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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第五章・メメント=モリ
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第二十三話・“死”の想い


 ファーストアーミー計画。古くから臼木に在った老エルフ、上月勇五郎が先導していた、世にも冒涜的なプロジェクトである。

 その目的は、強力な兵士を低コストで大量生産する事にあった。それを果たすために、この計画はまず人造人間を作り上げる事を目指した。

 十数年の歳月を経て、それは一先ず成功する。しかし、神経や脳みそなども完璧に造った筈なのに、出来上がったそれには“命”が宿らなかった。

 何故、生きている人間と何ら遜色の無い出来だというのに、彼らに“命”が宿らないのか。それは、魂が、“意志”が吹き込まれていないからだった。

 開発者たちは、次にこの問題を解決する為の研究に取りかかった。だが、人工的に“意志”を作り上げる事は、無から有を生み出す事が出来ないのと同様に、不可能であった。故に、彼らは既にある“意志”を利用して、空っぽの肉体に“命”を吹き込む事にしたのだ。




 その日も、彼は沢山の人を殺した。そしていつもの様に、烏山の館に戻って、次の日を待つだけになる筈だった。

 しかし彼は、“星の精”に手を引かれ、帰りの道を飛び抜ける最中、一条の流れ星を捉えた。同時に、それがただの流れ星でなく、“異触”に付随する現象であるらしいという事を理解した。


「……“星の精”」

『何?』

「あの“異触”の現場を、見に行く」

『……そう。分かった』


 単純な好奇心であった。それに、これがどこか他の場所で起きた“異触”であれば、適当にスルーしていただろうが、あの流れ星は烏山の中に落ちて行ったのだ。もし凶暴なクリーチャーなどが漂着して来ていたら、早めになんとかしておく必要がある、という考えも有った。

 そうしていると、山の中に半ば投げ出される様に着地する。“星の精”の体力が尽きたのだ。先に館で待っていて貰う事にして、彼は近くを流れる沢へと歩を進めた。片手には、この日死んだ人々の“意志”がタップリ入ったバケツを、もう片方には鉈を携えて。

 暫く進めば、その沢へと辿り着く。先ほど久々に発声したお陰で、少し喉がイガイガとしていたので、少し水で潤そう、と川縁にしゃがみ込んだ。バケツを傍らに置き、空いた手を流れに浸す。

 すると、何かが上流から流れて来て、彼の指に引っ掛かった。疑問に思って掬い上げ、月明かりに翳すと、それが人間の髪の毛である事に気付く。


(……人型の“異客”が、流れ着いて来たのか?)


 掬った毛髪を再び流してしまいながら、彼はバケツを拾って立ち上がった。鉈を消滅させてしまいながら、彼は険しい道のりをさっさと進む。

 時々立ち止まったり、月を見上げてみながら進むと、やがて先ほどの“異触”の現場に辿り着く。そこの幅が広くなっている沢の中に、びくとも動かず横たわっている人影が有った。


(……人間? いや、微妙に違うか。“客”だし)


 やや慌ただしい足取りで駆け寄り、バケツを適当な場所に置くと、彼は横たわる人影を軽く揺さぶってみた。真っ青な顔で、どこか苦しげに顔をしかめている“客”を、まじまじと観察する。

 学校の制服と思しき服装に、女性と断定出来る体つき。年齢はいまいちよく分からないが、高校生くらいだろうか。一先ず不確定なので、女学生という事にしておく。

 その姿に人外の特徴は無かったが、魔力の気配が一切感じられなかった事から、そういう世界から流れ着いて来た人間なのだろう、と結論付ける事が出来た。


(生きてる、のか?)


 あまりにも死んだ様に動かないので、もしかしたら本当に死んでしまっているのかもしれない、と手首を掴んで脈を探る。すると、弱々しいながらも確かな脈動を感じ取る事が出来た。同時に、ゆっくりとだが胸が上下している事にも気付く。

 成る程、生きている。そこで彼は、少しの間、彼女をどうするべきか、悩んだ。

 放っておけば、彼女は死ぬだろうが、別に死んでも彼は困らない。しかし凶悪な怪物というわけでも無いのだから、無理に殺す必要も無い。


(……次にここを通った時、土左衛門を見るのは嫌だし……助けとくか)


 迷いはそんな終結に至り、彼はこの“異客”を助ける事にした。冷えきった身体を片腕で抱え上げ、バケツも拾って館への道を辿り出す。気絶し、服や髪に水を含んだ人間というのが思いのほか重くて、彼は少し顔を歪めた。




 館で待っていた“星の精”に、バケツを“納品”し、彼は“異客”の身体を両腕に抱え直した。そして、普段彼が館で待機している時に使う部屋へ、彼女を運ぶ。殆ど使っていないベッドに彼女を横たわらせると、まずは暖めるべきだろう、と暖房を用意し始めた。

 温度を高めに設定し終えた後で、この濡れた服が体温を奪っているのではないか、と気付く。なので、クローゼットから替えのTシャツとジーンズを取り出すと、彼は“客”の制服のボタンに手をかけた。

 制服を脱がせた事なんて無いので、随分と苦戦しながらボタンを外して行く。流石に女物の肌着の替えは無いから、それはそのままにしておきつつ、『ねこ』という文字の入ったTシャツを着せた。自分とは違う身体の柔らかさに、やや戸惑いもしつつ。

 同様にズボンも着替えさせ、濡れた制服を空いているハンガーにかけて干す。そうして、冷えきった彼女の身体をとにかく暖める為に、次に湯たんぽを用意して、また他の部屋のベッドから布団をかき集めた。


(これで、やれる事は全部か)


 未だに固く目蓋を閉じ続ける“客”の顔を見下ろしながら、彼は浮かび上がっていた汗を拭う。もし彼女が目を覚まさず、このまま死ぬ事になったら、彼が手を下さねばならないのだろうか──そう考えて、少し気分が悪くなった。


 そうしてしばらくぬぼーっとしていると、窓からぬるりと人影が現れた。少しぎょっとするが、その姿を古い記憶と照らし合わせる事で、彼は人影の正体を掴む事が出来た。

 最初の頃、シィが連れて来ていた若い竜が、こんな人型をしていた筈だ。特徴的な六枚羽根がそのまま通称となっている、“大惨事”の禍根をその身に宿す竜。修羅場の竜たちや、シィが口々に呼んでいた呼び名を、彼は想起する。


「お邪魔しマスよ」

「……六つ羽根の」

「ええ。理由あってこの近くを訪れたのと──」


 向こうの方から声をかけて来た。数十年前、最後に見た時と、随分と印象が変わったな、と思う。あの時はこんなにニコニコしてなかったし、そも何か言葉を口にする場面すら見なかったのだから。

 どうやら、彼も“異触”を察知し、“客”が来ていたら保護する為にここに来たらしい。竜なら自分より色々詳しいだろう、と“客”の治療を頼むと、彼は勿体振るような素振りをした。

 すると、間もなく部屋の扉が開け放たれ、長身のエルフの魔法使いが闖入して来た。その姿をみとめるや否や、彼は直感する。コイツが“御柱”なのだ、と。


(代替わりした……のか?)


 内心そんな風に思いながら、彼は“御柱”が“客”の治療をし始めるのを見守った。エルフが杖を掲げながら呪文を唱えれば、依然として悪いままだった“客”の顔色が、見る見るうちに健康的な物へと変化して行く。

 エルフの唱える呪文が終わると、数分の間が有って、“客”の目蓋がぴくりと少し動いた。そしてゆっくりと目を開き、数度瞬きをする。起き上がろうとしてか、彼女が布団の中でもそもそと動き出すと、何とも苛立っている様子のエルフがぶっきらぼうに制止した。

 起き上がらないまま、きょろきょろと顔を精一杯使って辺りを見回す彼女に、彼は内心ほっとしていた。思わず、声が漏れる。


「……良かった」


 深い色の瞳をぱちくりとさせながら、六つ羽根の問いに答える“異客”の声を聞く。どうやら、彼女の名は『錦野唯華』というらしい。

 彼女の顔色に浮かぶ警戒心は薄く、特に身構えている様子も見当たらない。いきなり如何にも人外人外している男三人に囲まれたら、普通は困惑する物だろうに、それどころか希望に満ちあふれたような顔をしている。

 しかし、やがて、唯華も彼の正体を掴めずに、軽く頭を抱え始める。六つ羽根も“御柱”にも説明する気が無い様だったので、見兼ねた彼は彼女にも聞こえる声量を肺から絞り出した。


「ユイカ。……テナ、だ」

「え?」

「……オレの名前。テナ」


 これまで、名前という物を持たなかった彼が、咄嗟に考えた名前。いつしか、“死”等を指す呼び名として使われていた総称を、適当にもじった名前。顔を上げて彼女と視線を合わせると、相手は少し竦むような素振りを見せた。

 『名前有ったのか、お前』みたいな目を向けて来た六つ羽根を無視しつつ、じっと彼女の姿を眺める。ここまで生気に満ちた顔をしている人間を見るのは中々無いので、物珍しさも有った。

 無口な彼と、まともに対話する姿勢を持たない“御柱”に代わって、竜は“客”へと彼女が現在置かれている状況について説明する。

 しばらくは、よく分からないなりにこくこくと頷き、自身の立場について飲み込んでいった彼女だったが、やがて元の世界に帰れない事を知ると、顔一杯に驚愕の色を浮かべた。こめかみに手を当てて、何度も何度もぱくぱくと口を動かす。


「……そ、そう……です、か……」


 その顔色は、まるで最初に発見した時の様な青白さで、相当に狼狽している事がすぐに分かった。俯いて、布団に視線を落としてしまう。

 弱々しく震える低い声と共に、彼女はぼす、と布団を叩いた。沸き上がる理不尽な感情のあまねしを吐き出す様に、深く深く吐息を口から出す。そしてぶんぶんと頭を振ると、目元を抑えて小さくすすり上げた。


「大丈夫……?」

「……ごめんなさい。少し、一人にして貰えますか」


 彼女の要望に添って、三人は一先ず別室に移っていく。のっそりとした足取りで向かう中、彼女が泣き叫ぶ声が聞こえて、彼はやや表情を曇らせた。

 そして、唯華が頭の整理を終え、再び彼らの前に姿を現した時、彼女は全てを受け入れた顔をしていた。その表情が、あまりにも彼の知る『人間』のそれとかけ離れていて、“異客”というのは皆こんな物なのか、などと思ったのを記憶している。




 その後、彼女は六つ羽根の提案通り、テナと共に館に隠れ住む事になった。彼女も、最初は色々と勝手が分からず、相当に苦難していたが、何処から湧いて来るのか分からないそれ以上のガッツで、こちらの世界の生活に順応していった。

 テナに対し彼女は、最初は慎重に保護者として接した。しかし、何時の間にか彼女の態度は、頼れる友人に対する物になり、同時に家族などに向けるような親愛を、惜しみなく注いで来た。

 あまり喋らず、表情も動かない彼なのに、唯華はひたすらに優しく接してくれた。こちらから与えられる物なんて皆無だというのに──この館すら、彼の物では無いのだから──、彼女は多くをテナに与えた。

 何も無かった日々に、めまぐるしい変化を与えてくれた。埃まみれで廃墟同然だった館を掃除し、温もりを吹き込んでくれた。家族すらも居なかった彼に、愛という物を教えてくれたのだ。


 無いに等しかった自我が、唯華という存在を認識し、急速に構成され構築されていった。そして出来上がった『テナ』という意識が感じたのは、自身の正体を彼女に知られたくない、という事であった。

 “異客”がこの世界で死ぬ時にも、“死”の“意志”たちが関わる事になる。どの“死”が殺すのか、というのは、その“客”の姿や精神性次第だ。唯華の場合、その姿も魂も殆ど人のそれであるから、死ぬ時にはテナが手をかけることになる。

 彼が、いつか自分を殺す相手と知ってしまえば、彼女もきっとテナを嫌悪するだろう。もしかしたら畏怖し、崇拝するのかもしれない。どちらにせよ、もう家族として、友人として接してくれる事は無くなる。

 そう考えるとなんだか恐ろしくて、彼は正体をカミングアウト出来ずにいた。どうにか、隠し通してしまいたかった。


 しかし、あの“御柱”が、唯華に乞われてテナの正体を教えてしまった。最初、その話し声を漏れ聞いた時、彼は目の前が真っ暗になる気分だった。

 これまで築き上げて来た全てが、崩されてしまう。彼女は、もう二度と、彼を『テナ』としては見てくれない。そう、“死神”として見てくるのだろう。

 培養槽のガラスの向こうから向けられて来た、白衣や老人たちの視線。彼を召喚した先代の“御柱”が向けた、恐怖に満ちた視線。数多の竜たちに向けられた、憐憫と同情の視線。そんなものを彼女に向けられると考えると、足元の地面が崩れ落ちるような、そんな錯覚がした。

 しかし、彼のそれは杞憂に終わった。唯華は、彼を“死神”と知りながらも、以前と変わらぬ視線を向けて来たのだ。その上、『好ましい』とすら言ってくれたのだ。

 何時しか、彼は唯華を手にかけるのだろう。しかし、それを知ってなお、彼女は彼に『テナ』という友人として接したのだ。惜しみない親愛を、彼へと差し向けたのだ。


 そこから、彼の心が籠絡されてしまうのに、そう時間はかからなかった。

 いつの間にか彼は、彼女の一挙一動、紡ぐ言葉、その全てに一喜一憂しだしていた。彼女と共に過ごす日々が、これ以上無く楽しく、いと惜しいものになっていたのだ。

 人が『愛』と呼ぶ物を、彼も理解出来た気がした。時に“死”への恐怖すら超越する、彼にとって長年謎でしかなかった代物。アルシードが終わるその日まで、理解する事は無いだろう──そう思っていたモノ。

 テナは、錦野唯華という女を愛した。……愛してしまったのだ。




 ──だから、消えたくない。『テナ』が消えてしまえば、彼女への想いも一緒に消えてしまう。


「ユイカ」


 玄関の扉を開け放ち、エントランスに乗り込むと、テナはその名を呼ばわった。そうすれば、間もなく唯華が姿を現し、彼の元へ駆け寄る。


「あ、テナさん、お帰りなさい! ……って、どうかしたのですか?」


 目頭が熱くなるのが分かる。ふらふらとした足取りで、目の前で彼を見上げる唯華に近づくと、少し瞬きをした。彼女の顔を俯瞰しつつ、テナは両腕をやや広げる。


「あの、怪我でも……?」

「……ユイカっ」

「え──」


 広げた腕で唯華を包み込み、そのまま引き寄せ抱き締める。彼女の肩口に顔を埋め、密着すると、相手が緊張し身体を強張らせているのが分かった。しかし解放する気はさらさら無く、更に腕に力を込める。


「あ、あの、テナさん……? 本当に、どうしちゃったのですか?」


 耳をくすぐるその声に、彼は少し涙した。同じ石鹸を使っている筈なのに、彼女は良い匂いがするのだな、等とどうでもいい事を考えて、心臓の鼓動が早まる。柔らかで、温かくて、それをもっと感じようと、彼は抱き締める力を更に強めた。


「あうっ、ちょっと、苦しい、ですっ……」

「……すまない」

「な、何が、ですか?」


 “星の精”の気配が、すぐそこにまで迫っていた。不定形の影が、背後から彼の肩を叩いた。すると、物質を捉える感覚がぐらりと揺らぎ、薄らいでいく。


「──」


 物質として存在する自身の肉体も、すうっと透けていく。同時に、あれほど近くに感じていた唯華の感触も、鼓動も、みるみるうちに遠ざかってしまう。足掻く様に力を込めようとしたが、腕はするっと彼女の身体をすり抜けてしまい、ただ虚空をかき抱くのみに終わった。

 “星の精”が、彼の手を引く。最早それに逆らう事は出来ず、彼は本来の場所へ戻る為に、ふわりと宙に浮かんだ。

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