身体に張り付いている。血色は悪く、顔は青ざめている。服装や体つきから、彼女は恐らく女学生なのだと推測出来た。俯せに倒れるそれを、まずは軽く揺さぶってみる。だが、反応はない。

 体温は酷く冷えきっていたが、死んではいないようで、掴んだ手首には、確かな脈動が存在していた。その事実に、彼は少し安堵する。しばらく死に顔のような彼女をねめつけ続けた後、そのひんやりと冷えきった身体を片腕で持ち上げた。

 流石にバケツや鉈よりは重いが、持てない事は無い。残った方の手でバケツを回収すると、彼は再び歩を進め始めた。




 方上市かたかみしの夜空を、銀の竜が飛翔していた。

 空を見上げる事が有れば、間違いなくその影を察知する事が出来ただろう。銀の燐光を放ち、紫水晶の六枚羽根をゆっくりとはためかせ、それは飛んでいた。

 蛇の様に細長い身体に、前と後ろに一対ずつ、ヒレのような肢。より大きな前脚の方を、翼と同様に宙をかく様に動かしている。ヒレの先端部分には、それぞれ五本の柔らかで平たい爪が生えていた。

 全体的にスマートな顔立ちを、白い一対の角が飾っている。鬣等は無く、瞳は今は糸の様に細められている。非物質の羽根を自在に操りながら、彼はこの町にある神社の裏山を目指していた。

 目的地の直上近くへ辿り着いた所で、三対の羽根をビシリと広げてその場に静止する。すると、竜のシルエットが揺らぎ、波打ち、銀の鈍い光に融ける。不定形で有ったのはその一瞬のみであり、次の瞬間には新たな形に成形されていた。

 完璧な、人型。バックパックを負った背に残された、非物質の六つ羽根ムツバネが無ければ、最早彼が竜であると聞いて信じられる者は、先ほどの変身の場面を目にした者以外では、ほぼ皆無であろう。

 彼は今、人間の少年のような姿であった。安物のタートルネックのセーターに、こちらはそこそこ質の良い袖無しのダウンジャケットを組み合わせている。髪は竜の鱗と同様の銀色で、まるで短い銀糸を束ねているようだ。相変わらず目は細められており、キツネのような印象を抱かせる。

 羽根の力で、ゆっくりと安全に降下した後、彼は翼を引っ込めた。一瞬のうちに色を失い、まるで最初から羽根なぞ存在しなかったかの様に消失する。そうなってしまえば、彼は最早珍しい髪色の少年でしかなかった。

 彼が降り立った場所は、方上市にある山の一つ『烏山からすざん』を流れる沢の傍らであった。地元民でも山の名前を一つ一つ把握しているのは稀だが、ある理由から烏山は他より認知されている。この山は、方上市の観光名所でもある『黒環神社くろわじんじゃ』が奉るご神体そのものであるのだ。

 そして、あまり知られていない烏山の真実も、彼は知っている。この山はこれ自体が巨大な魔法陣の様なものであり、その強大な力によってある“神”を封印しているのだ。

 その“神”と、彼は知り合いだ。最後に会ったのは何十年も前だが、封印者の方とも面識が有る。今回方上市に訪れた彼は、ついでにその旧知たちも訪ねてみようか、等と画策していた。

 尊き山に、彼は土足で踏み込む。注意深く辺りを観察しながら、上流へ向かって沢沿いを進む。突然の来訪者に、山に住まう生き物たちは驚き戸惑っている。そんな彼らの神経を必要以上に逆撫でしない様に、思った以上に尖っていた気を鎮めた。

 人外の身体能力で、軽快に険しい道を進む少年は、十数秒進んだ所で足を止めた。目的地に到着したのだ。しかし、そこには彼が期待していたものは存在していなかった。

 他より随分と沢の幅が広くなっているこの場所に、“それ”は漂着した筈だったのだ。痕跡が無いか、と清水の底を覗き込む。すると、不自然に底の石がずれているのや、泥が舞い上がった跡が有るのを確認する事が出来た。

 同時に、自分の物ではない足跡が点々と続いているのも発見する。彼と同じ様に下流からここまで歩いて来た物と、ここからどこか別の場所へ歩き去る物の二種類が有る。両方とも靴跡は同一で、後者の方はより深く地面にめり込んでいる様に見えた。まるで、ここで“何か”拾ったかの様に。

 顔を上げ、足跡の追跡を開始しようとした時、彼の姿を目が潰れるような光が照らし出した。あまりの眩しさに、腕で目を庇う。間もなく、男の威嚇するような大声が飛んで来た。


「貴様! ここで何をしている!」


 どうやら、ここの地主が現れたらしい。目を本当に瞑りながら、彼は両手を上げる事で白旗を示す。すると、声の主が光を弱めつつ近づいて来た。




 時を少し遡り、場所は方上市の黒環神社のすぐ隣にある一軒家。その玄関から、この晩頃に急ぎ足で外出を始めた人影が有った。

 数年間もの間使われ続けた白いパーカーに、更にそれよりも古いジーパン。それだけなら少し地味なだけの服装だが、それを着る人物がとにかく浮世離れしていた。

 脱色した物でない、生まれながらに白く長い髪は、首の後ろの少し下辺りで一纏めに結われている。目は異様な程に淡い青であり、そして肌もまた驚く程に白い。側頭部に有る一対の耳は、ハッキリと尖っており、人のそれではない事をこれでもかと主張している。身長はこの国の男子の平均を遥かに上回っており、しかしその身体は痩せこけている。高い背丈と同じくらいの長さの、まるでファンタジーものの登場人物が携えるような杖を片手に、彼は軽く駆けていた。

 街灯を忌々しげにねめつけながら、彼はサングラスをかける。光を集めて闇の中で光る三白眼が隠れるが、サングラスの所為でその面相の悪さは据え置きのままだ。もし職務質問に遭ったら、色々と面倒な事になりそうな容姿を持つ彼は、最短ルートで黒環神社の烏山へ向かう。

 麓には注連縄が張り巡らされており、『立ち入り禁止』という掛け札が彼方此方にぶら下がっている。その下を潜って山に入り、全く整備のされていない道を進み始める。

 黒環神社にはよく観光客が訪れるが、烏山の方は聖域として立ち入り禁止にされている。山の全てが魔術的な意味を持って存在しており、それを乱す事で“封印”の揺らぎを生み出しかねないからだ。

 そんな烏山に、侵入者が現れた。“封印”と精神結線をしているお陰で、それに異常が現れるとすぐに察知する事が出来る。不届きものは二人存在しており、一人は恐らく“異触”による“客”で、もう一人は竜族の気配であった。

 大方、“異触”を察知した物好きな竜が、ここを聖域と知らずに入り込んでしまったのだろう。相手が竜とはいえ、侵入を許すわけにはいかないので、彼は短く呪文を唱えて杖の先端部の“魔水晶”に光を点した。

 山には道も標も無いが、彼は一切迷う事無く進む事が出来る。鋭敏な聴覚が、水の流れる清らかな音を捉え始めた。同時に、竜族と思しき気配が段々鮮明になってくる。

 間もなく、視覚でもその姿を確認する事が出来た。沢の縁にしゃがみ込んで、神妙な表情で水底を眺めている。進む足を速めながら、杖の光を一気に強力な物にし、相手を威圧するように大声を出した。


「貴様! ここで何をしている!」


 と、言いつつ、自分もあまりの眩しさに視界が一瞬潰れた。慌てて無難な光度に戻しつつ、なんとか目を開く。すると、対する竜族の少年は、両手を上げて白旗を提示していた。




 数秒のにらみ合いが続いた。夜行性の動物の足音と、山を下りて神社辺りにある道を軽トラが通る音のみが、辺りの空気を振動させている。沈黙を破ったのは、ニコリと胡散臭い笑みを張り付けた竜族の少年の方だった。


「やー、すみませんねェ。ここで季節外れの“異触”が発生したのを察知して、居ても立ってもいられず」

「……ここは『風上家』の私有地だぞ。入山したければ、事前に僕に申請するなり……」

「すみませんでした。──って、カザ、カミ……?」


 一つの固有名詞を拾い、少年は細目を見開いた。菫色の目が露になる。縦に割れた瞳孔と、白目の殆ど無い獣じみた目は、それだけで威圧感を放っていた。

 ぶつけられた疑問符に、対する方も答える。その時には、少年の目は再び糸目に戻っていた。


「竜なら知っていると思ったが、知らねーのか?」

「いンえ、代替わりしていたのか、と思いまして」

「先代の知り合いだったのか」

「そうなりマスね。トハいえ、代替わりしていると言う事は──」


 そこまで言いかけて、彼はハッとして口を噤んだ。風上の者は一際強くねめつけると、沢の方へ目をやった。これ以上その事に突っ込むのは何の利益も生み出さないので、努めて別の話題を呈する。


「ここで“異触”が発生したのか。“客”も来た筈だが、跡形も無し……と。ったく、こんな辺鄙な所で“異触”するからに」

「街中で起こればそれでまた、はた迷惑でしょうケド。ああ、足跡なら残ってマシタよ」

「よく見つけられるな……よし、案内しろ」

「ンー……ま、良いですケド。今回の不法侵入を、不問にして下さるナラバ」

「チッ。仕方あるまい」


 渋々と了承すると、竜族の少年は軽く手招きをした。彼は対岸に居るので、向かうには沢に足を踏み入れなければならない。広くなっている所為で、普通に行けば靴が濡れる事は必至であったが、彼は水面上を歩く事でそれを回避した。


「随分と上等な魔法を使うのデスねェ」

「良いから、早く案内を」

「ええ、分かっていマス。分かっていマスとも、カザカミの末裔殿」


 少年は鋭く地面の足跡を追いつつ、道のない山中を進み始めた。その後ろ姿を標に、風上の者も茂みへ分け入る。

「〜〜山」という地名には、「〜〜ヤマ」と読むのと「〜〜サン」と読む物があります。

「サン」と読むのは神様の居る山で、「ヤマ」と読むのはそうでない山だそうです。

きちんと調べたわけでもないので、もしかしたら間違っているかもしれませんが。

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